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第47話 岡部市長4選決定、そしてついに……

 伊豆南市長選挙の告示日を迎えた。


 この日の朝8時から夕方5時までに、立候補者は届出を行わなくてはならない。


 早速、午前中に岡部が立候補の届出を完了させ、控室で待つ。


 だが、午後になっても、対立候補は姿を現さなかった。


 午後4時を過ぎるころになると、市庁舎で控えていた各メディアの記者たちが騒ぎ始めた。


 一体どうなっているのか? なぜ対立候補が来ないのか? タイムリミットはあと1時間ない。


 とうとう、夕方5時までに対立候補の届出はされなかった。


 届出を行ったのは岡部1人だけだった。

 自動的に無投票で岡部の4選が決定した。


 記者たちは、5時の時報と同時に、大挙して対立候補の自宅に押しかけていき、庁舎内は一挙に閑散となった。


 岡部は、呆然として何が起こったのかを理解できなかった。むしろ拍子抜けしたと言ってよい。


 市長室に戻った岡部を副市長が迎えた。


「岡部市長、4選おめでとうございます。この後、夜7時から庁舎1階ロビーで記者会見の予定ですので、よろしくお願いいたします」


「いったい何が起こったのだ。ヤツはどうして来なかったのだ? 選挙になれば、私は相当不利だったはずだ……」


 副市長は、笑みを浮かべながら応えた。


「さあ、対立候補の会見を聞かないとわからないですね」




 昨日の夜。


 副市長は、文化振興課長を連れて、対立候補の自宅へ乗り込んだ。

 自室にいた彼は、突然の来訪に驚いたが、応接室に二人を通した。


 怪訝(けげん)な表情をしている対立候補に、副市長が言った。


「まずは、これをお聞きいただきましょう」


 と言って、懐からICレコーダーを取り出して、テーブルの上に置き、おもむろに再生スイッチを押した。


 録音特有の金属的な音声の主は、間違いなく対立候補本人だった。

 誰をいくらで買収したか選挙対策本部長の報告を満足げに聞いて会話している内容だった。


 対立候補の表情が、その瞬間フリーズする。

 副市長は適当なところでICレコーダーの再生をオフにした。


「これは、あなたとあなたの選挙対策本部長の声ですよね? 違うとは言わせませんよ。その場にいたこの課長が録音したのですから」


 対立候補は、目をカッと見開いて怒鳴った。


「貴様! どのツラ下げてここへ来た!」


 文化振興課長は、怒鳴られたにもかかわらずヘラヘラと笑っている。

 対立候補は、思わぬ伏兵に寝首を掻かれたことを悟った。


 副市長は、怒声を気にする様子もなく、話を続けた。


「それと今、地元新聞社があなたのまわりを嗅ぎまわっていますよ。どうやら下田の会員制クラブと選対本部長は目を付けられているようです。まだこの録音の存在は知らないですけどね」


 これは、文化振興課長が漏らしたという話から、新聞記者の動きを予想したことだった。

 対立候補は、真っ赤な顔をして、内なる激情を必死になって抑えようとしていた。 


「それで? 何を言いにきたのだ?」


「課長、外してくれないか? 君はここからの話は聞かない方が良い。車で待っていてくれたまえ」と、命じた。


 文化振興課長は部屋を出た。

 副市長はそれを見届けてから話を続けた。


「初めに言っておきましょう。この録音は道路局長にも聞かせましたよ。そうしたら、もうこの選挙であなたの目はないと思ったのでしょう。素直に岡部市長への引っかけと盗聴は、あなたの指示によるものだと白状しましたよ。彼はもうあなたの味方ではないです。お気の毒ですが……」


 さらに話を続ける。


「これからの話をしましょう。たとえばの話です。気楽に聞いてください。あなたは明日の告示日に、立候補の届出を行い、明後日から選挙戦に入るでしょう。しかしもしかしたら、選挙戦の最中に先ほどの録音が匿名で地元新聞社にリークされるかもしれません」


 副市長は、対立候補の反応を見ながら話を進めた。


「すると、それを材料にした記事が、第1面を大きく飾るわけです。あなたが前回の市議会選挙で票を買収した決定的な証拠が見つかったとね」


 副市長は、ここで薄ら笑いをした。


「まるで、道路局長の盗聴によって、岡部市長批判が新聞に載った時とそっくりじゃないですか。滑稽ですよね。その結果、あなたは選挙管理委員会に呼び出され査問される。あなたはそれに対して合理的な反論はできないでしょう。その結果がどうなるかは言うまでもないでしょう」


