95.究極のツンデレ
田舎暮らしを始めて105日目。
朝からすこぶる調子がいい。
巨大白蛇さんの鱗のおかげだろうか?
肩凝りまで治っている気がする。
もう、ほとんど身体は痛くない。
傷跡も消えた!
明日くらいシュナッピー達が、帰って来るかしら?
そんな事を思いながら、朝食作りに取り掛かろうと
していた時に、その人が現れた。
「凛桜、大丈夫なの!?
大変な事になっていたらしいじゃないの」
そう言いながら、ユキヒョウの美女が顔を顰めながら
縁側から乗り込んできた。
「レオナさん!?」
ユキヒョウの美女はなおも、鼻息荒く凛桜に詰め寄った。
「私がキューリック島に、撮影に行っている間に
そんな事があったなんて、本当に信じられない!!」
肩を掴まれて、がくがく揺らされていた。
キューリック島ってどこよ?
南の島かな?
写真集とかグラビア撮影的な?
その前に、私……。
肩を負傷しているのですが……。
そんなにガッツリ掴まれますと、その……。
まぁ、もう痛くはないのですが。
「聞いているの?
全く、あんたはお人好しがすぎるのよ」
凛桜の顔に人差し指を突き出しながら、牙を出して唸っていた。
「アハハハハ……
いや、不可抗力といいますか」
「笑い事じゃないわよ、まったく」
ますます獣耳と尻尾をピンと立てて、怒っていた。
「とりあえず、お茶でもいかがですか。
それとも何か軽く朝食を食べますか?」
凛桜が困ったように眉尻を下げながら、おそるおそる聞くと
レオナはふくれながらもため息と共にぽつりと言った。
「食べるわよ、もちろん」
そして、大人しく目の前の椅子に座った。
頬杖をつきながらも、尻尾を左右にふっている所をみると
まだ若干イラついている様子だった。
(相変わらず美人だし、迫力があるな……)
凛桜は料理を作りつつ、密かにレオナの事を盗み見ていた。
(本当に男性とは思えないわ)
凛桜は手際よく料理を作ると、レオナの前に出した。
「1品目は、豆乳ヨーグルトとトマトのスープです。
熱いので冷ましてから食べてくださいね」
「ん……」
それから、肉巻きズッキーニと野菜オムレツに
豆腐きなこスコーンを出した。
「相変わらず、手際もいいし……
悔しいけれど、美味しいわ」
レオナは獣耳をピコピコさせながら、残さずに全部たいらげた。
豆腐きなこスコーンが気に入ったらしく
今日の午後の撮影の合間に食べるから、よろしくね
と、いうお言葉を頂きました。
お土産で持ち帰る気、満々です……。
それから、2人でプチ女子会?
と言っていいのかわからないが……
イノシシ男事件の事を洗いざらい話すハメになった。
何故ならば……
レオナさん曰く、この事件はかなり衝撃的な出来事であり
なおかつまだ謎に包まれていることが多いそうだ。
大部分を調査中でもあり、デリケートな問題も多い為に
大多数の国民はもちろんの事、関係者以外には
かんこう令が敷かれている案件との事だった。
では、レオナが何故そのあらましを知ったかというと
クロノスに、凛桜の家に行くことを禁止されたからである。
いくら問い詰めても理由は教えてくれず
森の前には、第一騎士団が常に2人立っており
強行突破すらできない状況になっているらしい。
だったら、あなた……どうやってうちまできたの?
レオナさんのことだから、強引に押し切ったのかしら?
それも気になるんだけれども……
厳重すぎやしませんか?
クロノスさん……。
業を煮やしたレオナは、ノアムを締め上げた。
「…………」
「クロノスは、“凛桜さんの家には当分行くな”の一点張りで
埒があかなかったのよ。
しかも、クロノスの屋敷に黒豆達がいるじゃない?
これはただ事じゃないと思ったわけ」
やっぱり黒豆達は、クロノスさんの所にいるのか
お行儀よくしているかしら、あの子達。
「だから、一番崩せそうなところを責めた訳」
そう言って、レオナは悪戯っ子のような笑顔を浮かべた。
あー、泣きべそかいているノアムさんの絵が浮かぶ。
「カロスは、何があっても口を割らないだろうし
もうノアムしかないじゃない。
だから奥の手を使って責めたのね」
いや、ね、ってそんな可愛い顔で言われても……。
奥の手ってなによ、そっちの方が気になるわ。
「聞いた時は、もう本当に心臓が止まるかと思ったんだから」
今度は軽く涙ぐんでいる。
あー、もう、なんなのこの可愛さ。
もうこの際……男でもいいや。
えっ?何が?
おいおい、違うだろ、私。
と、謎な葛藤を心の中で繰り広げていた凛桜であった。
「で、大丈夫なの?」
照れているのか、ちょっぴり横を向きながら
ぶっきらぼうに聞いてきた。
「はい、傷も大分癒えましたし……。
おそらく後も残らないと思います。
ありがとうございます、心配してくれて」
するとレオナは急に、ガッと凛桜の両手を握った。
「そうじゃないの、私が心配しているのは心の傷の方。
自分でも気が付かないくらいに、深く傷を負う事もあるのよ」
レオナが思いのほか真剣な眼差しで見つめてきたので
凛桜は、思わず息を飲んだ。
そして、凛桜もぎゅっとレオナの手を握り返した。
「怖くないと言ったら嘘になります……。
まだ眠るとあの時の情景が浮かぶことも事実です」
「凛桜……」
レオナの青い瞳が悲し気に揺れた。
「でも、その後にかならずクロノスさんが現れるんです。
夢でも、現実でも必ずクロノスさんが助けてくれるから
もう、怖くはないのです」
そう言った凛桜は、幸せそうに微笑んでした。
「そう……」
レオナは安心したような、でもちょぴり不満そうに
目を細めながら複雑な表情を浮かべていた。
そこで凛桜はハッとした。
まずい……
これではなんだか惚気ているような発言になるのでは!?
レオナさんは、かなり身近なクロノスさんの関係者……
そんな人相手に、クロノスさんの事を熱く語ってしまった。
凛桜は同様のあまり、目を泳がせていた。
そんな凛桜をみつめながら、レオナはフッと笑みを漏らした。
なーんだ、ちゃんと両想いじゃない。
でも、なんだか悔しいからまだ教えてあげないし
認めてなんかあげないから。
「とりあえず、無理はしちゃ駄目よ」
そう言って、レオナは豆腐きなこスコーンを
たっぷりとお土産に貰い帰っていった。