第34話 対立候補の反応
漆原は内線を切ってから、庁舎最上階にある市長室に上がった。
秘書からどうぞお入り下さい、と言われてドアを開くと、市長と副市長の二人が目に入った。
入りたまえ、という市長の言葉に、
「漆原です」と、応えた。胸がドキドキしている。
岡部市長は、前置きなく、本題にズバリと踏み込んだ。
「漆原君、現在、石廊島で実施している発掘調査から、過去に起こった地震の痕跡が発見されたことや、島に伝わる100年周期の地震が驚くほど正確に繰り返されていることを、さる筋から聞いた。そこで私は、副市長に危機管理室長を兼任させ、これから起こるであろう地震への対策を行うことにした。来るべき災害にきちんと備えておくことは、市長としての責務であるからだ」
市長は続ける。
「危機管理室長をヘッドとして各局長に通達し、それぞれの部署で必要な準備を行わせる。そこで漆原君には、現在発掘調査を行っている中で、地震に関する新しいことが分かったら、ただちに危機管理室長に報告してもらいたい。君を臨時に危機管理室の諮問員に任命する。承知してくれるかね?」
「はい、分かりました」と、漆原。
「よろしい。漆原君、今後地震に関わることはすべて危機管理室長の指示に従うこと。以上だ」
市長の指示の後、危機管理室長である副市長から、石廊島の発掘調査の地震に関する詳細をまとめて、自分にメールするよう指示を受けた。
漆原は、市長室を出て自席に戻った。課長の姿は見えない。
……市長は、地震のことをどこから知ったのだろう? 課長から上がっているはずはないから、別のところからだろう。もしかしたらアジ文の線から市長に連絡が行ったのだろうか? でもまあよかった。これで課長も地震のことを理解してくれるだろう。
漆原は、デスクのパソコンに向かい、石廊島の地震に関するレポートを書き始めた。
「そうか。岡部市長が副市長をヘッドに危機管理室を起ち上げて、地震への準備を開始するのだな」と、加藤が摩耶言った。
「そのように漆原さんが電話で言ってました。つい先日までは課長が地震の件に関して取り合ってくれないって言っていたのに、どういう事なのでしょうね?」と、摩耶。
「さあ、わからんなあ」と、加藤は知らないふりをした。
この件は、身内にも秘密にしておくつもりだった。
「各局長に地震の予防対策と起きた際の行動マニュアルを至急作成させて、危機管理室で取りまとめて、市長に報告するということになったそうです。それと漆原さんは、この現場の地震に関して分かったことを危機管理室に報告するという役目を命じられたそうです。あたしにも地震に関して分かったことをすぐに報告するよう言われました」と、摩耶。
「分かった。漆原さんに報告したことは俺の方にも頼む」
電話を切ってから、佐伯老人はうまく岡部市長を説得できたようだと思った。
まずは一安心というところか。岡部市長は動き出したが、対立候補はどのような動きになるだろう? と加藤は思った。
伊豆南市で危機管理室主催の局長会議が招集された数日後の夜、2人の男が下田市街の一角にある会員制クラブの個室で、高級ウィスキーを飲みながら話をしていた。
一人は今度の市長選の対立候補であり、もう一人は伊豆南市の道路局長である。
地元の伊豆南市を避けて、人目がつかない隣の下田市で会った。
2人は刎頸の仲である。来る選挙で対立候補が市長に当選した暁には、局長は副市長に昇格する約束だった。
「局長会議はどうだったんだ」と、対立候補が言った。
「副市長が危機管理室長となって、近々来るであろう地震に対する具体的措置を書面で提出させて、危機管理室で検討するそうです」と局長。
「近々地震が来るなんて、今までこれっぽっちも知らなかったぞ。一体どこからの情報なんだ?」
「それが、石廊島の発掘調査から明らかになったらしいんですよ」
「発掘調査? 気象庁や地震学研究所ではなくてか?」
「そうなんです。何やら考古学でもそういうことがわかるのだそうですよ」
「発掘調査なら担当部署は文化振興課だ。あいつからは、そんなことは一言も聞いてなかったぞ」と、対立候補は舌打ちした。
あいつとは文化振興課長のことで、同郷ではあるが密かに見下している。
「私もそう思って会議の後、文化振興課長に聞いてみたのです。そうしたら、確かに発掘調査担当から地震の危険に関して周知した方が良いとの報告はあったと言ってました」
「で、どうした? その報告は上にあげたのか?」
「いえ、無視したと」
「バカが。そんな大事なことを。やっぱりあいつ使えないな」と、対立候補は冷淡に言った。
「それで急に地震対策をするなどと言いだした岡部は、何かを狙っているのか? もうあと3月もしないうちに市長選だ。今回の動きは何かヤツの選挙対策の一つなのではないのか?」
「そのへんは私もよく分からないのです。一応、気になっているのは文化振興課長が発掘担当の話として、地震が起こる可能性があるのが9月と言っていたとのことで、もしかしたらそれに関係するのではないかと」
「地震が9月に来る? そんな正確な予報ができるのか? 地震発生の正確な予知はほとんど不可能というのが現在の地震学の常識だと聞いている。そんなピンポイントの予想などナンセンスだろう。それとも何か確たる根拠があると言うのか?」
「よくわからないというのが正直なところです」
対立候補はちょっと考えた。
今は、例の失言問題でこちらが圧倒的に優位にいる。
しかし、あの知性派の岡部のことだ。簡単にはあきらめはしないだろう。
何かの手は必ず打ってくる。油断は禁物だ。
「その地震の件については、もう少し詳しく調べてくれ。ちょっと気になる」
そう言って、対立候補は内線電話を取ってママに、話は終わったから女を何人か寄越してくれと頼んだ。




