87.次から次へと何なのさ!?
田舎暮らしを始めて100日目の続き。
いきなり飛び込んで来た妖精さん。
名前はジュエルちゃん。
ひとまず先ほどよりは落ち着いたみたいだけれど
今もビクビクしながら辺りを見回している。
シュナッピーの姿が見えるほうが安心するだろうと思い
縁側に近いところに、小さな座布団を置いて
ひとまずそこにそっと下した。
因みにこの小さな座布団は、招き猫が置いてあった座布団だ。
シュナッピーも縁側まできて、心配そうに
こちらを覗き込んでいた。
凛桜は、怖がらせないように距離をおいて座ると
その横に黒豆が伏せの態勢で座った。
ジュエルちゃんの横には、きなこが座った。
そしてそっと鼻先で、ツンとジュエルちゃんをつついた。
「ふわ……」
そのまま、優しく頬をすりよせた。
「フフ……もふもふだっちゃ」
ジュエルちゃんは嬉しそうに、きなこの頬に顔を埋めた。
「この黒い子が黒豆で、そちらの茶色い子がきなこです」
「きなこさんだべか」
「ワフ……」
きなこは怖がらせないように小さな声で鳴いた。
「二人は犬族の方ですか?」
「いや、きなこ達は“柴犬”という種類の犬です」
「獣体の方だべが」
違うけど、まぁ、そういう感じ?
凛桜はあいまいな笑顔を浮かべた。
「…………」
しばらくジュエルは、きなこのマズルに抱き着いたり
獣耳を優しく撫でていたりしていた。
無理やり事情を聞き出すのもなんだし
そのうちきっと仲間の方が迎えにくるだろうし
好きにさせておくか……。
そんな呑気な事を凛桜は思っていた。
しばらくすると、ジュエルは至極真面目な顔で
こう切り出した。
「おらが母上様と“植物大会議”に出かけた帰り道の事だっちゃ」
「うんうん」
植物大会議ってなんぞや?
というツッコミは飲み込んでおこう。
話が進まなくなりそうだしな……。
「急に魔獣が現れたっちゃ。
もちろん母上様も護衛達も応戦したっちゃ。
こういうことは珍しくないだわさ」
えっ?よくある事なの!?
外の世界怖い!!
「魔獣だけならよかったんだべが
今回は闇の獣人のハンターも一緒だったちゃ」
ジュエルちゃんの目に怒りの炎が灯ったのが見えた。
「そもそも、獣人ハンターって何?
闇ってなんかよくない響きだね……」
「あ、知らないだべか?
珍しい動植物や鉱石を狩って生活する者達の事だっちゃ」
はー、お宝ハンターみたいなものかな?
「大半のハンターは、常識ある者が多いっちゃ。
しかし中には、狩ってはいけない珍しい動植物や鉱石を
金持ち相手に売る違法者がいるっちゃ」
あー、どこの世界でも闇の部分はあるからねぇ。
「中でも一番質が悪いのが、闇の種族ハンターだっちゃ。
やつらは珍しい種族を生きたまま捕まえて
闇市でオークションする組織に属するハンターだっちゃ」
うわぁ……ないわー、人としてないわー。
凛桜も嫌悪感をあらわにした。
「今回、その闇のハンターに出くわしたっちゃ」
「もしかして……妖精族はその対象に?」
凛桜は、遠慮がちにきいてみた。
すると、ジュエルちゃんは悲しそうに頷いた。
「妖精族は……一番狙われる種族だっちゃ……」
確かに、信じられないくらい妖精は可愛いからな。
愛でたいという気持ちはわからなくない。
しかし無理強いは駄目でしょう。
完全にアウトだから!!
