第10話 摩耶と川口、発掘予定地へ
建設予定地に車から降り立った3人は、すでに設置してある建設のための測量杭を目の前にして、漆原が広げた図面に見入った。
風が少々あるため、図面の端をそれぞれ摩耶と川口が手で持って、図面の揺れを抑える。
漆原が説明する。
「えーと、目の前に赤い杭が並んでいますが、これが建物の外形ラインの一部で、おおむね調査範囲となります」
その杭は、10メートル幅で、長さが40メートルほどの土地を囲っている。
摩耶は、なるほど10メートル掛ける40メートルで、面積が400平方メートルとなるわけか、と合点した。
摩耶が、漆原に聞いた。
「試掘はしたんですよね?」
「ええ」
と、言って、今持っている図面を畳んで、ファイルケースから、試掘レポートを取り出して、摩耶に渡す。
試掘とは、調査予定範囲内外に小規模な区画を設けて発掘調査をすることで、どんな遺物や遺構があって、どんな調査を行う必要があるかを、これによって決定する。
「試掘は、調査範囲内に3か所、念のために、それ以外でも3か所調査してみました。予想通り、調査範囲外への遺跡の広がりはないようです」
と、漆原が言って、試掘を行って埋め戻した跡を指し示した。
「試掘の結果は、複数面調査と聞いていますが?」
と、摩耶が聞く。
「はい。一応確認できた調査面は3面でした。一番上が江戸時代末ぐらいかと思います。その下が中世で16世紀ぐらい。一番下が平安時代となります」
と、漆原が応える。
「伊豆諸島も含めて、島で複数面調査というのは珍しいのではないですか?」
「そうかもしれません。この石廊島は、伊豆半島沖を船で通る際に一時的に寄港するのに便利な島だったようで、そのせいで各時代の遺跡が豊富なのかもしれませんね」
摩耶は、なるほどと思った。
川口は、漆原と摩耶のそばを離れて、調査範囲内外をウロウロしながら、地表面に目を凝らして、遺物を見つけようとしていた。
それを見て、漆原が、
「この辺は、遺物はよく拾えますよ。古代から幕末まで、ほとんどの時代の遺物をまんべんなく拾えます。後で表採として取り上げておけばいいでしょう」
と、言った。
発掘調査を行う前に調査対象地を歩いて、地表面で拾える遺物を採集することを、表採と言う。
後で一括して袋に入れて取り上げる。
日本の埋蔵文化財は、おおむね地下数10センチのところに存在するので、耕作によって土器や石器などが巻き上げられて地表面に現れることが多い。
このことで遺跡かどうかや遺跡の時代などが分かる。
見ていると川口は、頻繁に腰を曲げて、多くの遺物を拾っている。
しばらくして、両手に持ちきれないほどの遺物を抱えて、二人のところに戻ってきた。
「いっぱい、拾えましたよ」
摩耶は、小さなトートバッグからコンビニ袋を出して、川口に渡し、これに一時的に入れておくように言った。
川口は、土で汚れた真っ黒い手でそれを受け取った。
その時、車が停まる音がして、作業着姿の男が下りてきた。
先に漆原が、
「ああ、村本さん、こんにちは。今日はどうしました?」
と、声を掛ける。
「ちょっと資材の手配で島に来たんでね」
と、男は答え、遺物の袋を手にしている川口と摩耶を見て、
「あんたら発掘の人? ウチの測量杭を動かさないでくれよ。それから発掘が3か月かかるんだって? 早いとこ終わらせてくれよな」
と、ぞんざいに言って、漆原と何か少しだけ話し、こちらを一瞥して車に乗り込んで去って行った。
「漆原さん、あの人、どなたですか?」
と、摩耶が聞いた。
「アジア建設サービスの村本さんです。この建設計画の現場代理人です。工事はもちろん発掘調査が終わった後になるのですが、その前にいろいろと準備しているみたいですよ」
と、言った。
摩耶は、アジ建かあ、態度の悪りー野郎だな、と思った。
さすがに役所の漆原には丁寧に接していたが、こちらには露骨に悪意を向けていたことが分かる。
土地を開発しようとする土木建設側と、その土地を発掘調査しようとする埋蔵文化財側では、考え方がまったく正反対で、土木建設側は、時間も金もかかる発掘を邪魔者扱いする。
今は、埋蔵文化財の必要性が土木建設関係者にも浸透してきているが、以前は、埋蔵文化財は邪魔者と公言してはばからない連中が大勢いた。
おそらく村本はその部類の人間なのだろう。
……ふん。
発掘をやっていれば、悪意のある人間なんていくらでも出くわすものだ。
摩耶は、歯牙にもかけず、さて自分も現場内を歩いてみようと思った。




