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第43話 発掘調査終了

 第3面にも未知の地割れがあり、源さんが重機で掘り下げている時に見つけた20センチほどの落差をもつ地割れがひときわ目を引く。


 人力でジョレンを使って調査面を精査している時に、摩耶はあることに気が付いた。

 遺跡内の一角に、大小さまざまな形――円形や楕円形や長方形など――の土坑(どこう)が存在している。


 土坑に重複関係は見当たらず、お互いを避けあっているようにも感じられる。

 と言うことは同時期の遺構である可能性がある。


 さらに、埋まっている土が皆似通っている。

 これは遺構観察において重要である。

 同じ時期に埋まった遺構の覆土は良く似ていることが多い。


 各土坑を掘って堆積状況を観察すると、どれも特徴が同じだった。

 自然堆積の特徴はまったくなく、上層から下層まで同じ土が堆積している。

 つまり人為的な埋め土であると言える。これをどのように解釈すればよいか?


 答えはただ一つ。


 ……墓だ。しかも同時期に造られている……


 実は、平安時代を含む古代末の墓制は、あまりはっきりしていない。

 当時の裕福な人々なら、仏教文化の影響を受けて火葬にする例が知られているが、庶民層となるとわからないのが実情である。

 だが、この遺跡の場合には墓壙(ぼこう)制(穴を掘って埋葬する)が存在したのだ、と摩耶は思った。


 その内の一つが未知の地割れ切って造られていた。

 比較的小さな円形の墓壙で、中からは美しい色の小石と灰釉(かいゆう)陶器の破片が出土した。

 灰釉は淡緑色の(うわぐすり)が塗られた陶器で、古代に尾張と美濃で生産された。


 摩耶は、この灰釉陶器は尾張産で考古学の編年上で言う折戸(おりと)53号窯式(ようしき)で10世紀前半あたりと判断した。


「ちょっとこの遺物の時期を調べて」


 川口は、渡された遺物の汚れを落とし、撮影してサーバに送り着信結果を読んだ。


「摩耶先輩、919.9プラマイ0.04。つまり919年の10月から11月前後の時期ですかね」と、川口は暗算して即答した。


 摩耶は、やはり、と思った。

 この墓壙群は、919年の9月に発生した地震の犠牲者を埋葬したものだ。この小さな円形は幼児用であろう。

 灰釉陶器と一緒に出土している小石の意味はわからないが、美しい緑色で表面がすべすべしていた。


 もしかしたら亡くなった幼児の玩具か、お守りのようなものであったのかもしれない。

 埋葬したのは母親であったのだろうかと思い、心が悼んだ。


 翌日、現場に来た漆原に、これらの遺構の所見を説明した。

 漆原をそれを聞き、現場の遺構を見て、


「小泉さんの解釈は正しいと思います。集団墓地で短期間に構築された状況から、地震による犠牲者と見るのが合理的でしょう」と、うなずいた。


 その日の夕方、摩耶は現場事務所で調査日誌を早目に書き上げ、図面の点検と写真のリネーム中の川口と道具を研いでいる源さんに、ちょっと現場に行ってくる。すぐ戻るから、と声をかけた。


 周辺に咲いている花を2・3本取ってから墓壙群のところに行った。

 例の灰釉陶器が出土した小児用の墓壙の前に花を供え丁寧に合掌した。




 お盆明けの週には、第3面の遺構調査が終了し、最終週では遺跡の全体撮影を行い、漆原に最後の確認をしてもらった。


「計画通り3か月で終わりましたね。お疲れさまでした」と、漆原。


「こちらこそ、お世話になりました。なかなか経験できない現場でしたね。特に地震痕跡については初めてでしたから勉強になりました」と、摩耶。


「ここまで詳しく地震の時期が、遺構との重複関係と遺物から精密に特定できるとは思ってもみませんでした。川口さんのシステムはすごいですね」


 隣にいた川口が笑顔でうなずいた。

 川口はあの一件があった後は、オタク系の暗さが取れ、すっかり(ほが)らかになっている。


「いやー、それほどでも」と、言いながら頭の後ろを掻く。


 こいつ、また調子に乗ってんな、と摩耶は思ったが、地震の時期特定に川口システムが果たした役割は絶大であり、素直に褒められていい。


「今回の発掘によって、100年周期の地震が裏付けられた意味はとても大きかった。それによって岡部市長が危機管理室を起ち上げて対策に乗り出したのですから」と、漆原。


「先日調査した小さな墓壙を見て、幼児が犠牲になったことに胸が痛みました。ぜひ発掘で得られたことを地震対策に生かしていただきたいと願っています」と、摩耶。


「そうですね。危機管理室がそれを果たしてくれるでしょう。では埋め戻し作業に入っていただいて構いません。それから遺物コンテナの写真を後ほど撮影させてください。書類に添付しますから」と、漆原。


 発掘調査で出土した遺物は、調査後は一旦遺失物(落とし物)扱いとなり、警察に書類を提出することになっている。

 その時には添付する写真が必要となるのが慣例である。


「川口、遺物の準備できているでしょう? 漆原さんを案内してあげて」と言い、同時に源さんに重機での埋め戻しを開始していいわよ、と指示した。




「本日、漆原さんの現場完了確認をいただきましたので、埋め戻し作業に入りました」


 その日の夕方、摩耶は加藤部長に電話を入れて報告した。


「そうか。お疲れさま。無事調査が終わってよかったな。詳しい報告は戻ってきてから聞く。この先のスケジュールは?」


「埋め戻しは、明日にはおおむね終了できるでしょう。夕方には重機は回送して返却することになっています」


「現場の撤収は?」


「器材のまとめは、明日と明後日でできますから、そちらからまたトラックを寄越してもらえれば、明後日の午後には積み込みを終えて器材を送り返せます」


「分かった。明後日にそちらに到着できるようにトラックを手配しよう」


「ありがとうございます。ではそのようにお願いします」


 電話を切った摩耶は、源さんの埋め戻し作業が進む現場を見て、現場が終わりつつあることを実感していた。


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