89.勘違いですから!!
田舎暮らしを始めて101日目の続き。
シュナッピーの雄叫びの後すぐに……
中庭の奥から無数の何かが現れた。
それは瞬く間に、中庭を埋め尽くす勢いで増え
家を取り囲んだ。
「なにこれ……」
凛桜はもちろん事、そこにいた騎士団のすべての者達も
あっけに取られていた。
一体何匹?それとも何体になるのかしら
どこからこんなに湧いたの!!
あまりにも異様な光景に、言葉を失っていた。
シュナッピーも攻撃していいのか戸惑っているようだ。
相手と凛桜の顔を何度も交互にみている。
其の度に凛桜は、今は駄目だという様に
無言で首を横に振っていた。
すると、その中でひときわ大きい者が
一歩前に出て、声高々にこう告げた。
「犯人に告ぐ、即刻姫様を解放せよ!!
さもなければ、命の保証はしない」
その言葉を合図に、ザっという音と共に
その場にいた無数の妖精達が槍のようなものを
こちらに向けて構えた。
あー、また勘違いされている……。
誘拐犯に間違えられるのは、2回目だわ。
凛桜は遠い目になった。
皇帝陛下の時もそうだったけれど……
不可抗力なのよね。
人生で2回も間違えられることってある?
しかも誘拐犯よ!?
2度あることは3度あるっていうけれど
こういうことはもうお腹いっぱいよ……。
クロノスさんをはじめ、騎士団の面々も面を食らっており
全員困ったように顔を見合わせている。
その時だった。
畑から帰ってきたノアムが呑気に鼻歌を歌いながら登場した。
黒豆達を連れて、とうもろこしをもぎにいってくれていたのだ。
肩にはジュエルちゃんが相変わらず乗っている。
どうやらノアムさんの人懐っこさが功をそうしたのか
一気に打ち解けてなかよくなったらしい。
それ以来、ずっとノアムの右肩が定位置だ。
「あれ?なんの騒ぎッスか?
あっ!ジュエルっちの迎えが来たんっスね」
たくさんの妖精が中庭を埋め尽くしていたから
一瞬そう思ったのだろう。
それより……
ジュエルっちって呼んでいるんだ。
相変わらずコミュ能力が高いな、ノアムさん。
って、違う違う!
今はそんな悠長な事を言っている場合じゃない。
「…………」
こんな殺伐とした雰囲気の中で、よくそんないい方向に
とらえたなノアムさん……。
「いや、そのな……」
クロノスさんもノアムの発言には半笑いだった。
その当人のジュエルちゃんは、大きな目が零れんばかり
妖精達を見つめていた。
「おぉ!!姫様ご無事でしたか。
今、お助けしますゆえ……
しばし辛抱してください」
そう言って、大きな妖精は胸を叩いた。
「えっ?」
ジュエルちゃんは絶句していた。
「えっ?そういう感じッスか!?」
そこで初めて勘違いに気づいたらしいノアムが息を飲んだ。
「じいや、違うっちゃ。
この人達は、闇の獣人ハンターじゃないっちゃ!!
むしろおらを助けてくれた恩人だっちゃ!!」
怒りながら叫ぶようにジュエルちゃんがそう告げると
妖精達側に動揺が走った。
「どういうことだっちゃ……」
「姫様は獣人達に攫われたんだべ?」
「騙されるな、おどされているのかもしれないっちゃ」
至る所から困惑したざわめきが広がっていた。
「いや……しかし……。
報告では……」
じいやと呼ばれた妖精は狼狽えていた。
「確かに悪いやつらに襲撃されたっちゃ。
でも、その時に命をかけて守ってくれた人がいたっちゃ。
それがこの凛桜さんだべ!!」
そういって、ジュエルは凛桜の腕の中へと飛んできた。
「なんと……。
その方は人族ではないですか!!」
じいやを始め、その時はじめて凛桜を認識したらしい
妖精族はまたもやざわつき始めた。
「人族だべ!!」
「あの噂の人族か!!」
一斉に凛桜に視線が集中した。
いやー、なんかめちゃくちゃ見られている。
恥ずかしすぎる!!
