84.それぞれの事情
田舎暮らしを始めて98日目。
昨日は本当に驚いたわ。
まさかレオナさんが男性だったとは!!
あんなに美人で女子力高い人が男性だなんて
本物の女子として自信なくすわ。
もっふもふのお肌つっやつやなんだよ!
そんな事を思いながら、トマトをもいでいた。
「凛桜さん、これで全部ッス。
凛桜さん?
おーい、戻ってこーい」
自分の目の前でノアムさんがひらひらと手を振っていた。
「あ、ごめん。
採り終えてくれたんだね、ありがとう」
ノアムさんは籠いっぱいにトマトを収穫してくれていた。
その中のひときわ赤いトマトを1つとると
「くー、やっぱり採りたては旨いっスね。
甘くて瑞々しい」
トマトの表面を自分の服で軽くゴシゴシ拭くと
そのままカブリと勢いよく齧った。
(なんかイケメンアイドルのCMのようだ。
獣耳と尻尾が嬉しそうにピコピコ動いているのも可愛い)
微笑ましくその姿を見つめていると
後ろから声がした。
どうやらクロノスさん達がやってきたみたいだ。
「こちらも収穫終わったぞ」
「思った以上に実っていましたね」
大きな籠を背負いながらカロスさんが
タオルで汗を拭っていた。
「お疲れさまでした」
「おう」
今日は朝から畑になっている野菜たちを収穫していると
そこにクロノスさん達がやってきた。
本日はお休みらしく、遊びに来てくれたらしい。
偶然3人とも休みが重なったとの事だったが
クロノスさんはちょっぴり不満そうだった。
「あいつに至っては確信犯だな」
クロノスさんはノアムさんを軽く睨んでいたが
そのノアムさんは、知らぬ存ぜぬを通すつもりか
そっぽを向いていた。
その横で痛む胃を密かに抑えていたカロスさんがいたとか……。
カロスさん、本当に真面目な方だな。
きっとノアムさんに巻き込まれたに違いない。
なので、今日一日フリーらしいので
色々家の事を手伝ってくれることになった。
「こんなに野菜があるから、今日のお昼は
野菜たっぷりのカレーにしましょうか」
「「「カレー!!」」」
3人は嬉しそうに同時に叫んだ。
「いいっスね、最高ッス!!
そうと決まれば、早く帰るッス」
ノアムは黒豆達を引き連れて、待ちきれないのか
家を目指して一目散に走りだした。
「子供かあいつは全く……。
ほら、急ぐからポロポロ野菜を落としているぞ」
ノアムさんが落とした野菜を拾いながら
その後を追いかけているカロスさん。
(本当にあの2人は仲がいいな。
兄妹みたいだ)
その後をゆっくりとクロノスさんと歩いていると
急にまじめな顔で話を切り出してきた。
「ところで、昨日は色々大変だったみたいだな」
「あー、レオナさんの事?」
「あぁ、驚いただろう」
「そうだね、凄く驚いたよ。
魔王様との一件がなかったら、今でも女性だと
思っていたと思うよ」
「あー、そうだよな」
クロノスさんは困ったように獣耳を後ろに
へにゃっとさげた。
「でもまぁ、人は色々な事情を抱えているものだし
レオナさんが女性であろうと男性であろうと
レオナさんには変わりないから、気にしてないけど」
凛桜がそういうと、クロノスは一瞬驚いたように
目を見開いたが、すぐに安心したように微笑んだ。
そして静かに語りだした。
本当の名前は、レオナード=アイオーンという男性で
クロノスさんとは従弟の関係らしい。
レオナードさんには双子の妹さんがいて
その妹さんがかなりやんちゃな方らしく
護衛騎士さんをつれて、今この世界で放浪の旅に出ている。
侯爵令嬢が放浪の旅など、とても許される話ではない。
が、実際行ってしまったものはどうしようもない。
思い立ったらなんでもやってしまう人なんだとか。
魔術のセンスも抜群で、将来を期待されていたのだが
そんな枠に嵌った人生は嫌だったのだろう。
ある日、手紙1つ残して消えてしまったのだ。
