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紅百合の咲く森  作者: 琲音
帰郷
2/12

①ただいま

電車と高速バスを乗り継ぎ、さらにローカルバスに揺られて一時間。

窓の外には、まさに日本の原風景とも言える景色が、どこかよそよそしく広がっていた。

山肌に沿って段々畑が続き、その合間に瓦屋根の家々が点在する。

川の水は透き通り、ゆったりと蛇行しながら村の中心へと流れ込んでいく。


「……変わってないな。」


バス停に降り立った瞬間、湿った土と青葉の匂いが鼻腔を満たす。

陽射しは強いのに、山風がどこか冷たく肌を撫でていく。


「おや、結芽ちゃんじゃないか?」


一番に声をかけてきたのは、バス停近くの商店の前に腰かけていた白髪の老人だった。

麦わら帽子の奥から覗く目は細く、しかしじっと結芽を見据えている。

続いて、買い物帰りらしき主婦や畑仕事帰りの夫婦も、次々と足を止める。


「まぁまぁ……!住吉さんとこの……!!

結芽ちゃんかえってきたんかい。」


「綺麗になったなぁ……都会の空気吸うと違うもんだねぇ。」


「仕事は? どこに住んでるんだい? 誰か良い人でも出来たかい⁇」


次々と浴びせられる言葉は、懐かしさよりも詮索の色が濃い。


「……ご無沙汰してます。」


ぺこりと頭を下げると、彼らの口元がふっと綻ぶ。だが、その目には、懐かしさだけではない、妙な“安堵”の色が見えた。


「ほんと、綺麗になって……東京にいるって聞いたけど、やっぱり違うわねえ。」


「お母さんにそっくりになったねえ、あの人も美人だったもんなぁ」


「ああ、()()()()()()()()()()()()()()()


――え?


「村長さんの葬式で、ですよね?」


結芽の問いかけに、老人たちは曖昧に笑うだけだった。

その空気が妙に濃密に思えて、結芽は

「失礼します、両親が待ってるので」

と頭を下げ、その場を早足で抜けた。


_______

実家の前に立つと、しばらくその古びた木の玄関を見つめてしまった。

二階建ての古民家。濃いこげ茶の木材に、白く剥げかけた漆喰。

懐かしさと、ほんの少しの気怠さが、胸に広がる。


(……ちゃんと泊まりで帰ってくるのは6年ぶりか。成人式の時は、写真だけ撮ってその日に東京に帰ったしな。)


金属音を立てて門扉を開けると、縁側に座っていた女性がこちらを向いた。


「――あら、ゆめ。おかえり。」


母だった。歳はとったが、佇まいは昔と変わらない。

必要以上に干渉せず、おおらかな人。


「……ただいま、お母さん。」


その瞬間、風が吹き抜けた。

山から流れてきた風が、結芽の髪を揺らし、母の手に持っていた白い布をはらりとさらった。


そして、どこからか――小さな鈴の音がした。


チリン……


それは、記憶の底でくすぶっていた、

“何か”を呼び覚ますような、涼やかでいて不吉な音だった。


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