第8話 川口は使えないヤツ?
熱海駅8時20分の伊豆急下田行きの電車は空いていて、摩耶と川口はボックスシートに斜向いで座った。
二人とも、新幹線の中と熱海駅のホームで話し疲れたのか、伊豆急下田駅到着直前まで爆睡モードであった。
間もなく終点という車内アナウンスで目覚めた摩耶は、まだ斜向いで口をあんぐり開けて寝ている川口の額を、思いっきりデコピンした。
川口は、ふいに目覚めて、あたりをキョロキョロ見回し、ここがどこだかようやくわかると、大きなあくびをしながら、両手を大きく伸ばした。
二人は、電車を降り、改札を抜けて伊豆急下田駅前のロータリーに出た。
日差しがまぶしい。
摩耶が、さっさと歩いていくのを見て、川口が、
「あれっ? 摩耶先輩、バスに乗らないんですか?」
摩耶は以前来たことがあるので、石廊島行きのフェリー乗り場が、駅から歩いて20分のところにあることを知っていた。
「近いから、歩くわよ」
と、言い捨てると、
「えーっ、歩くんですかー」
と、不満そうな川口を、振り向きざま睨みつけて、さっさと歩いていく。
「待ってくださいよー」
と言いつつ、川口がちんたら摩耶についていく。
摩耶は、心の中で確信した。
……こいつコンピュータ以外は、使えねーヤツだな。
駅を出て、稲生沢川沿いを歩いていく。
歩道は整備されているので歩きやすく、今日は天気がよくて風も心地よい。
20分ほど歩いて、下田港フェリー乗り場に到着したのは、午前10時半。
次のフェリー出港予定時間は、12時ちょうどで石廊島港までの所要時間は約1時間。
午後1時に到着予定である。
下田港からは、伊豆諸島の利島と式根島に大型フェリーが出ているが、それに比べて石廊島行きの船は一回り小さい。
島に渡る人が少ないからであろう。
川口が、フェリーに乗る前に昼飯を食べたいと言い出したが、新幹線の中でおにぎり4つ食べただろ、と摩耶がたしなめ、川口は渋々お弁当をフェリーの中で食べることに同意した。
乗船手続きを終え、フェリー乗り場の売店で弁当を買って、出港30分前の11時半に乗船した。
券は2等客室なので、普通の大広間である。
その内の一つに入り、隅の方に陣取る。
他に乗ってくる人は、疎らである。
川口は落ち着くなり、早速、弁当をパクつき始めた。
その姿を横目で見て、燃費が悪りー野郎だな、と摩耶は思っている。
大きな唐揚げを頬張りながら、
「摩耶先輩は、お昼食べないんですか?」
と聞く。
「そんなにガッつかなくても、お弁当は逃げないわよ」
いやー、逃げますよ、とでも言いたげな表情で、今度は口の周りに肉団子の汁が点々と付いている。
昼12時ちょうどに出港の汽笛が鳴り、船はゆっくり動き出した。
川口は、もう弁当を食べ終わって、横になり、肘まくらでうつらうつらしながら、口の周りに付いた肉団子の汁を長い舌で舐め、弁当の余韻に浸っている。
摩耶はサンドイッチ弁当の蓋を開けて食べ始めた。
石廊島でのスケジュールを頭の中で確認している。
午後1時に船が到着したら、石廊島港で、伊豆南市の埋蔵文化財担当職員と合流することになっている。
数日前に、摩耶が会社から伊豆南市教育委員会文化振興課の埋蔵文化財係の担当に電話して、本日の現地打ち合わせをお願いしていた。
摩耶たちが、電車とフェリーで島に行くことを聞いた担当は、早めに島に行って出張所の車で、迎えに来てくれるという。
港で合流してから、現場へ向かう。
現場では、発掘調査範囲の確認と市役所で実施した試掘の概要説明を受ける予定で、現場周辺も歩いてみる。
そして、もう一度港に送ってもらい、今日はその近くにある民宿に宿泊する予定である。
民宿は以前、摩耶が旅行で泊まったところで、2人分の予約を入れてある。
明日は、発掘現場に建てるプレハブやトイレの手配と、ハローワークで作業員の現地募集手続きも行っておきたいと思っている。
それらを一通り終えた後、帰るのはおそらく、夕方のフェリーになるだろう、と思った。
川口が、ガーっとイビキをかき始めた。
摩耶がサンドイッチを頬張りながら、足の指先で、川口の脇の下をこちょこちょすると、少し静かになった。
……ったく、ツッコミどころ満載なヤツだな。
フェリーは、順調に石廊島港に向かって航行している。