第21話 第1面の調査前夜
「川口、何か忘れてない?」と、摩耶。
3人での、明日の作業の打ち合わせも終わり、話もひと段落ついたので、源さんは、年寄りは寝るのが早いから、と言って部屋に先に引き上げた。
川口は、まだ飯を食っている。
「えっ? 何がですか?」と、摩耶に応えた。
「あたしと約束したよね。先日、ここで」と、摩耶。
「何か、約束しました?」と、川口。
この野郎、トボけやがって、と摩耶は、グラスの酒を顔にかけてやろうかと一瞬思ったが、もったいないのでやめた。
「彼女の件よ。現場が始まる時まで待って、言ったわよね?」と、摩耶。
「ああ、そうですね」と、川口。
ああ、そうですね、じゃねーよ、このオタク野郎、と摩耶は思ったが、まずは聞き出すのが先決だと思い、
「で? 何から話してくれるの?」
「やっぱり、言わなきゃだめですか?」と、妙に往生際が悪い。
摩耶は業を煮やして、
「川口、なに? 加藤部長には言っておいて、あたしには言えないって、どういうことよ?」と、たたみかける。
「あー部長から聞いたんですか、まいったなー」と、川口が困った顔をする。
……よし、一気に攻め込むぞ!
「名前は?」と、摩耶がちょっと怖い顔で、川口を下からのぞき込む。
あたしが睨む顔は、かなり怖いらしいという、社内の噂を聞いている。
まずは、ここを強行突破する。
「小百合です」と、うつむきながら、小声で言う。
「小百合ちゃん、いい名前ね。はい、次。年齢」と、摩耶がたたみかける。
「24歳です」と、川口。
摩耶は、以前、川口が見せてくれた彼女の画像を思い出して、24歳にしては化粧が濃いなと感じた。
「どこで知り合ったの?」
この質問の答えは、八王子駅前の海鮮居酒屋だということが、加藤部長から聞いて分かっている。
「居酒屋です」
……ああ、やっぱり。そろそろ本題に入っていくか。
「それで、川口の方から小百合ちゃんに声をかけたの?」
川口が、下を向いてもじもじしている。
可愛いイケメンなら許せるが、オタク顔にやられると腹が立つ。
「どうなのよ」
「いえ、向こうからです」
この答えに、摩耶は死ぬほど驚いた。
化粧が濃いとはいってもなかなかの可愛さである。
何を好き好んでこんなオタク野郎に声をかける?
「小百合ちゃんから、声をかけられたの?」
「メモを渡されたんです」
「メモ? 電話番号か何か?」
「チャットアプリのIDです」
「それで、連絡を取り合っているのね?」
「はい」
……さあ、ここからが正念場だ。
摩耶は、グラスの酒をあおって、一升瓶から継ぎ足しながら聞く。
「それで? デートはしたの?」
「しました。一度。ファミレスで」
ファミレス? 好きな女との初デートがファミレス? おいおい中学生じゃないんだからさー、と思った一方で、やっぱりこいつはデート慣れしてないな、もしかしたら初めての女か……
「ファミレスでは、話ははずんだの?」
「いろいろ話しましたよ。とってもいい子ですよ」
……ふーん。
「で? 小百合ちゃんと結婚したいと思ったの?」
川口が下を向いて、はい、と返事をする。
……よし、勝負どころにとうとう来た。
こういうデリケートな質問ほど、ズバッと聞いた方がいい。
川口は果たして小百合ちゃんと……
「それで川口、小百合ちゃんと……」
「小泉さん、川口さん、そろそろ食堂片付けたいんですけど、いいでしょうか?」
と、丸山から声がかかった。
はっとして時計を見ると午後9時になろうとしている。
もー、なぜこのタイミングで、インターセプトされるんだ。
まったく。
「丸山さん、もう食事終わりました。ごちそうさまでした」
と、川口がほっとした顔で、摩耶におやすみなさい、また明日、と言って食堂を出ていった。
……ちくしょう。もうちょっとだったのに。
グラスをぐいっと空けて、テーブルに戻した。
「どうも、ごちそうさまでした。とてもおいしかったです。丸山さん、現場の方、明日もよろしくお願いしますね」
摩耶は、すばらしい笑顔で丸山にお礼を言い、食堂を出た。
幸い、部屋まで引き上げる時の、摩耶の憤怒の表情は誰にも見られていない。




