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第7話 遺物特定システムの凄さ

 加藤と中野が、電話で話をしている。


 中野が現在、発掘調査に入っている埼玉北部の現場の進捗状況などについて話していたが、話題は自然と、摩耶の石廊島(いろうじま)の現場の方に移っていった。


「へー、遺物の自動分類ねー。摩耶ちゃんのサポートについている新人って、優秀なんだな」と中野。


「そうなんですよ。P大の三枝教授は、大学院のドクターに進学させて、そのまま研究を続けさせようと期待していたらしいのですが、本人がどうしても就職したいという希望だったんで、アジ文(ウチ)で引き受けたんです」と加藤。


「ふーん」


「三枝先生に了解していただいて、アジ文で川口の研究をバックアップすることにしました。うまく行けば、考古遺物のオンラインサービスを実現できるかもしれません」


「加藤ちゃん、ちょっと質問があるんだが、その遺物の外形分析から、使われた時期を理論値プラスマイナス何年としてはじき出す、ということは理解できた。それが場合によっては、理論値プラマイ数か月ないし数日という値が出るということも、まあいいとしよう」


 加藤は、中野の質問の意図がすぐに分かった。


「例えば、奈良時代の竪穴住居から出土した(わん)があったとしよう。これが理論値として、西暦750年プラマイ1か月という答えが出たとする。だが椀は、工人によって作られ、それが市場(いちば)に行き、誰かに買われて使用され、最後に廃棄されるという、一定の存続期間があるわけだろ。その存続期間が半年の場合もあれば、10年の場合もあるかもしれない。それなのに西暦750年プラマイ1か月という答えが何を意味しているのか、俺にはよくわからないんだが」


「それを私も疑問に思って、川口に質問してみたのです」


「そしたら?」


「川口が言うには、一つの遺物が持つ個体情報の第1が外形情報であり、第2として属性情報があるんだそうです。出土位置の座標、他の遺物との共存頻度、出土した遺構情報や紀年銘(きねんめい)とかの情報です」


「ふむふむ。それで?」


「プラスマイナスで示される値は、その遺物と一緒に出土している他の遺物と比較分析することで、出土した地点で使用された期間を表示するのです」


「言っている意味がよくわからないんだが……」


「さっきの中野さんの例で言いますとね。その奈良時代の竪穴住居で暮らしていた人は、椀の他に、(なべ)(かま)など他のものも使っていて、それも一緒に出土したとします。鍋や釡にもそれぞれ独自の存続期間がありますから、それらとお互い重なり合う時間幅をプラスマイナスとして表示するんですよ」


「ああ、そういうことか。分かった。それはすごいな!」


「ですから、ターゲットとする遺物単独では、プラマイの幅は広くなりますが、ターゲットと共存している遺物がある場合には、プラマイが絞られてくるということですね」


「そんな共存関係を数式化するなんて、よくできたな。文科系ではとてもそんな発想はないだろう」


「三枝先生から聞いたところでは、川口は高校生の時、数学オリンピックに出るほどの数学オタクだったらしいですよ。でも大学に進学する時に、考古学をやりたいと言って周囲を驚かせたそうです。親はてっきり理系に進むものだと思っていたみたいですから」


「俺らから見れば、新人類だが…… そういう考古学の研究理論が出てくるのは良いことだろう。まあ俺たちみたいな古いタイプは、そのうち駆逐されそうだな」


 と、中野は自嘲の笑いをもらした。


 実は、後になって、この川口のシステムが、石廊島の現場で、ある問題を察知する重要な役割を果たすことになる。


「ところで、そんなに優秀なヤツをなんで摩耶ちゃんの現場に入れたんだ? システムの開発の続きをさせればいいんじゃないか?」


「川口が言うには、一通り理論は完成しているので、後はデータベースに登録する個体数を増やす必要があるのだそうです。今、バイトに登録作業を行わせていますが、川口本人は登録作業に付き添っている必要はありません。システムの本格運用は数か月後ですから、それまでの間、発掘を経験させようと思いまして」


「その川口君は、発掘現場はあまり経験していないのか?」


「そうなんですよ。今のうちに経験させておこうと思いまして。それで小泉の現場に入れたわけです。小泉なら、そんな優秀なやつでも、忖度(そんたく)せずにビシビシやるでしょうから」


 それを聞いて中野は笑った。確かにその通りだ。


「ちょっと心配だな。摩耶ちゃん、あんまり新人をいじめなければいいが……」


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