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第6話 川口の画期的な遺物特定システムの可能性

 午前7時ちょうどに東京駅を出発した、こだま新大阪行は、熱海駅に7時50分に到着した。


  摩耶と川口は新幹線を降り、JR伊東線の熱海駅8時20分発の伊豆急行に乗り換えて、下田駅に向かう。

 下田駅到着は午前10時ちょうどの予定である。


 熱海駅では30分の待ち合わせ時間があり、二人はホームのベンチに座って電車を待っている。


 川口は、カバンの中から取り出したノートパソコンのキーボードをカチャカチャやっている。


 摩耶は、何となくボーっとしていた。


 昨日まで、社内でできる現場の準備や、業務引き継ぎの資料作りなどで、残業が続いたので、疲労が溜まって、どことなく体がだるい。


「おー、なかなか良いスコアになってきたな」


 という川口の独り言が聞こえた。

 摩耶は、つい聞いてしまった。


「何が?」


「いえね。さっきお話しした遺物の自動分類なんですけどね、ほら、時代が新しくなって陶磁器みたいなものになると、器形の変化より文様の変化の方が、編年的にはより重要じゃないですか。(うわぐすり)とか染付(そめつけ)文様とか。自動生成した各ドットのRGBデータを取得して表面の色彩の違いにも対応できるようにプログラムを改変したんですけど、結構うまくいってるんですよね。つまり形に凹凸がない遺物にも対応可能ということがこれで証明されたわけで……」


 摩耶は、川口の話にうんざりしながらも、ちょっと気になるところだけ質問してみた。


「川口のプログラムで扱える遺物って、本当に考古学の遺物全部をカバーしているの?」


 川口は、よくぞ聞いてくれました、と得意げな表情で、


「もちろん、全部ですよ」


「じゃあさ、その個々の遺物の時期って、ちゃんと特定できるの? できるとしたなら、どのくらいの時間幅で特定できるの?」


「摩耶先輩、僕のプログラムを信用してないんじゃないですか?」


 お前のことなんて、ハナから信用してないわ、と心で思いつつも、


「いやいや、そんなことないって。ほら、あたし、会社で発掘調査報告書作りがメインでしょ。その時に、どうしても産地や時期がわからない遺物に出くわしたりすることが多いの。だからその時に役立つでしょ」


 我ながら取って付けた理由としては、上出来だと摩耶は思った。


「遺物の時期は、理論的には、登録してあるデータベースの個体量に比例して精度が向上するんですが、古代以降の遺物でしたら、理論値プラスマイナス1年程度のスコア、時代が新しくなるほど精度は向上します。まだ試験運用の段階ですが、中世以降の陶磁器の場合、理論値プラマイ数か月から数日という結果が出てくることもあります」


 マジか、と摩耶は思った。


 現在の考古学の土器研究では、奈良時代で四半世紀(2 5 年)か、もう少し細かく分かるところで10年単位ぐらいであることからして、それを1年程度にまで精度を向上させることができたなら、今後の考古学研究にどれ程インパクトを与えるか、計り知れない。


 確かにこれはすごい研究だと思った。


 そしてこの研究を巡って、加藤部長の魂胆がうっすらと分かるような気がした。


 まず、日本全国の自治体の埋蔵文化財担当部署や民間発掘会社の調査員らに、このシステムを周知させる。


 調査員らは自分の専門以外のことは案外知らない。


 例えば縄文時代の専門家は、ほかの弥生時代や古墳時代のことについては理解が浅い。

 だから現場で専門外の遺物がでてきても、細かいところまではわからない。

 わからないと現場を進められないという事がちょくちょく起こる。

 でもこのシステムが手軽にスマホで使えるようになれば、すぐに問題は解消できる。


 また、発掘調査が終わると、現場で測った図面や、出土した遺物を持って帰ってきて、発掘調査報告書を作成する。

 その時に出土遺物の観察記述を行う必要があるが、これも専門家でなければ書けない。

 だが、このシステムを使えば、専門外の調査員にも書けるようになる。

 つまり遺物に関する整理作業の在り方を根本から変える可能性があるのだ。


 さらに、子供たちが、野山で拾った遺物が一体なんなのかが、スマホでたちどころに分かるのであれば、学校の歴史教育にも使えるだろう。


 システムの使用料を低く設定しても、利用者が多くなれば、莫大な利益を確保できる。


 おそらく川口は、このシステムの理論によって博士号を取得し、いずれはP大に戻ることになるだろう。

 もしかしたら三枝教授の後釜に座ることになるかもしれない。

 そうなれば、川口を支援しているアジ文との関係は、さらに強化し継続されることになる。


 そして、もう一つ……


 今、建設業界は都市部を除けば、売り上げ・利益とも低迷期に入っている。

 アジ文はグループ会社の中でも、それほど目立つ存在ではない。

 しかし川口システムを実装した考古遺物オンラインサービスが軌道に乗って、莫大な利益が上がるようになれば、それを手土産に、近い将来、親会社のACH(アジア コンストラクション ホールディングス)入りも狙えるのではないか?

 加藤部長もそろそろいい年齢である。

 そのぐらいのことは考えていそうである。


「ふーん」


 横に座っている冴えないオタク野郎が、これほどの可能性を秘めているとは……。


 でもこんなスーパーマンみたいなシステムができたら、考古学が面白くなくなるじゃない。

 人間の頭で考えてこそ考古学の醍醐味があるはずよ、と摩耶は思っている。


 それに……

 川口の彼女、気になる……

 もしかしたら、こいつ(だま)されているんじゃないの……?


 そんなことを考えていると、熱海駅8時20分発の伊豆急下田行きの電車がホームに入ってきた。


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