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第9話 摩耶と川口、石廊島上陸

 昼食を食べ終わった摩耶は、高いびきをかいている川口を残してデッキに出てみた。

 伊豆半島先端近くの海岸沿いには、岩礁が多いため、船は海岸線から距離を取って南下している。


 海岸には、砂浜がいくつか見えるが、まだ海水浴には早い時期で、人影は見当たらない。


 その中でも比較的大きな弓ヶ浜海岸が見えてくると、早くも船内アナウンスがあり、間もなく石廊島(いろうじま)港に入港するという。


 摩耶は、デッキから大部屋に戻った。川口は寝ているかと思ったが、意外にも起きていた。


「そろそろ、行くわよ。港で市役所の人が待っているはず」


 と、摩耶は川口に言って、自分のバッグを肩に担ぐ。


 川口は、食べた弁当ガラやお菓子袋などを周囲に散乱させていて、それらを急いで拾っては、自分のバッグに押し込んでいる。


 摩耶は、一足先にデッキの階段を降りて、1階で待っていると、接岸した船に粗末なボーディングブリッジが渡され、乗客が降りられるようになった。


 船の係の人が手で合図し、乗客を船から降ろし始めた。


 ブリッジはフェリーターミナルの小さな建物とつながっている。

 建物内を通過して、表に出た。

 川口も摩耶の後に続いている。


 建物の外に出ると、作業着姿の中年の男がこちらを見つめている。


 摩耶はいつも思うのだが、考古学や埋蔵文化財に携わっているプロには独特の雰囲気があり、周囲の人間と違うニオイを持っている。

 多分、相手もこちらを見つめているから、同じニオイを嗅ぎ取っているのだろう。


 作業服の男が近づいてきて、声を掛けた。


「アジア文化財サービスの方ですか?」


「そうです」


 と、摩耶が応え、名刺を差し出した。


「お世話になります。私、アジア文化財サービスの小泉摩耶と申します」


 隣の川口を紹介するときに、あやうく、この野郎は、と言いそうになったが、


「こっちは、サブの川口雄二です」


 と、紹介した。


「川口と申します。お世話になります」


 と、言って川口は、名刺を作法通り渡す。

 それを見て、摩耶は、へえー、ちゃんとあいさつできるじゃない、多少の社会常識は持ち合わせているのね、と少し感心した。


「私、伊豆南市教育委員会の漆原(うるしばら)と申します」


 と、言って、名刺とともに丁寧に挨拶をしてくれる。

 そして、自分の車を指しながら言った。


「では、早速、現場の方に行きますか」


 3人は、いかにも役所が使いそうな灰色のバンに乗り込む。

 運転手が漆原で、助手席に摩耶が座り、後部座席に川口が座った。


 摩耶が聞いた。


「漆原さんは、石廊島出身なのですか?」


「そうです。実家は、島で農業をしています。私は東京の大学で考古学を専攻して卒業し、地元の伊豆南市に就職しました。役所は伊豆半島の方にあるので、今はそちらで生活していますが」


 と、言って、漆原はよく日に焼けた顔を摩耶に向けた。


「この島では、大きな開発なんてめったにないんです。今回、介護住宅の建設計画が持ち上がって、島民はみんな驚いていたんです。こんな片田舎の島に酔狂な人もいるものだと。島民はみんな知り合いなので、話していることは実家を通じてすぐに伝わってきます」


 漆原は、続けた。


「でも、よくよく聞くと、この介護住宅は、飛び切りお金持ち用なのですね。建物の作りはぜいたくだし、おまけにヘリポートまで付属するとか」


「それを聞いても、島民の皆さんは反対しなかったのですか?」と摩耶。


「いや、むしろ賛成のようです。島民は年寄りが多くて保守的です。伊豆の他の地域のように観光産業が進んで、観光客が大挙して押し寄せ、島が荒らされるのを嫌がっているのです。お金持ちの(かた)が小ぢんまりと暮らすための施設であれば、そう言った心配もないし、食料などの生活必需品も、少々高くとも買ってくれるだろうという期待もあるようです」


「なるほど」と摩耶。


 島は、おおむね東西に長い楕円形をしており、北西隅にフェリーターミナルと漁港があり、島民の住宅は、港がある一画と北側の海岸沿いに並んでいる。

 南側は太平洋からの荒波や風が強いが、北側はそうでもないらしい。

 島の中央は田畑が広がっている。

 道路は島をぐるっと回る県道の他に南北をショートカットする道が何本かある。


 車は、港周辺の地域を抜けて、海岸沿いの道を進んでいく。

 介護住宅の建設予定地は、島の南側の海岸沿いの平坦地で、現況は田畑であり、すでにACH傘下の不動産会社が購入していた。


 車で、ものの10分程度で、建設予定地に到着した。


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