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 夕凪が来て、島は一度だけ深い息を吐いた。

 波打ち際の珊瑚砂は湿ったシーツのように温かく、砕氷船〈ガラスワルツ〉の汽笛が遅い別れの合図を残す。


 甲板で荷役クレーンが動くたび、鉄骨の擦過音が0・70秒で潮騒へ溶け込んだ。

 僕は手帳を開き、傷だらけの鉛筆で最後の記録を書く。

 ——欠落の終端は、拍動を刷新するだけだった。世界のどこにも“完”の字は浮かばない。


 宙は船尾のラダーへ凭れ、ファインダー越しに港を見送る。

 母が肩を並べ、背丈の違う影を二つ水平線へ伸ばした。

 カメラのモニタには “Scene #002 Departure” の文字。

 録画ボタンを押す指は、もう震えていない。


 美琴は救護班の制服のまま岸壁を走り、プラカードを掲げて笑う。

 〈また来て 潮騒を測りに〉

 波留がクレーン籠から身を乗り出し、工具を振って応える。

 船と島の間に張られたロープは、鼓動みたいにたわみ、ときおり白いしぶきを落とす。


 出航ベルが二度。

 エンジンが潮の拍に合わせて低く唸り、船体がゆっくり離岸する。

 僕は手帳を閉じ、鉛筆を折らずに胸ポケットへ差し込んだ。

 未完のままでも、ページは波のようにめくれていく——それで十分だ。


 甲板を薄桃の風が抜け、懐炉の金属の匂いと溶ける。

 宙が振り向き、親指でシャッターを示す。

「もう一枚、撮ってもいい?」

「もちろん」

 僕は缶コーヒーを掲げ、レンズへピントを合わせた。

 カメラが微かなクリックを刻み、残照の虹を封じ込める。


 背後で汽笛が三度目を鳴らす。

 0・70秒。

 潮騒は欠落しない。

 ただ次のページへ、静かに書き込みを始める。

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