 当然の流れとして、選挙管理委員会は対立候補を、市長にふさわしくない人物として今回の選挙の立候補を取り消し、合わせて警察に公職選挙法違反の容疑者として告発するだろう。


 対立候補は、真っ赤な顔で怒りに震えながらも、黙って聞いている。


「ご機嫌斜めのようですから、もう一つ、お話をしましょう。あなたは明日の告示日に立候補の届出をしないとしましょう。一身上の都合とか体調が悪いとかの理由でね。その結果、岡部市長の4選が決まる。すると、あなたを弾劾するような新聞記事も出なければ、告発する人も出ないんです。ただ市長選に参加しない以外は、これまで通りであるわけです」


 対立候補は、(うめ)くようにようやく声を出した。


「岡部の差し金か? 今日ここへやってきたのは?」


「違いますよ。岡部市長は、このことをこれっぽっちも知りません。あの人は高潔ですよ。知っているでしょう? 私と文化振興課長が知っているだけです。もしあなたが届出をしないというのであれば、岡部市長には、あなたとここで話していることは言わないつもりです。岡部市長に弱みを見せたくないと思っている、あなたの心情を察しているからですよ」


「何が狙いだ? 岡部の下でそんなに副市長を務めたいのか?」


 副市長は、笑みを浮かべながら言った。


「岡部市長は4期目が終わったら退くって、以前から言っているのはご存知ですよね。その次はね、私が成りたいんですよ。市長にね。岡部路線を引き継ぐわけです。ですから、これからあなたに邪魔されたくないんですよ。ご協力いただけるのでしたら、この録音が世に出ることは決して無いですし、報復人事もありません」


 対立候補は、副市長の魂胆をようやく理解した。

 選挙違反の件については目をつぶる代わりに、立候補を止めろというだけでなく、次の市長選には自分が立候補するからそれに協力しろ、と言っているのだ。


「次の市議会議長の選出の際に岡部派は、あなたに協力を惜しみません。道路局長の録音の件では煮え湯を飲まされ、その恨みは残っていますが水に流しましょう。お互いできるだけ恨みが残らないようにしたいのですよ。その上で私に協力して欲しいのです。悪いようにはしませんよ。それじゃ、ゆっくりとお考え下さい」


 対立候補は、知らぬ間に内堀まで埋められてしまった今の自分の立場を明確に理解すると同時に、これまでまったくノーマークだった副市長の政治家としての手腕に舌を巻いた。

 政治の世界ではどんなことも起こり得る。

 自分の油断が招いた結果ではあったが、受け入れるしかあるまいと思った。




 岡部市長の無投票での4選が決定し、対立候補が急きょ体調不良を理由に立候補を取りやめた記事が、大々的に報じられた数日後、危機管理室のパソコンにアラートが鳴り出した。


 伊豆半島南部の周辺に散らばっている海底の地震計が振動を捕らえ始め、また、地震学研究所の合成開口レーダーによるSAR干渉画像の縞模様が地図上に再び現れた。

 場所は石廊島の南部で、前回より変化の規模が大きい。


 危機管理室から副市長へ緊急連絡が行く。

 並行して地震の専門家および地震学研究所と気象庁へ最新動向の意見を求めた。

 副市長から連絡を受けた岡部は、ただちに地震対策会議の招集を命じた。


 伊豆南市庁舎最上階に、市長・副市長及び局長級の職員が招集されたのが9月25日午後4時。

 危機管理室の代表から即席の資料が配られ、現在の地震の状況説明と専門家の意見が発表された。


 だが、いつ、どの程度の地震が発生するのかはわからない。

 単なる兆候や参考意見だけでは行政は動かない。

 自治体は住民を守らねばならない義務を持つが、空振りや責任を恐れるから、誰も何もしようとしない。


 しかし、岡部市長は違っていた。


「全責任はこの私が取る。災害対策基本法第56条の規定に基づく「避難準備・高齢者等避難開始」を発令する。期間は今から月末までだ。対象地域は石廊島管内のみとする。ただちに実行するように。以上だ」


 この発言に出席者は一様に驚いた。

 何を根拠に市長が自信満々に発令したのか、誰にも分からなかった。


 だが、この2日後、ついにそれは起こった……


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