第2話 加藤部長の思惑
1階の自分のデスクに戻った摩耶は、あまり今回の仕事に気乗りしていなかった。
実は、摩耶に限らず、発掘調査のプロを自認する調査員であっても、発掘が好きで好きでたまらないという部類はおそらく少数である。
なぜなのか?
理由は簡単である。
大変だからだ。
そりゃあ、どんな職業でも大変である。
発掘などと言う職業に携わっている人をみて、好きなことができていいねと良く言われるが、見た目ほどうらやましい職業ではない。
実際、遺跡の発掘は大変なのである。
現場で遺跡を掘るだけではない。
割り当てられた予算の計画、必要な機材の調達・購入、現地の作業員の募集と雇用契約、レンタルのプレハブやトイレの設置等々、やるべきことは山ほどある。
それに現場が自分の家から遠隔地の場合は、長期の宿泊準備をしなければならない。
摩耶の場合は、それに今抱えている業務を誰かに引き継がせるための資料もつくらねばならない。
……こりゃ、しばらく残業続きね。
思わずため息をついた。
加藤駿は、八王子から市ヶ谷にあるP大学に向かう車の中で、今回の石廊島の発掘調査について考えていた。
開発の計画については、加藤は以前から知ってはいた。
その開発を計画をしているのがグループ会社の一つだからである。
加藤が所属する株式会社アジア文化財サービス(通称「アジ文」)は、アジア コンストラクション ホールディングス(ACH)という持株会社の一員である。
ACHは、建設関係の総合デパートみたいなグループ会社で、その中に文化財調査部門を担当するアジ文がある。
土地を開発しようとする場合に、地下に眠っている埋蔵文化財の調査を行う必要があることは、今や日本の常識となっている。
ACHは、早くからグループ内に文化財調査を行う会社を立ち上げて、調査から建設の実施までスムーズに行える体制をとっていた。
ちなみに、中野五郎の叔父の佐伯洋一郎は、ACHの大株主の一人である。
ACHは、建設業を中心とした巨大なグループ会社であるが、文化活動にも力を入れている。
その方面に精通している佐伯老人も一度、役員待遇でACH入りを打診されことがあったが断った。
本人曰く、ワシは会社勤めには向いておらん、とのことらしい。
今回の開発は、同じグループ会社のアジア建設サービスが立案したもので、こちらは通称「アジ建」と呼ばれる。
こうした開発計画は、その土地を管轄する役所に申請して許可を得なければならないが、その時に遺跡であるかどうかの判断がなされる。
遺跡となれば、建設工事の前に発掘をしなければならないが、基本発掘の対応は自治体の方で行うのが原則である。
しかし、埋蔵文化財の調査を行える職員を置いていない自治体も多く、そうした場合、民間の発掘調査会社に依頼するのが普通だが、今回はACH側に調査会社があるので、そちらで対応することを前提に許可がでたのである。
島民の中で、比較的広い土地を所有している家が、ACH傘下の不動産会社に土地を売却したことから、今回の建設計画が持ち上がった。
地元では、特に反対運動はなかった。
計画の内容が、高齢者向け介護終身対応型賃貸住宅ということなので、島民は計画を受け入れることを決めたらしい。
加藤は、アジ建のプロジェクトリーダーから今回の建設計画に関するメールを受け取り、ACH共有サーバにアップされている計画書にアクセスできるコードも教えられたので、一通り目を通してみた。
建設計画地の地形や遺跡の範囲を添付の地図で確認した。
……それほど難しい調査ではなさそうだが……
調査員として誰を充てるか?
空いている社員は何名かいたが、加藤は、小泉に担当させたいと思った。
小泉は、現在30歳手前。
これまで発掘は行ってきているものの、女性で主に室内での作業を中心としていたため、こなした数はそれほど多くない。
ここらで一人ですべてを切り盛りさせる現場で、鍛える機会を与えたいと思った。
加藤は、小泉を買っている。
なんというか考古学という分野に才能がある。
先日の、中野さんが持ってきた瓦に刻んだ文字を見て、これは女が刻んだことを見抜き、それが問題解明につながった。
小泉は、良いカンを持っている。
将来、この会社を背負って立つ一人にしたい、と加藤は密かに思っていた。
だから若いうちに鍛えておく必要がある。
……大丈夫だ。小泉なら十分に今回の現場をやれるだろう……
と加藤は思った。
だが、この発掘が、アジ文始まって以来の大問題を起こすことになるなど、この時は知る由もなかった。