第39話 地震対策と対立候補の動き
岡部は、市長室で副市長兼危機管理室長から報告を受けている。
「1519年の地震発生月は9月。すごい報告だな。これで100年周期の地震の発生は、ほぼ9月と特定できたわけか」と、岡部市長が言った。
「昨日、石廊島の発掘現場にいる漆原君から報告がありました」と、室長。
「ちょっと思ったのだが、考古学の遺物の年代は、それほど詳しく特定できるものなのか?」と、岡部。
「私もその点が気になったので、漆原君に聞いてみたのですが、ACH系列の文化財部門が開発した最新鋭の遺物特定システムによって出てきた答えだそうです。元々P大学で進められていた研究を引き継いだものらしいですね。漆原君が言うには信頼性は十分にあると言っておりました」と、室長。
「わかった。ところで地震への対策はどの程度進んでいる? だいぶ横槍が入っているようだが」と、岡部は暗に対立候補を中心とした議員たちのことを言った。
「石廊島の100年周期の地震は、驚くべき等間隔で発生しているところから見て、震源域は同一地点であり、その地震の起こり方は、似たようなパターンや規模なのではないかというのが、専門家の一致した見解です。ですので、最も状況がよくわかる1919年の地震の被害状況を参考にするのが一番良いことになります……」
と室長は、伊豆南市の地図をブリーフケースから取り出して市長の机に広げた。
そして震源域あたりから石廊島に指を滑らせて、地震が波及する仕草を見せた。
「1919年の地震発生は9月17日でした。震源は石廊島南南東2キロの地点。地震の規模を示すマグニチュードは6.9。最大震度5を観測。被害は半島側にはほとんどなく石廊島に限定されます。主に家屋倒壊により30名が死亡。津波の被害は軽微でした。今回も同規模なものと推定しますと……」
室長は、石廊島の北側部分の市街地を指しながら、
「石廊島港から海沿いには漁村が形成されていて、内陸に農業に従事している民家が連なっております。家屋の築年数は古いものが多く、住民の中に高齢者が含まれる割合が、都市部より多くなっています……」
「家屋倒壊の備えはどうなっている?」と、岡部が聞く。
「地震発生を2か月後の9月と想定しますと、家屋補強に補助金を出すような悠長な対策は効果がありません。築年数が古い家屋に住むお年寄りを守る方法をさまざま検討したのですが、今のところ一番良い方法は屋内シェルターと考えております」
「屋内シェルター?」
「屋内の一角に頑丈なシェルターを設置して、地震の際にはそこに逃げ込むという想定ですが、設置する手間や費用がバカになりません。それにシェルターに逃げ込む前に家屋の倒壊が起こる可能性もあります」
「ふむ」
「そこで、業者を呼んで提案させてみたのですが、一つ有効なものがありました。それは圧搾空気を使って一瞬で一人が入れる程度の大きさの球形ドームをその場で造るというのもので、繰り返しの使用はできませんが、持ち運びができ操作も簡便です。価格も手ごろなので、まだ試作段階ということですが、私の判断でとりあえず50個注文することにしました。それを倒壊危険があってかつお年寄りがいるところに無償貸与します」
「その判断を支持する。地震による被害の程度は予想もつかないが、死者を絶対に出さないという観点から対策を進めてほしい」
続いて、岡部は石廊島が地震で打撃を受けた際の避難所の設置や食料などのバックアッププランについての報告を受け、その内容を承認した。
その夜、下田の会員制クラブに対立候補と道路局長が、個室で話をしている。
「小さな地震が続いているせいで、岡部への評価は好転し始めている。例の暴言で再選についてはほとんど止めを刺されたように見えたが、少しずつ挽回しているように感じる。どう思う?」と、対立候補が言う。
「そのようですな。地震への対策をうまくアピールしているようです。これが好感を助長しています」と、局長。
「それを抑えるために対策をするな、とは言えない。そんなことを言ったら逆にこちらが不利になる。何か良い手はないか?」
「危機管理室に出向している職員に地震対策とその費用を監視させていますが、不正流用といったことは無いようですな」
「聞くところによると、地震の被害は伊豆南市全域ではなく石廊島付近に限定されるらしい。だから対策費用も予備費で事足りる。一般予算から捻出しなくてもよいから、突っこみどころが無くて困る」
局長は、目の前の人間が、政治家としての豪快さを備えているように演出していることを知っている。
その実は小心者で、今の状況が不安で仕方ないのだ。
「やはり裏でメディアに協力してもらって、もう一度、例の暴言問題を取り扱ってもらうのが良いのではないでしょうか? 他に岡部市長側に弱点は見当たりませんから」
「そうだな。これ以上、岡部の方が有利になりそうなら、暴言問題を今一度取り上げて、キャンペーンを張ることにしよう。やるとするなら来月の8月あたりか」
対立候補は、不安も一緒に飲み込むように、ウィスキーのグラスを一気に呷った。




