第25話 地震の証拠探し
「丸山さん、100年サイクルの言い伝えが本当に正しいのか、まだ結論付けるのは早いと思います。ですから、それに注意しながら発掘調査を進めて行きましょう」と、摩耶は言った。
「そうですね。これだけでは、まだ根拠が十分とは言えませんね」と、丸山。
「川口、遺物特定システムの精度向上は続けているんでしょう?」と、摩耶。
地震の発生時期を特定していくためには、システムの正確度は肝になる。
「ええ、伊豆半島周辺の中近世陶磁器の登録を優先するようにしています。それからソフトウェアの堅牢性も同時に高めています」と、川口。
「ソフトの堅牢性?」と、摩耶。
「摩耶先輩、ソフトウェアというのはですね、プログラムを組むだけなら簡単なんですけど、それを多数のユーザーが使うとなると、それだけではダメなのです。例えばプログラム動作中にエスケープキーを押してしまったら? とか起こり得るトラブルを回避するためのガードを何重にもかけないといけないのです」と、川口。
「へえー、そういうものなんだ」と、摩耶。
「そこらへんは協力会社にお願いしているのですが、担当のエンジニアが僕のプログラムを見て、もう少し精度を上げるアルゴリズムをアドバイスしてくれたんですよ。それでターゲットの時期特定をコンマで表せるように改変中なのです」と、川口。
「コンマ?」と、摩耶と丸山。
「先ほどの例で言うと、西暦1717年が、西暦1717.5年とかのコンマ以下も表示できるようになります。プラスマイナスの方はすでにコンマ対応しています」と、川口。
「それはいつから表示されるようになるの?」と、摩耶。
「この発掘に来る前に、ソースコードを協力会社に渡してあるので間もなく実装されるでしょう。後でいつごろからリリースできるか聞いておきます」と、川口。
「川口さんのシステムの精度が上がれば、もっと細かなことがわかるかもしれませんね」と、丸山。
本日の調査が終わった後、作業員を解散させ、丸山も民宿の仕事のため先に帰り、後に摩耶・川口・源さんが事務所に残った。
摩耶は、調査日誌を書いた後、遺物袋のラベルをチェックしている。
取り上げ時には、どこの遺構からいつ、どんなものを取り上げたのかをラベルに記載するが、慣れていない作業員は間違えて記載する場合がよくある。
早めにチェックして是正しておかないと、後になって間違えたラベルが山ほど見つかる悲惨な事態となる。
事実いくつかのラベルは間違えていたので、明日、遺物取り上げをしてくれた作業員に注意する必要がある。
川口は、現場で作成した図面のチェックを行ない、デジカメをパソコンに接続して画像を取り込み、チェックとリネーム作業を行っている。
源さんは、作業員へ貸与した発掘道具を点検して手入れをしている。
中には道具の使い方が荒くて、刃がこぼれているものがあった。
発掘調査が始まった時こそ、こうしたことをチェックして対応しておかないと、悪い習慣が付き、後で面倒なことになる。
「そろそろ、引き上げましょうか?」と、摩耶は二人に声をかける。
だいぶ日が傾いてきた。電灯は発電機を回せば点けられるが、もう作業も終わるだろう。
その後3人は事務所に鍵をかけて、民宿いろうに戻った。
夕食が済み、源さんは例によって早く寝るため引き上げた後、摩耶・川口・丸山の3人が食堂で話をしている。
「丸山さん、石廊島の地震のことなんですけど、島にあった石廊寺が火事で焼けて、過去帳も焼失してしまったと言ってましたよね。他に地震のことを記録した文書はないんですか?」
3人は、一升瓶の地酒を飲みながら話をしている。
源さんがお土産でくれた乾き物がツマミである。夕食の食器はすでに片づけられていた。
「前にお話ししたように、石廊島の地震は伊豆半島側と連動していないのです。ですから文献に残されなかったようですね」と、丸山が話す。
すると、地震の年代を特定するためには、今、行っている発掘でしか明らかにできないのか、と摩耶は思った。
「あまり考古学には詳しくないんですけど」と、遠慮がちに丸山が話し始める。
「その火事で焼けた石廊寺ですが、裏地が代々の墓地になっているのですよ。そこにはかなり古い、おそらく中世までさかのぼるだろう墓石もあるようなのです」
摩耶は、ハッとした。
そうか。その手があったか!
「川口、遺物特定システムは、五輪塔などの石塔もターゲットにできる?」
「やだなー、摩耶先輩、まだ僕のシステムを信用していないでしょ」と、川口は自信ありげに応える。
「丸山さん、週末にでも石廊寺に案内してもらえますか? ちょっと調べてみましょう」と、摩耶。
「はい、案内します。いい結果がでるといいんですが」と、丸山。
一人、川口だけが、摩耶と丸山の会話を理解できないようで、ポカーンとしている。
それに気づいて摩耶が説明した。
「川口、もし地震が100年に一度、島を襲っていたら、その犠牲者がいたはずよね。石造物があるとしたら中近世だから、1619年、1519年、1419年、1319年、1219年、1119年あたりかな。これらの年の墓石が多く存在していたら、それは間接的に地震が起きたことを物語る証拠になるでしょ」
「ああ、なるほど。摩耶先輩、頭いいですねー」と川口。
お前が鈍いだけだろ、と摩耶は思ったが口にはしなかった。
「じゃあ、週末、みんなで調査に行きましょう」




