第14話 摩耶、川口と取引する
……おいしい!
何ておいしい料理とご飯なんだ。ご飯のお代わりが止まらない。
川口は、欠食児童のように、猛然と食べ続けている。
今日は、現場をよく歩いたので、腹がいつもより減っていた。
まだ、食べたりない。
目の前には、美味しいおかずを酒の肴にして、悠然と摩耶先輩がグラスを傾けている。
心から酒を楽しんでいるようだ。
本当の酒呑みは、呑んでいる最中は決して米を食べない。
摩耶先輩は、酒が終わった後に、ご飯を食べるのだろう。
だから、その分は、お櫃に残しておかねばならない。
全部、僕が食べるわけにはいかないんだ。
ここでがまんして、後で近くのコンビニに行くということはできない。
島にはコンビニなどはない。
今日は、僕ら2人だけがお客なので、民宿の人も料理場の火をすでに落としている。
食堂が閉まる午後9時には、食器も片づけるのだろう。
でも、ああ、ご飯が止まらない。
もっと食べたい。
お櫃のすべてを食べてしまいたい。
でもそんなことをしたら、摩耶先輩に怒られる……
摩耶は、川口がお櫃をチラチラ見ていることに気が付いていた。
……こいつ、お櫃を空にしようという魂胆だな。
摩耶は、その川口の思惑を敏感に察知した。
チャンスだ、と思った。
自分はカップラーメンを持ってきているから実害はない。
それに、この民宿には調査期間中ずっといるのだ。
おいしいご飯はその時にいくらでも食べられる。
「川口、彼女のことを教えてくれるんだったら、お櫃のご飯を食べてもいい」
摩耶は、交換条件を持ち出した。
こいつの食欲はハンパじゃない。
川口は必ず落ちる……と見た。
川口は、少し困った顔をして考えている。
明らかに迷っている感じであったが、
「今は、勘弁してください。心の準備が……」
「何をまったく。小娘じゃあるまいし」
……うん? どこかで聞いたセリフだな? まあ、いいか。あんまりここで追い詰めるとヤバいかもしれないから、深追いはやめとくか。だが、言質は確保しておこう。
「じゃあ、いつ言う? それを言ってくれなきゃ、あたしの大切なご飯はやれないな」
川口は、お櫃と摩耶の顔を交互に見て考えている。
「分かりました。この現場が始まる時までには」
現場が始まるのは、あと半月後に迫っている。
「よし。その取引に乗った。ご飯食べてもいいわよ」
川口は、ほっとして、またご飯を猛然と食べ始める。
「ところで、話は変わるけど、さっき風呂から出た後に、加藤部長に電話した」
川口は、ご飯粒をつけた顔を摩耶に向けた。
「今日の島での準備の状況について、あらまし部長に報告した。その時に、漆原さんが、川口のシステムの話に大変乗り気になっていることも話した。そして今後の対応についての指示を受けた」
「加藤部長は、何と?」
「伊豆南市を、システムのモニターメンバーに含めてもいいって言ってた」
川口システムは、現在試験運用段階にあるが、アジ文のお得意様に、実際に使用してもらい、本格運用のための微調整を行っていくというスケジュールとなっている。
モニターメンバーとなれば、伊豆南市は費用の心配はいらなくなる。
「なるほど」
コンピュータの話となると、こいつの顔はすぐに凛とする。
まるで亀有の両さんに出てくる白バイ隊員の本田速人のようだ。
本田は白バイに乗っている時と降りた時の顔が正反対である。
摩耶の心の中では大いにウケている。
「細かいところは、川口と相談して、また報告しろ、って言ってたわ」
凛とした顔だがご飯粒をつけている顔に、摩耶は内心大笑いしている。
「ふーむ。ちょっと弱いかな……」
「何が?」
「いえね。伊豆半島周辺の中近世陶磁器のデータベースの登録量がちょっと少ないのですよ。漆原さんのお話しですと、小中学生には山の奥までは歩かせず、市街地や山の裾あたりが主なんだそうです。山だと縄文が多いのですが、市街地ですと中近世陶磁器が多いのだそうですよ。データベース登録の優先順位を少し変更するよう、僕から部長に報告を上げときます」
摩耶は、グラスを傾けながら、現場の開始に向かって、いい流れができつつある手ごたえを感じていた。
伊豆南市の親切な漆原、発掘現場の世話人に誠実そうな丸山、ちょっと頼りないがサブとしての川口、なかなか良いメンバーに恵まれたと思っている。
発掘調査を成功に導くには、こういった良い流れが始めから作れるかが、大きな分岐点となる。
初めに躓くとだいたい後までそれが尾を引くものなのだ。
この調子で現場開始まで持って行ければいいな、と思っている。




