94.こんな日があってもいいかな
田舎暮らしを始めて103日目。
静かだ……。
1人ってこんなにも静かなのね……。
凛桜は、ふかふかの大きなクッションにもたれながら
暖かい紅茶を飲んでいた。
何故ならシュナッピー達がお泊りに行っているのだ。
それは、ルナルドからの提案だった。
“凛桜さん、この際……ゆっくりと体を休めてはどうや。
なんだったら、シュナッピーと黒豆達を2~3日家で預かるで“
と言ってくれた。
キングパパ達も頷きながら……
「ヤスメ!」
「ケンコウダイイチ!!」
と声鷹高に言ってくれた。
健康第一って、一体誰がその言葉を教えたのさ。
「シュナッピーはまだしも、黒豆達までは」
と凛桜が遠慮していると、ノアムがしれっと言ってきた。
「なんなら、黒豆達は俺ら騎士団が預かるっスよ」
「えっ?」
「ワフ?」
黒豆達までが首を傾げた。
「そんなこと勝手に決めちゃだめでしょ」
凛桜は更に焦って首を横に振ったのだが
ノアムは、いつも通りニシシと笑って言った。
「大丈夫っスよ、団長なんか喜んで預かってくれそうだし。
ああみえて、副団長も動物好きですから。
あ、俺も黒豆達と大の仲良しッスからね」
そういいながら、きなこの前足とノアムさんの右手が
嬉しそうにハイタッチを交わしていた。
「そんなら、黒豆達はノアムさんにおまかせしよか」
ルナルドも納得したように頷いた。
「ちょっと待って、黒豆ときなこの気持ちは?」
凛桜が焦ってそう言ったが、目の前で2匹が
いそいそと自分のお気に入りのおもちゃとタオルを
口にくわえて運んでいた。
えっ?2匹ともお泊りに行く気満々ですか……。
柴犬って、本当にあっさりしている所あるよね。
ベタベタしない距離感、柴距離っていうのかしら?
ちょっぴり切なくなってしまったわ。
もう少しごねて寂しいそぶりをしてくれてもいいじゃない?
すでにお泊りモードのきなこ達は、ノアムさんと
嬉しそうにじゃれていた。
シュナッピーの方をみると、何やらキングパパ達と
楽しそうに踊っているし。
「決まりみたいやな」
「そうですね……」
凛桜は苦笑しながらも頷いた。
そしてシュナッピーはルナルドさんと
黒豆達はノアムさんと一緒に帰って言った。
ルナルドさんが言うには、クロノスさんの結界の他に
家自体に妖精の加護がかかっているとの事だった。
この為に、悪しきものはもちろんの事……
魔獣はかなり大きなモノまで入れないらしい。
闇属性のものは、中庭に入っただけで
消滅するとの見立てだった。
妖精族は、光属性だからなのらしいが
怖っ……。
消滅って……。
闇属性って、魔王様とコウモリさんは大丈夫だろうか?
あの2人って、ゴリゴリの闇属性ではないだろうか。
違うのかな?
悪しきものではないから、大丈夫かな?
まぁ、そうは言っても、さっくりと何事もなく現れる気が
するのだけれど、ちょっぴり心配だわ。
だからシュナッピーと黒豆が数日いなくても
身の安全は大丈夫ではないかという見解だった。
いつのまにそんな事になっていたのかしら
知らなかったわ。
凛桜は密かに妖精の女王に感謝した。
だからこの世界に来て、初めての1人っきりだ。
たまにはこんな日があってもいいよね。
体の痛みは、ほぼ治ってきている。
昨日の夜中……
あまりの痛みに泣いた。
そしてついに勇気をだして、巨大白蛇さんの鱗の粉を
少しだけお湯にといて飲んだんだよね。
ほんのり甘かったわ。
本当は最後まで自然完治でいきたかったんだけど
痛みに耐えられなかったわ。
異世界人だから……
この世界の医者にかかるわけにいかないじゃない?
クロノスさんとも相談したのよ。
侯爵家専属の医者を呼ぼうかという話もあったのだけれども
凛桜の素性やこの場所を知られるのはよくないし。
その他にも色々と問題が起きそうだから
診てもらう事は、断念したのだ。
現実の世界だったら、病院に行って……
お医者さんに診てもらい、レントゲンを取ったり
MRとかCTとか詳しく検査するじゃない。
軽いとはいえ、全身打撲と肩に深い傷ですから。
その結果、痛み止めとか抗生物質の薬とか色々処方されて
徐々に治っていくものじゃない?