ばっちりとじいやさんと目があってしまった。
んんん……
興味半分、疑惑半分ってところかしら。
値踏みするような視線が降ってきた……。
凛桜はへにゃっとぎこちない微笑みを返す事しかできなかった。
「それに、その闇の獣人ハンターを捕らえたのは
凛桜さんの番である、クロノス騎士団長様だっちゃ!!」
「えぇぇえええ!!」
「は?」
凛桜とクロノスは同時に声をあげた。
なにをいいだすの!!
ジュエルちゃん!!
クロノスさんが捕らえたのは間違ってないけれど
その前の文言が間違っています!!
凛桜は耳まで真っ赤になったまま固まり
いつのまにか人型に戻っていたクロノスは……
無言のまま固まっていた。
今度は騎士団側に動揺が走った。
「やっぱり凛桜さんと騎士団長はそういう仲だったのか」
「わかっていたとはいえ、俺ちょっとショックです」
「俺はてっきりレオナさんとつきあっているのかと」
そんな騎士団の青年達のざわつきに苦笑しているカロスさんと
にやついているノアムさんがいた。
そして、我に返ったのだろう……
クロノスさんは、尋常じゃないくらい
挙動不審になっていた。
そんな中、直もジュエルちゃんの演説は続いた。
「ここにいる騎士団の皆さんのおかげで
悪い奴らは、一掃されたっちゃ。
感謝しかないっちゃ、だから武器をおろしてくんろ」
「しかし姫様……」
その言葉が本当か測りかねているみたいだった。
「じいや……」
このまま膠着状態が続くかと思われたが
意外なところから救世主は現れた。
「アソビニキタ!!」
「キター!!」
そんな声が中庭の奥から聞こえてきた。
えっ?
この声はまさか……。
キングパパとクィーンママがやって来るのが見えた。
「キューン、キュゥゥーン」
すぐさま嬉しそうに鳴くとシュナッピーが駆け寄った。
思いがけない第三者の登場に、妖精側も騎士団側も
また再びざわついた。
「キングとクィーンだと!!
しかも喋っているし!!」
「俺、初めてみた。
本当に実在するんだな」
トラ獣人の青年とサイ獣人の青年は口をあんぐりとあけて
キングパパ達を凝視していた。
一方妖精側はいうと……
じいやが2体にむかって礼をした。
「お久しぶりです、キング、クィーン」
そう告げると、すべての妖精族も頭をさげた。
「ジュード、ヒサシブリ」
「ヒサシブリ!」
キングパパとクィーンママは軽く葉っぱを揺らした。
知り合いですか!?
妖精族とぱくぱくパックンフラワーは交流があるんだ。
やっぱり植物大会議繋がり?
凛桜が驚いていると、更に中庭の奥から遅れて
何やらゆるーい女の人の声が聞こえてきた。
「キングちゃんたち~歩くの~早いからぁ~」
そう言いながらとても美しい女性が入ってきた。
えっ?誰?
凛桜を始め騎士団側の全員がそう思っただろう。
身長は140センチくらいの小柄の人型だが
どうやら妖精のようだ。
背中に6枚の羽根がついているし……
頭にはティアラのようなものも被っている。
妖精にしては大きいな。
他の妖精はみんな20センチくらいなのに……。
凛桜があれこれ思案していると背後から
様々な声が上がった。
「母上様!!」
「女王様!!」
「ジョオウ、オソイ」
ジュエルちゃんとじいやとキングパパが同時にそう言った。
「………………」
へぇ……女王様か……
女王様……。
確かに女王様っぽいかも……。
んん?えっ?へっ?はい?
「女王様だと!!」
思わず叫んでいた。
妖精族の女王様が家の庭に来ちゃったよ!!
その可愛らしい少女のような人は、えへっと言わんばかり
ニコニコ笑顔を浮かべながら優雅にお辞儀をした。
「こんにちは~ブランシェで~す」
ゆるく挨拶をしながら、凛桜の方へ歩いてくる。
1歩1歩あるく毎に小花が散って、甘い香りがしていた。
「母上様!!
無事だったんだべな!!
会いたかったっちゃ」
ジュエルちゃんは、瞳を潤ませながら女王の胸に飛び込んだ。
「あらあら~泣き虫さんね~」
そう言いながら優しく抱きしめていた。
そんな親子の再会に思わずうるうるきていたが
何かおかしくないか?
こんなカオスな状況でもマイペースな女王様って……
なかなかの兵だと思う。
クロノスも同じようなことを思っていたようで
2人で目を合わせながら苦笑いをうかべた。