1.マッスル社 新製品及びサービス発表会にて
大体、文庫本のサイズで50~60Pほどの文量になると思います。
一週間で3000~4000文字前後で毎週金曜日に随時更新する予定となります。
しばし、お付き合いいただければ幸いです。
会場全体はやや青みがかった照明で照らされ、出入口に向かって傾斜して昇る座席は、どの位置からも中央のステージが見やすいよう配慮された設計だ。
中央ステージのプロジェクションシステムには、現在、黒の背景にマッスル社の企業ロゴが映し出されている。
両腕を曲げ、肩の高さまで肘を上げたポーズで、握り拳を作った両手が上腕二頭筋の力こぶを印象的に見せる。黒背景に浮かぶその顔は影絵のようで、男性の上半身を映したマッスル社の白いアイコンは、世界的に親しまれているIT企業のシンボルだ。
とりわけ若者たちの間では、マッスル社のユニークなアイコンがデザインされたステッカーを、自分たちの属する空間に貼り付けるのが一種の流行となっているようだ。
ブランドの存在感を増す手法は、特に若い層を中心に強い共感を呼び、彼らの日常生活におけるさりげないアクセサリーとして、また話題作りの一つとして受け入れられている。
彼らは自転車、ノートパソコン、さらには街角のランプポストに至るまで、ありとあらゆる場所にそのステッカーを配していた。
この風潮は、街のいたるところで筋肉を賛美するかのような光景を作り出し、誰もが一目でそのアイコンを認識するほどになっている。
だが、そこはかとなく漂う筋肉至上主義のような雰囲気は、一部の人々にとってはやや過剰な印象を与え、心地悪さを感じさせることもあるのが現状である。
このようにマッスル社は、従来の枠を超えた斬新なアプローチで、人々の生活文化そのものに溶け込むことで、ブランドイメージを確固たるものにしていたのだった。
新聞記者を中心としたIT業界のプレス関係者向けに企画された、祭典ともいうべき新製品及び新サービスのイベント。
前半戦の新製品紹介は終了したが、今日はどこか様子が違っていた。
それは休憩時間にも関わらず、期待でざわめく空気からも漂よっている。
ここ数年、来場者たちの表情には少しアップデートされた新製品情報だけでは拭い切れない、マンネリの影がちらついていたが、今日の空気はやはり一味違うといった感じだった。
「新製品が待ち遠しいね。発売日が楽しみでしょうがない。」
「あの新機能、知的好奇心をくすぐるし、使い勝手も抜群そうだよね。さすがは一線を画するマッスル製品だ。」
「マジで使ってみたい。使いやすそうで、これまたスマートだ!」
などと前回までの発表会と変わらぬ会話が口々に交わされる中で、その全てを上回る疑問がひとつある。
"あの新製品達は、いくらするんだろう?"というものだ。
定例的にいつもなら発売日と製品価格がセットで発表されていたこれまでのイベントとは明らかに異なっていた。
イベントの幕開けには「世界を変える革命的なイベント」という壮大なキャッチフレーズがスクリーンに映し出された。しかし、これまでの発表だけでは、そのメッセージの真の意味をつかむことはできる者はいなかった。
もしかすると、これから明かされる何かがその謎を解き明かすのかもしれない。
そう、プレス関係者たちの間でひそかに囁かれるマッスル社の新サービスに対する期待感。
休憩時間が終わりに近づくにつれ、その期待は確信に変わりつつある記者たちの鋭い直感が、次なる大きな話題を予感しているのだった。
その鍵を握るのは…そして、その予感はやがて…
後半の発表を告げるブザーの合図が会場内に響き渡り、これまで各製品プロダクトのマネージャーたちが次々と発表していたが、いよいよメインイベントが始まることを示すように彼が登場した。
マッスル社のCEO、筋骨隆々の体格とスキンヘッド、マッスル社の強靭なイメージと見事にリンクしている。同社のアイコンを彷彿とさせる、その男、ヘラクレス・ジョンソンが舞台に上がったのだ。
ジョンソンがステージに立つと、会場内の空気が一変した。彼の存在感は、ただその場にいるだけで人々の視線を一点に集め、期待感を高めるのに十分だった。
彼のスタイルは、お決まりの黒いタートルネックとチノパンで、カリスマ性並びに同社の革新的な精神を象徴しているかのようだった。
彼が舞台中央に立つと、彼の動作や言動は一つ一つが、まるで事前に計算されたように洗練されていた。
「私たちマッスル社は、ただ強さを追求するだけではありません。強さを通じて、人々の生活を豊かに、そして快適にすること。それが私たちのミッションです。」
彼の声は、確信に満ちていた。
そして彼は、両手を軽くあげ、手のひらをくるりと回し広げつつ、柔らかく会場の人々を巻き込むように続けた。
「今日ここで発表した物は、単なる商品ではありません。それは、あなたの生活に新たな価値をもたらし、日常を変革する経験そのものなのです。」
