第20話 発掘初日と現場始め式
表土除去作業は、順調に進んでいる。
重機の前には、摩耶と漆原がバケットの先端を注視し、土の色の変化や時々出てくる遺物の隣に目印のための竹串を刺したりしている。
川口と丸山は、調査範囲の外側に一定間隔で杭を立て、それにトラロープを巻き付けて簡易フェンスにする作業を行なう。
丸山が杭を支え、川口が危なっかしく大掛矢を振りかぶって、杭を打ち付けている。
時々、杭の頭を外れて丸山の腕を直撃しそうになり、丸山がビビッている姿を見て、この2人はなかなかいいコンビになるかもしれないな、と摩耶は思った。
お昼近くになると、表土除去作業は、よほど進んだ。
源さんの仕事は丁寧で速い。
地割れの段差も忠実に追い、調査面にはそこかしこに地割れの痕跡があることが次第に明らかとなる。
そして遺構も点々と見つかり始めている。
溝や土坑や井戸っぽい形のものや掘っ立て小屋の痕らしきものもありそうだ。
調査面上から見つかる遺物も多い。
川口と丸山は、杭打ちとロープ張りの作業を終え、今度は図面作製のための測量に取りかかった。
発掘調査で出土した遺物や遺構は、原則としてすべて図面に記録する。
現在では、図面作製には、デジタル的な手法が主流となっている。
以前は、アナログ的な手法、例えば平板測量と呼ばれるものや、遣り方と言って調査面に水糸を方眼に張って、それを基準に方眼紙に写しとる方法などが主流であったが、今はほとんど見られない。
丸山が大学を卒業して、測量士補の資格を取ったころは、まだ光波測距機の出始めであった。
原理的には同じなのだが、川口が持ってきている光波測距機を見て、その進歩に驚いた。
自分が知っているものと全然違う。
これには自動追尾システムが搭載されている。
通常、測量作業は、測距機のスコープをのぞく者と、光を反射する小さなミラーを持つ者の2名が一組となって行う。
測距機の内部には、取得した測点の三次元座標が記録でき、現地作業が終了した後、室内に戻って測距機とパソコンを接続して、パソコン上に測点を展開して作図作業を行うのである。
しかし、川口が持ってきた測距機は、まったくこれとは異なっている。
自動追尾システムとは、測距機のスコープを見る者がいらないのである。
ターゲットミラーを自動的に探してその中央に照準を合わせる。
ターゲットミラーの持つ人は、片手にタブレット端末を持ち、そこから測距を指令し、測距した測点は瞬時にタブレット上の図面に反映され、結線されるという仕組みである。
だから室内に戻って、測点をパソコンに展開する必要がなく、現場で図面をリアルタイムに仕上げていくことができる。
測量のテクノロジーの進化に驚いた丸山は、俄然興味を持ち、操作の仕方で川口に質問攻めにした。
川口はそれを面倒がらずによく教えている。
この2人を見て、やはりなかなかいいコンビだと摩耶は思う。
現場では、調査面で確認できる遺構に、漆原が白のマーキングスプレーでラインを引き始めた。
地面に引かれた白いラインはよく目立ち、どこにどんな遺構が存在するのかが一目でわかる。
漆原は脚立の上から、持ってきた一眼レフのデジタルカメラで撮影する。
午後3時ぐらいには、源さんの表土除去作業が終わり、排土を調査区の隣に、低い台形状に整形し始める。第1面の表土除去作業は本日中に終了した。
川口と丸山の二人は、自動追尾測距機を使って、調査区の外形線や漆原が引いた遺構のラインなどを次々に測距していく。
最初は川口が手本を示していたが、すぐに丸山に代わり、その作業を川口が横で見守っている。
丸山はあっという間にマスターしたようだ。
摩耶は、第1面の遺構の略測図ができそうね、と思った。
夕方5時に作業を終了し、簡単に後片付けをして、現場を後にする。
漆原は、今日は島にある実家に泊り、明日も朝から現場に来ます、と言って去って行った。
軽バンの運転席に川口、助手席に源さん、後ろに摩耶が座って出発する。
丸山は自分の車に乗ってきていた。2台で民宿いろうに戻る。
「お疲れ様でしたー」と、言って、丸谷は民宿の仕事の方に戻って行った。
摩耶、川口、源さんの3人は、それぞれの部屋に落ち着く。
夕食は午後7時からである。
3人ともその前に風呂に入り、今日の現場の汗を洗い流した。
夕食時に、川口がプリントした現場の略測図を持ってきたので、3人の真ん中にそれを置いて話し始める。
もちろんテーブルには一升瓶が置いてある。
摩耶は、以前飲んだ島の地酒が気に入り、丸山に買っておいてもらったのである。
3つのグラスに酒を注ぎ、
「お疲れさまでした。今日は現場初日ですから現場始め式を行います」
と宣言した。
考古学者には一つの不文律がある。
それは現場が始まった初日は必ず宴会を行うことである。
もちろん現場を終了した時には、打ち上げの宴会を行う。
この2つの儀式は必ず行うべきものとして、この世界の憲法のような決まり事なのである。
これを破る者は考古学者の風上にもおけない。
「乾杯!」
といって、3人はグラスに口をつける。摩耶は最初の一杯は一気にのどに流し込む。
「んー、おいしいわー」と、摩耶。
「摩耶ちゃん、相変わらず呑兵衛だなー」と、源さん。
源さんと川口は、酒はあまり強い方ではないので、適当なところで、ご飯に取りかかろうとしている。
それはそれでよい。
摩耶はマイペースである。
「さて、それじゃ、略測図を見ながら、明日の作戦を立てましょうか」
と、グラスを片手に摩耶は言った。




