第4話 摩耶、中野に電話する
「中野さん、お元気?」
「あれ、摩耶ちゃん、急にどうした? 電話をくれるなんて珍しいな」
「中野さん、あたしね、今度、石廊島の発掘を担当することになったんですよ」
「ああ、加藤から聞いたよ」
「なぁんだ。知ってたんだ。がっかり。驚かせてやろうと思ったのに……」
「摩耶ちゃん、現場、久しぶりなんじゃないか?」
「いえ、他の人の現場は、ちょくちょく手伝っていましたから、そんなに久しぶりでもないですよ。でも、自分で調査を担当するのは本当に久しぶり」
「一人現場なのか?」
一人現場とは、調査員一人で、現場の予算・準備・手配・調査の実施・片づけ等の一切合切を一人でこなすことである。
昔はこれがあたりまえだったが、現在ではあまりに過酷であるため、複数の調査員が担当するようになっている。
「加藤部長は、あたし一人でやらせたがっていたんですけど、さすがに大変だからということで、P大出の新人を手伝わせることにしました」
「そうだよなー。今どき一人現場なんて流行らないからなー。それでP大出の新人って誰?」
「川口って奴ですよ。中野さんは知らないでしょ?」
「知らないなあ、男?」
「男ですよ。ちょっとオタク入っている感じ。でも三枝先生には可愛がられていたみたいですよ。」
「三枝さんのお気に入りなら優秀ということか。でもその、大丈夫なのか?」
こういう心配するのは、中野さんらしい。
「大丈夫ですよ。私こう見えても合気道の段位持ってます。変な事したら投げ飛ばしますから」
「あはは。なるほど」
「それで中野さんは、伊豆で発掘したことがあるんでしたよね? 何か発掘調査する時に気を付けるような事ってありますか?」
「俺が掘ったのは伊豆でも北の方だよ。三島とか函南とかで、伊豆半島の南の方は掘ったことないなぁ。まあ、でも気を付けることって言えば、地震の跡かな」
「地震の跡? どんな?」
「箱根の西麓で掘っていた時に、縄文時代の円形の竪穴住居が出てきた。今でもはっきり覚えているんだが、それが面白いんだ」
「面白いってどういうふうに?」
「円形の住居を少しずつ掘っていったんだ。深さ20センチぐらいで住居の床面が出てきた。しっかりした床面だったよ。ところが円のちょうど半分から片側には見つからないんだ」
普通、竪穴住居の床面とは、土間のようなもので、平らに造られる。
「見つからない?」
「そう。それで見つからない方を思い切って掘り下げてみたら、見つかっている床面から50センチも下がったところで見つかった」
「えー、なんか意味わかんない」
「つまりだ。円形の住居のちょうど半分のところで、地震による断層ができて、片方が50センチ下がってしまっていたんだよ。全部掘ってみたら、見事に半分のとこに線を引いたような断層が走っていた」
「へえー、そんなことあるんですね」
「俺もその時は、断層で切断されている遺構なんて初めて掘ったからびっくりした。他の連中にも聞いてみたけど、伊豆はそういうところが多いらしい」
「わかりました。参考にさせていただきます。ところで、この間の例の瓦ですけど、その後どうなったんでしょうね?」
「佐伯のジイさんからは、何も聞いていないが、小金銅仏の方は、国の重要文化財の指定が内定しているらしい。おそらく瓦の方もそうなるだろう。木櫃は分析されて保存処理を施された後に同じく重文指定なんじゃないか?」
「そんなこと誰から聞いたんです?」
「お宅の加藤だよ。あいつ文化庁にも知り合いが多いから、何か聞き込んで来たんだろうな」
「えー、部長、私には何も教えてくれない……」
「しまった。俺から聞いたなんて言わないでくれよ」
「それから、聞きにくいんですけど、買い取りのお金ってどのくらいなんでしょうね?」
「さあ、俺にはわからんな。多分すごい金額が動いていると思うけど……加藤ならある程度わかるんじゃないの。あいつはそういう情報キャッチは昔からすごかったからなぁ」
「そうなんですか?」
「なんというか、学生時代から地獄耳の加藤と呼ばれていたからな。どっから仕入れてくるのかわからないんだが、人の知らないこと知っているという不思議なヤツだったな」
「ふーん」
「そういえば、伊豆南市には確か、佐伯のジイさんの別荘があったな」
「さすが、佐伯のおじさま、お金持ちですねー。今度石廊島につくる高級介護住宅も1軒買ってるんじゃないですか? ACHの大株主なんでしょ?」
「あのジジイは、なんというか、古美術界の裏のギトギト・ベタベタしたような世界でないと生きている気がしない人なんだ。そんな介護住宅でのんびり大人しい生活を送るなんてタマじゃないよ。ところで石廊島の準備は進んでいるのかい?」
「会社でできる準備は進めています。来週、川口連れて現地に行ってきます」
「そう、気を付けてな」
「また、面白い話があったら連絡しますね」
「ああ、待ってるよ」