それが一切なかったからねぇ。
家にある常備薬でなんとかなる症状じゃないのよ。
しかもじいちゃんの常備薬って……
風邪薬や腹痛、肩こりのシップとかしかなかったし。
あの人、病気とはほとんど縁がない人だったからな。
薬の賞味期限?使用期限?
とうの昔にきれている物ばかりだったのよ。
この次に、自分の世界に帰ったら薬を買ってこよう。
そうじゃないと耐えられない!
叫んじゃうくらい、全身が軋んで痛かったのよぉ。
だからもう、万能薬に頼ってしまったわ。
おかげでぐっすりと眠れました。
うん、そうしたら……
信じられないくらい完治したよ。
やっぱり巨大白蛇さんの鱗ヤバいわ。
一体なんの成分で出来ているのさ!!
もちろん、頂いた軟膏も肩の傷に塗ったわよ、えぇ。
もうすでに、ほとんど傷跡が見えない位になっています。
怖いよ、本当にいいのだろうかくらいの勢いよ。
自分の事ながら、凛桜はかるく慄いていた。
そして今……
朝から何もしないで、ただこの感触が最高な
クッションの上でゴロゴロしています。
流れゆく雲を静かに見ていたよ。
風が心地いい。
あ……また眠たくなってきた。
こうして1日目は過ぎてしまった。
田舎暮らしを始めて104日目。
体の痛みがなくなったので、動きやすくなった。
治っているのかどうかはわからないけれども
格段に体が軽くなった。
今朝も紅茶に少しだけ、鱗の粉を入れて飲んだ。
ほんの爪の先くらいの量だ。
よく効くからって、大量に使っては危険だよね。
料理と同じで匙加減が重要だと思うのよ、うん。
それから時間をかけて、ゆっくりと朝食を取った。
今日のメニューは、クロックムッシュマダムだ。
デニッシュパンに、ハムやチーズを挟み
ベシャメルソースをかけてカリッっと焼きあげると美味しいのだ。
つけあわせには、マスカットと生ハムの塩レモンサラダ。
もちろんマスカットは、家の秘密の果樹園でとれた
ぶどうを使用しました。
デザートには、アメリカンチェリーのクラフティを
作ってみました。
結構簡単に作れちゃうのだ。
まずオーブンを180度の余熱まで上げておく。
そして、タルト型にバターを塗ってから、小麦粉をはたいておく。
アメリカンチェリーはよく洗ってから水気をとる。
軸と種を取り除いたら、タルト型の中に並べます。
ボウルに小麦粉、コーンスターチ、塩、砂糖、卵を入れて
ダマにならないようによくかき混ぜます。
そこに牛乳を少しずつ加えて混ぜます。
生クリームも同じように加えます。
それを型に流してこんで、オーブンに入れます。
だいたい50分くらい焼く感じかな?
表面にほどよく焼き色がついて
型を揺らしたら全体が揺れるようなら
出来上がりです。
「我ながらいい感じで焼けたわ。
シュナッピー達も食べる?」
気がついたらそんな事を口走っていた。
もちろん返事が返ってくるわけもなく
思わず苦笑してしまったわ。
どんだけ、あの子たちに出来立てのおやつやご飯を
あげるのが日常になっていたのやら。
改めて認識してしまった。
もうそれが当たり前なのだと。
そしてそれが自分にとって幸せだという事を。
1人って気が楽だけれども、やっぱりちょっと寂しいな。
そんな事を思いながら、出来立てほやほやの
アメリカンチェリーのクラフティを食していた時の事だった。
中庭の奥に何やら小さい黒い影のようなものが現れた。
ん?何あれ?
見かけは、そう……
なんか虫歯のイラストに描かれるバイ菌みたいな感じ?
うまく説明できないのだけれども……
矢印みたいな耳がついていて、牙があって尻尾も矢印的な?
フォークみたいな槍をもっているやつ。
そいつが現れたと思った瞬間、ジュワ!!
と凄い光と音がしたと思ったら、そいつの姿は消えていた。
「…………」
今しがた、闇属性の方が天に召されましたか……。
光の魔法……半端ないな。
一瞬だったよ、う……うん……。
合掌……。
ルナルドさんの言ったことが現実になった瞬間だった。