「おらたちは、特別な道を通って移動しているっちゃ。
危険を避けるためだっちゃ。
だから魔獣には出会っても、獣人に出会う事は
ほとんどないっちゃ……。
それなのに今回は何故か、待ち伏せされていただわさ」
ジュエルちゃんは、悔しそうに唇を噛んでいた。
「ありえないっちゃ。
妖精族以外は、普通は発見できないんだわさ」
「と、すると……
何かその道を認識できるものをハンターが
持っていたということになるのかな?」
「わからないっちゃ。
でもその可能性が大きいと思うっちゃ」
なんか嫌な予感しかしないよ……。
凛桜はふうっと大きく息を吐きだした。
「その戦闘のさなか、うちだけが逃がされたっちゃ。
そして命からがら逃げた先に、ここの庭があったっちゃ」
そう呟くと涙を一粒ながした。
「そう……なの……」
なんかとんでもない大きいことに巻き込まれている気がする。
これは私にどうこうできる案件じゃないわ。
どうしよう、クロノスさんに連絡をとりたいけれど
連絡方法ないんだよな。
携帯みたいなものは、ないんかこの世界!!
みんなどうやって連絡しているのさ。
そんな時だった、急にシュナッピーが庭の奥を
見つめると険しい顔になり、臨戦態勢をとった。
黒豆達も立ち上がって、獣耳をピンと立たせて
唸り声をあげている。
「えっ?みんなどうしたの?」
「まさか……そんな……」
ジュエルちゃんも、顔面蒼白になりながら震えていた。
と、同時に……
バリバリバリと何かが裂けるような音がした。
庭の奥から激しい雷光がとどろき、強い風と共に
中庭に大きな黒い塊が5~6体転がってきた。
すぐさまシュナッピーが飛び出していき
首を振りながら、花弁を四方八方に飛ばした。
その後を追うように黒豆も飛び出していき
きなこは凛桜達を庇う様に前に出た。
中庭に転がってきた、大きな黒い塊は
イノシシのような魔獣だった……。
あまりの出来事に凛桜は、足がすくんで動けなかったが
右手で足を叩いて勇気を奮い起こした。
「ジュエルちゃん、私のポケットの中に入っていて。
決して顔をだしちゃ駄目よ」
「凛桜さん……」
凛桜はジュエルの返事を聞く前に、ワンピースのお腹の辺りに
ついている大きなポケットにジュエルを押し込んだ。
某ネコ型ロボットのような、おおきなポケットのついている
ワンピースを来ていてよかった。
凛桜はそのまま、魔王様から貰った紫水晶のピアスを
ぎゅっと握って、中庭の奥を睨みつけた。
すると、結界を破ったそこから、数人の人影が見えた。
「なんだぁ、ここは」
「兄貴、本当にここに妖精はいるんですか」
「間違いねぇよ、これが光っているからな
それに、魔獣を5体も生贄にしてあけた結界だぜ。
よっぽどのお宝が隠されているんだろうよ」
そう言いながら、男が3人中庭に入ってきた。
その3人が更に、家の方へ近づこうとした時に
足元にシュナッピーの苦無がささった。
「おわっ……」
1人の男が飛び上がった。
どうやら、猫獣人の若い青年だった。
「あ?なんでこんなところに、ぱくぱくパックンフラワーの
シルバーランクがるんだ?」
そう言った男は、背の小さい若いイノシシ獣人だった。
「クククク……ついているじゃねえか。
妖精にシルバーランクのお宝植物。
両方頂いてかえろうじゃねぇか」
そう言った男は、かなり大きいイカツイ顔の
30代くらいの大人なイノシシ獣人だった。
「ギャロッロロロロロロ!!」
激しく怒るシュナッピーは、更に蔓の鞭をしならせて
これ以上中に入らないように、上下左右に振り下ろしていた。
「お前は、ぱくぱくパックンフラワーの相手をしておけや
俺達は、本命を取りに行くからよ」
そう言って、イノシシ獣人達は更に中に進もうとした。
させまいとシュナッピーは攻撃するが……
流石に1対3では分が悪い。
なんとか猫獣人と小ぶりのイノシシ獣人を止めることが
できたのだが、大きいイノシシ獣人を先に行かせてしまった。
その周りでは、結界から飛び込んでくる小さい魔獣を
黒豆が走りまわって仕留めていた。
ほう……黒い犬族か……。
なかなかの動きをするじゃねぇか。
あれもついでにもらっていくか。
そんな戦いを横目にみながら、イノシシ獣人はそんな事を思っていた。
「凛桜さん……逃げてください」
ジュエルはポケットの中から、泣きそうな声でそう言った。
「静かに!喋ったらだめよ。
何があっても飛び出したりしないで、約束よ」
「でも……」
「大丈夫、私には強い味方がいっぱいいるから、ね」
安心させるように、ポケットの上から優しく
トントンと叩いた。
そんな事をしている間にも、どんどん男は近づいてくる。
きなこが飛び出して威嚇をするが、男が指を鳴らすと
どこからか、イノシシの魔獣が3体ほど現れた。
すぐさま、きなこと戦闘になっていた……。
「ほう……。あんた人型か珍しいな」
イノシシ獣人はそう言って……
上から下まで舐めるように凛桜をみた。
「悪くねぇな……。あんた俺のものになれよ」
はぁ?
