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第3話 発掘調査の計画

 加藤は、P大学の三枝教授のところに顔をだして、今年の4月にアジ文に入社したP大考古学卒業の社員の様子と、アジ文で行っている各地の調査などの話をした。


 こうした三枝教授との会合は、だいたい月イチぐらいで行っている。


 まだバブルがはじける前は、大学が考古学専攻生を日本全国の自治体に、大量に送り出していた。


 卒業生にとっては公務員として就職できるし、大学は各地に散った卒業生によって、その地の考古学の最新事情を把握できる。


 大学も自治体もウィンウィンの関係にあったのである。


 その当時、日本考古学界で有名なある学会は、年に1度都内の大学で総会を開くが、夕方の懇親会には、その大学から各地に散った卒業生が、地酒をそれぞれ持参して、まるで全国の地酒の品評会みたいになったという逸話がある。


 現在、自治体では文化財系の職員を昔ほど募集しなくなって、考古学専攻生は、民間発掘会社に流れるようになった。


 それにつれて、発掘会社と大学が新たな関係を築くようになってきたのである。

 アジ文はP大と親密な関係にあった。




 三枝教授との会合を終えた加藤は、P大学から午後3時前に帰社した。


 ミーティングルームで、加藤は、ACH(アジア コンストラクション ホールディングス)共有サーバにアップされている計画書をプリントアウトした1冊の分厚いファイルを摩耶に渡した。


 摩耶は、その分厚いファイルを見ただけで、ため息をついている。


 加藤は、気を使って言った。


「大丈夫だ。ファイルの中身の大部分は、施工計画の詳細だから、俺達には関係ない。使うところは限られてる」


「はあ」


「そんな顔をせずに、やる気を出して行こう。それじゃ、基本的なところを確認していくぞ」


 加藤は、そう言って自分はノートパソコンでサーバの計画書を見ながら、摩耶にファイルの地図を見るように言った。


「まず、石廊島(いろうじま)の位置な。場所は判っていると思うが、伊豆半南端の石廊崎の東側の沖合約1キロにある島だ。大きさは熱海と伊東の沖にある初島と同じぐらい。人口は120世帯で200人ほど。島民の生業は農業と漁業が主体で、観光産業はあまり発達していない。民宿が中心で地味な観光がほとんどらしい。連絡船は下田港から1日5往復出ている」


「あたし、以前に一度、旅行で行ったことがあります。魚がおいしかったな」


「なら、話が早いじゃないか。島の地形や雰囲気を知っているんだろ」


 加藤は、今度は、計画書内の全島が1枚におさまっている図面を摩耶に見るように言った。


「次は、建設現場の場所だ。島の南側の海岸に面した平坦地に作られる予定だ。一戸建ての建物10棟とエントランスを含めた共用スペースと管理棟。少し離れたところにヘリポート予定地がある」


「うわー、ぜいたくな造りですねー」


「一戸建て建物は、全て海を向いて建てられる。オーシャンビューというやつだ。管理棟と共用スペースはその裏手にあたる。エントランスの外には駐車場があり、そこからヘリポートに道が伸びている」


「すっごい広いじゃないですか。どこが狭い面積なんですか?」


 ちょっと、怒ったように摩耶が口を尖らせた。


「調査は、一戸建て建物と管理棟のところだけだ。他は深く掘削しないから調査不要との役所の判断らしい」


「なあーんだ。早く言ってくださいよ」


「それも建物面積の全部じゃない。その一部だ。ほら、図面を見てみろ。埋蔵文化財の線と建物の予定敷地とが重なっているのは、この部分だけだ」


 と言って、加藤は摩耶が見ている図面を指でさす。


「なるほど。面積はどれくらい?」


「だいたい400平方メートルくらいかな? 調査期間は3か月」


「えっ? 400平方メートルで3か月の調査期間なんですか?」


 関東地方の発掘調査では、だいたい一人の調査員が、1か月で発掘調査できる面積はおおむね400平方メートル前後と言われている。

 だからそれに3か月もかけるなんて不自然だと、摩耶は思ったわけである。


「何言ってんだ。3面調査だよ」


「えっ? 複数面調査なんですか?」


 複数面調査とは、同じ場所に遺跡が複合的に重なっている状態を指す。例えば、一番上から江戸時代、その下が戦国時代、その下が鎌倉時代……など時代ごとに調査を行うことを複数面調査と呼ぶ。京都では複数面調査は当たり前で、九州の博多遺跡群では15面ぐらいの複数面調査を行っている。


「だから総調査面積は、400×3で1200平方メートルとなる」


「なるほど。わかりました。それで、調査の開始はいつなんですか?」


「発掘許可が下りるのは、今からだいたい1か月後だな。だからその間に準備しておく必要がある。あと、1度は現地に行って様子を見た方がいい」


「その時は、ヘリを出してくれるんですよね?」


「何バカなこと言ってる。交通費は電車と連絡船代しか認めんぞ」


「言ってみただけです」


 その時、加藤のスマホが鳴り、会話が長くなりそうだったので、加藤は、一旦打ち合わせの中断を摩耶に告げた。


 摩耶は分厚いファイルを持って1階の自分のデスクに戻った。


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