第27話 漆原の悩み
「小泉さん、どうですか? 順調ですか?」と、様子を見にやってきた伊豆南市教育委員会埋蔵文化財担当の漆原が、摩耶に声をかけた。
「ええ、予定通り進んでいます」と、摩耶は応える。
漆原は、遺構の掘り下げ作業や、川口が遺構を撮影しているところや、丸山が自動追尾測距機で図面をとっている姿などを見ている。
「丸山さん、機械には慣れましたか?」と、漆原が聞く。
「ああ広司君、これね。とても面白いんだよ。昔のセオドライドと全然違うんだ」と、丸山が漆原に応える。
「丸山さん、楽しいみたいですね」と、漆原が摩耶に小声で言った。
「ええ、現場でも優秀ですし、宿でもよくしてくれて助かっています」と、摩耶は応える。
調査面を漆原と摩耶が歩いていると、早くも漆原が地割れと土坑の重複関係に気づいたようだった。
「小泉さん、これは?」と、漆原が摩耶に尋ねた。
摩耶は、地割れと重複している2つの土坑があり、それによって地割れの上限時期と下限時期が判明したこと、丸山から聞いた100年周期の地震との関係などについて、話をした。
見る間に、漆原の顔が真剣になってきた。
漆原は、川口の遺物特定システムの正確さを理解している。
その結果が1719年に近い年であるなら聞き捨てならないと思っているようだ。
「石廊島の100年周期の地震のことは、私も知っています。でも島民はあまり信用していません。まあ100年もすれば1度くらいは地震はあって当然だろう程度に思っているのでしょう。でも」
と言いつつ漆原は、ちょっと自分の近くに他の人がいないことを確認してから、
「小泉さんの言った、1719年に起こった地震が本当だとすれば、確かに等間隔で地震が起きていて、しかも今年起きてもおかしくない年に当たっている」
漆原も本能的に、この情報はあまり公けにしてはまずいと感じているようだった。
「小泉さん、この地震に関することは、作業員さんにも伝わっていますか?」
「いえ、アジ文の加藤からも極力伏せるようにとの指示がありましたので、私と川口と源さんと丸山さんの4名だけで、他の作業員さんには教えないようにしています」
「それがいいでしょう。これからもそうしてください。そして調査を進めている時に、地震のことで新たなことがわかったら、すぐ私に連絡してもらえますか?」
「承知しました」
「部長、漆原さんには地震のことを話しておきましたよ」と、摩耶は漆原が帰った後、加藤と電話で話をしていた。
「漆原さんは、何か言っていたか?」
「作業員には秘密にしておいてくれ。地震で新しいことがわかったら、すぐに知らせてほしいって言ってました」
電話の向こうで加藤が笑っている気配がした。
「何が可笑しいんですか?」と、摩耶は不思議に思った。
「小泉、漆原さんの考えてることが分かるか?」
「えっ?」
「漆原さんは、自分に責任が発生するんじゃないかと思ったんだよ」
「責任?」
「小泉、役人ていうのは、責任という2文字に異常に反応する人種なんだ。それを回避するためにあらゆる努力を惜しまないんだ」
「なんで漆原さんが責任を取ることになるんですか?」
「小泉。お前が教えたからだよ。そして漆原さんはこの発掘に対する監督者の立場にある。もし地震が起きる可能性があることを知って何もしなかったら、あるいは何もしなかったことがバレたら、なんで黙ってたんだって非難されるだろ」
「じゃあ、漆原さんも上司に報告すればいいんじゃないですか?」
「小泉、地震のサイクルの根拠が分かったとしても、100パーセント確実に来るとは限らない。地震の専門家だって正確な地震予知は難しいっていうのが今の常識だ。そこに漆原さんの悩みがある」
「なんかわかるようで、わからないような」
「じゃあ、漆原さんは上司に地震が来ます。根拠はこうです。って言ってもし地震が来なかったらどうする? 地震が来るという前提に立てば、住民に対して広報する義務があるし、避難所や非常食などの配慮もせねばならんだろう」
「そんな準備をして地震が来なかったら? 上司は責任を漆原さんのせいにするはずだ。あいつが変なことを言ったんだと。笑いものになるくらいならいいだろうが、信用失墜は免れないだろうな。とすると気軽に上司に報告することもできないだろう」
「漆原さんは知ってしまったんだ。今年地震が来るかもしれないということをだ。今さらしらばっくれることもできない。だって小泉から聞いてしまったことなんだから」
「だから何もしなくて地震が来たら? 報告しても地震が来なかったら? いずれの場合も自分に責任が発生してしまう。そこに悩みがあるんだよ」
「なるほど」
「それともう一つ。地震が来るかもしれないという前提で、アジ建に対して建設許可を取り消す可能性もあるかもしれない。だがそれで地震が来なかったら、アジ建に工事取り消しに関わる経費を保障しろと訴えられる。逆に取り消さずに地震が来て被害を受けたらアジ建は訴えるだろう」
「役所の立場っていろいろなところに影響するからこそ、責任に敏感なんだよ。漆原さんは内心、えらいことを知ってしまったと思っているだろうな」
摩耶は心の中で驚いていた。
加藤の洞察に対してである。
「小泉、繰り返しになるが、くれぐれも情報流出に気を付けろ。例えば議員とかブン屋とかに漏れたら大騒ぎになるぞ。そして調査はくれぐれも正確さを心がけろ。川口システムは信用できる。その上で可能な限り、過去の地震の時期を明らかにするんだ。アジ文もいろいろ考えねばならんからな。頼んだぞ」