舞台裏からとある製品が運ばれてくると、ジョンソンはそれを優しく手に取り、会場に向けて高々と掲げた。
それと同時に中央の画面がアイコンから切り替わり、何かイヤフォンを思わせるような形の情報端末と思わしきものが映し出される。
よくみると、それは既に同社が発売しているワイヤレスイヤフォンだった。
「これが、未来への扉を開く鍵です。私たちの最新技術を結集し密かに我々が進めていたプロジェクトの先進的端末だったのです。このプロダクトには、あなたの想像を超える機能が詰まっていました。」
反応は様々だった。
思ったより期待ができないかもと落胆をした者、何か未知のものに巡り合うのではないかと期待観をよせる者から、大小様々な意見を持つものが会場を賑わかせた。
「さて、ここまで私たちの新商品を発表したのですが、肝心の価格を発表していませんね。これは決してミスではありません。」
これには会場も、その彼の言葉に親しみを覚え、ジョークを楽しむように釣られて笑い声が響く。
その反応に満足した様子で表情を軽い笑顔に浮かべながらジョンソンは続けて話した。
「我々、マッスル社が考えた新たな革命をお話をしましょう。今回の新製品たちは世界中の皆さんがその価値を決め、新たな製品の価値を創造することができます。過去のこのデバイスによって。」
会場は一瞬で静まり返った。それが何をどう意味しているかまでは理解していない様子だった。
更にその反応に満足する様子でジョンソンの口角を吊り上げ笑顔が攻撃的ものへと変わった。
「その名もpixel"i"プライスです。従来の製品は市場や我々が価格を決めていました。これは公平でしょうか?皆さんが買う物なのに?」
その問いかけは皆が何かあると確信に至るには充分な言葉だった。
「我々は皆さんが買うものは皆さんが価値を決めるべきだと考えたのです。つまり、皆さんの心が決めた価格。そう、それをそのまま製品価格に反映されるべきなのです。」
ジョンソンの言葉はみんな理解できていた。しかし、その意味するところには現実が追いついていかず何を話しているかがわからないといった様子だが…そこに何かがあった。
「我々は今日、今この話をしている段階で本製品のアップデートデータを配信しています。気になる方はスマートフォンの画面から行える、アップデート画面をご覧ください。」
一斉にガサゴソと鞄やポケットなどからそれら手持ちのマッスル製品を取り出し、衣擦れやジッパーを開閉する音が会場内に溢れる。
「そうです。この製品はアップデート内容の詳細に書かれているように皆さんの人生の体験を元に製品の価格を決めることができるのです。」
あるものはスマートフォン画面をみながら、またあるものはジョンソンのステージパフォーマンスにみながら、会場は一斉に驚きや感嘆、喜びなどの声が一気にあがり、高揚感で包まれていた。
その会場に向けて更なる燃料をジョンソンは投下した。
「今日発表された、我々の研究は人間の幸福や満足感を計量することを証明するものです。そして、脳の活動パターンや消費されたカロリー、脳内で生成された化学物質の分析を組み合わせることで、感覚器官で体験したあらゆる反応はデータに置き換えること可能です。それは客観的な金銭価値に変換することが可能であるということを意味します。」
ジョンソンは一旦間をおいて更に付け加える。
「以前から、販売していたこのワイヤレスイヤフォンはその専用の生体センサーを内蔵していました。発表された新しいモデルもそうです。今日からは皆さんのそれら情報を収集することで新たな価値を作り出すスペシャルなデバイスとして生まれ変わるのです。」
会場は全員が全員、歓声の声へと変わる。
「例え同社の製品持ち合わせていない方がいても何の問題もありません。このサービスを利用することができます。当社のオフィシャルショップ、パートナーショップでは同じデバイスを当然既に用意されており、その場であなたの体験を元にした価格で、私たちの商品を利用することができるのです。これがpixel"i"プライスです」
混乱にも近い熱狂的な声が会場全体を響かせていた。
「まぁ、我々としても製品が製造コストに見合わないような低価格でユーザーが手に入れることは避けたいのですが、ユーザーが自身で価格を決められる、この革命を阻止したくありません。上限価格は決めるものの最低価格は決めておりません。あなたが無料で我々の製品に触れることだってありえるのです。これが私達マッスル社が望む革命なのです。続いて…」
同社が数々の細かなサービスを発表し続けていた中でも、話題をさらったのは「pixel"i"Price」という革命的なサービスで、その新鮮なコンセプトに会場は沸き立ちながらイベントは終了した。
翌日、世界中の報道機関がこのニュースを一斉に取り上げると、世界中の人々がそのビッグウェーブに乗るしかなかったのである。
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