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第35話 第2面の調査開始前

 6月末に第1面の調査を無事終え、第2面を重機で掘り下げる作業を開始した。

 7月に入ってから、急に暑くなって気温が上昇している。

 梅雨が明けるのも近いだろうと、摩耶は思った。


 30前の女にとって、紫外線がキツい夏の現場作業はお肌の大敵である。

 若いころは、そんなことを気にしていたら現場なんかできゃしないと啖呵を切っていたが、それなりの歳となってお肌に衰えが見えてくると、それなりのことをしておかないとヤバい。

 だから、日焼け止めを厚く塗った真白な顔をしている。自分で鏡を見てもなんだかおかしい。


 川口のやつが、あたしの顔を見て、なんとなく薄ら笑いしているように思える。

 あの野郎、後で何かツッコミ入れてやろう。

 そう言えば、あいつの彼女の話がまだ中途だったな。

 ちゃんと聞きださないと、と摩耶は思った。


 源さんがいつものように、ホレボレするようなバケットさばきで土を除去していく。

 漆原が先ほど現場にやってきて、摩耶の隣でバケットの先端を監視している。

 重機作業はもう後半に入っていた。


「危機管理室には、報告をあげたのですか?」と、摩耶が聞く。


「ええ。これまでの調査で判明した地震の痕跡と発生年代の根拠。それから島の地震伝説と石廊島裏の中世石造物の調査結果をまとめて、危機管理室長にメールしました」と、漆原。


「何か反応はありましたか?」


「驚いたことにメールを送ったすぐ後に、室長から内線があって、もう少し詳しい説明を聞きたいといって、副市長室に呼ばれました。副市長は本気だなって感じでしたよ。それから、丸山さんにも室長から連絡が行ったそうですよ。島の100年周期の地震伝説について詳しく聞いたそうです」


「丸山さんからあたしも聞きました。これまでに、ご自分で調べた地震痕跡などの資料も危機管理室に送ったそうですね。危機管理室の本気度がよくわかります。市長さんがよほど力を入れられているような気がします」


 川口は、現場で地割れと重複している遺構の遺物の年代測定を専門に行っている。

 事務所で作業員1名を補助として、出土遺物を洗って、川口が撮影してサーバに送って年代特定し、ノートに記録するという作業に特化していた。

 この現場では、漆原の要請で、地震に関する考古学的所見が最優先されている。


「そうなんです。危機管理室は地震に関する情報を得ようと、さまざまなところにアクセスしています。気象庁を始め、伊豆半島沖に地震計を設置している地元の大学ですとか、あと衛星を使った精密測量によって地殻の動きがわかるそうですから国土地理院にも問い合わせているようです」


「なるほど。われわれの考古学データだけでなく、関係したデータをすべて集めて検討しようとしているわけですね」


「国土地理院の話では、島の南側、ちょうど我々が発掘しているところですが、センチ単位で地面が変動しているようです」


 摩耶は、その話を聞いて、そういえば調査に着手する前に、川口がRTK-GPSを使って基準点を取り付けた際、アジ建の杭がずれていると言っていたことを思い出した。

 やはり地震が迫っているという感じがする。


「でも、難しいところもあるんですよね」と、漆原が言う。


「難しいところって何ですか?」と、摩耶。


「地震に関してあんまり大っぴらにすると、観光的な面で風評被害が発生する恐れが出てきてしまうんです」


「なるほど。そういう方面にも気を配らなければならないのですね」と、摩耶が応えた。


 その時、後方に車が停まる音がした。

 伊豆南市役所のバンで、運転席から降り立ったのは、スーツ姿の中年の男だった。


「あれ? 課長、どうしたんですか? 現場に来るとは聞いていませんでしたけど」と、漆原が中年の男に声をかける。


「いやー、様子がどうかなと思ってちょっと見に来たんだ」と、中年が応えた。


「あっ、小泉さん、紹介します。私の上司で文化振興課の課長です。課長、こちら発掘調査を担当しているアジア文化財サービスの小泉さんです」


「どうも、お世話になります。小泉と申します」と、摩耶は名刺を出してあいさつした。


「ああ、どうも」と、言って課長は軽くスルーして、漆原を袖を引っ張るようにして、ちょっと離れた方へいき、二人で密談モードに入った。


 摩耶は、なるほどあまりいい感じの人ではないな、と感じた。


 二人が現場の中に入って行って、何か漆原が課長に説明しているが、漆原の表情がとても迷惑そうな感じに見える。

 課長の方は、へらへらと笑っている。

 しばらく二人で現場を散策するような感じであったが、革靴をしきりに気にしている課長の姿は、場違い感がハンパない。


「じゃあ、頼んだよ」


 という声を漆原にかけ、課長は摩耶の方には見向きもせず、乗ってきた車に乗り込んで去って行った。


 漆原が、摩耶の方に戻ってきた。


「まったく相変わらず、ヤなやつだ」と、漆原は摩耶の前でも取り繕おうともせず、本音を吐き出した。


「えっ?」


「つい、この間までは発掘調査なんて税金の無駄遣いだ、勝手にやってろ、なんて言ってた人が、危機管理室からの指示が来たとたんに手のひらをひっくり返して、調査の状況を報告しろ、なんて言い出したんですよ。人格疑いますよね」


 漆原は、腹が立ってしょうがないらしい。


「今日は様子を見に来たなんて言ってましたが、どうせ市長の対立候補に命令されて来たんですよ。なんか対立候補もこの発掘を気にしているみたいですね」


「摩耶ちゃん、こんな感じでいいかい? とりあえずこれで終わったけど」


 と、源さんが重機から声をかけてきた。漆原を見るとうなずいている。


 摩耶は、源さんに向かって両手で頭の上に丸を作った。


 さて、明日からは第2面の調査を開始する。予定は7月いっぱい。

 あんまり暑くならなければいいが、と摩耶は思った。


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