寝言は寝てから言えよ!!
「お断りします」
凛桜は、かなり冷めた目でイノシシ獣人を睨みつけていた。
獣人でもイケていない獣人もいるんだな……。
正直言って、この大きなイノシシ獣人は不細工だった。
今までの獣人たちの顔面偏差値が高すぎたせいだろうか
もう可哀そうなくらい残念なお顔立ちをしていた。
「ヒュー、言うね。
お姉さん、この状況をわかっているうえでの発言か?」
牙をちらつかせながら、楽しそうにそう言った。
確かによくない状況だ。
シュナッピーにも疲れが見えてきている。
辛うじて猫獣人は倒したみたいだが……
イノシシ獣人とは互角の様だ。
未だに勝負がついていない。
きなこ達は、周りの雑魚達の相手で目一杯だ。
「あんたの事もきになるが、ここに妖精ちゃんがいるだろ。
それを渡してくんねえかな」
そう言って、男は口元を歪ませた。
「何のことか知りませんが?」
凛桜は、ツンとそっぽを向いた。
「オイオイ……
俺が優しく言っているうちに渡した方が身のためだぜ」
そう言ってイノシシの獣人はおどけた様に肩をすくめた。
「知らないものは、知らないから」
流石にそんな凛桜の態度に頭に来たのだろう。
「いい加減にしろよ、あんた。
俺を誰だと思ってるんだ、今すぐここであんたを
喰ってもいいんだぜ」
そう言って凄みながら、凛桜の手を掴んで引き寄せようとした。
未だ!!
凛桜は、思いっきりイノシシ獣人の男の顔めがけて
紫水晶のピアスを投げた。
「お前!!
何故そんなものを!!」
男の心底驚いた顔が一瞬見えたが、その直後に紫色の炎の渦が
辺り一面を包んだ。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
凄まじい悲鳴が聞こえた……。
それから数十秒後程たった頃だろうか
視界もはっきりとしてきた時だった。
凛桜の目の前には信じられない光景が広がっていた。
「よくもやってくれたな、人型のおんな!!」
なんとそのイノシシの獣人の男は、仲間の2人の男を
盾にして自分は半分のダメージで生き残っていた。
嘘でしょ……。
なんて卑怯なやつなの……。
シュナッピーと黒豆達は無事なようだが……
結界の穴から湧いてくる、魔獣達の相手をしていた。
ボロボロになりながらも、男は凛桜めがけて
今にも飛び掛かかろうとしていた。
魔王様から貰った、もう1つのペンダントを取る
時間なんか……もちろんなかった。
(クロノスさん!!)
凛桜は、ジュエルを守る様にぎゅっと抱きしめて
目を瞑った。
そのまま強い衝撃と共に地面に押し倒された。
肩に熱くて激しい痛みを感じた……。
どうやらざっくりと爪でやられたらしい。
「覚悟はいいかお嬢さん」
そう言って、凛桜に馬乗りになった
イノシシ獣人はニィっと嗤った。