大陸中を探したのだが、見つけられなかったらしい。
が、忘れた頃にふらりと手紙が届くそうだ。
しかし侯爵家の関係で、どうしても公式の行事に参加しないと
いけない事が年に数回あるのだとか。
そこで困り果てた侯爵家が考えたのが身代わり作戦だ。
最初はかなり抵抗したレオナードさんだったのだが
実際やってみたら、とても楽しかったので今に至るとの事だった。
「男と女の両方の裏側がみることができるからな。
一石二鳥で楽しいぜ、ククク……」
とかなり悪い顔でニヤリとしていたらしい。
今ではむしろ楽しんで、両方の立場を利用して
貴族の世界を暗躍しているとの事だった。
「そんなきっかけがあったのですね」
「ああ、貴族は色々柵が多くてな。
家同士の力関係などが複雑に絡み合っている……
何か弱みになりそうな事を外に漏らすわけにはいかない」
「大変なんですね……」
「本当にお転婆娘で困るぜ。
今頃は、どこか空の下で護衛騎士を困らせながら
旅をしているだろうよ」
思い出しているのだろう、クロノスさんは苦笑していた。
「そうすると、本当のレオナードさんはどうなるのですか?
公式の行事なら一緒に参加しないといけなかったりしません?」
「あいつは今、人族の国に留学していることになっている」
クロノスはバツの悪そうな顔でそう答えた。
「ばれないのですか?」
「おそらく大丈夫だろう、前にも話したが人族の国は
遥か遠くにあり、あまり交流がないからな」
「好都合だったのですね」
「そうだな、苦肉の策の割にはいい案だったと思う。
このことを知っているのは身内と極わずかな者だ。
もちろん、カロスとノアムも知っているぞ。
公の時は、あの2人のどちらかが護衛につくからな」
「あ、もちろん私も誰にもいいませんよ」
「わかっている、凛桜さんの事を信じているからな。
疑ってもいないぞ」
「クロノスさん……」
お互いに見つめあいながら微笑みあった。
なんだかいい雰囲気になりそうな気配すら漂っていたのだが
そこに……。
「遅いっス、腹減ったッス」
ぶすくれた表情のノアムが道の真ん中に立っていた。
「えっ?」
「待てど暮らせど来ないから、迎えに来たッス。
もう腹ペコで死にそうッス」
そう言いながら情けない顔で凛桜を見た。
「フフフ……ごめん、ごめん。
すぐにカレー作るから待ってて」
「お前なぁ……」
クロノスも半笑いで答えるしかなかった。
ノアム達にも手伝ってもらい、野菜たっぷりのカレーは
とても美味しく仕上がった。
「いただきます」
「はーい、召し上がれ」
「ん、旨いッス、これこれ」
ノアムはかき込むようにカレーを食べていた。
「おかわりはたくさんあるから、慌てなくても大丈夫よ」
「ッス」
「本当にうちのバカ猫がすみません」
「いえいえ、こんなに喜んでもらえるならば
作りがいがありますから」
凛桜は、大盛りに盛ったカレーをクロノスに
渡そうとしていた時にそれは起こった。
「そう言ってくれると助かる。
本当に凛桜さんの飯は旨いからな。
毎食俺だけの為に作って貰いたいくらいだ」
「えっ?」
クロノスは無自覚でさらりと言ったつもりだろうが
そんな事を聞かされた凛桜は真っ赤になって固まった。
一瞬で食卓から音が消えた気がした。
それくらいすべての人の動きが止まったのだった。
が、すぐに息を吹き返したのがノアムだ。
ニヤリと笑いながら揶揄うように言った。
「ヒュー、団長言うっスね。
まるで求愛の言葉ッスよ、それ」
「…………」
カロスも赤くなりながらスプーンを持ったまま固まっている。
「ん?はぁ?」
クロノスはまだ自分が言った言葉に気が付いていないようだった。
するとノアムがクロノスの声真似をして
先ほどのセリフを繰り返した。
「あ!えぁ?え?ああ?
俺、そんな恥ずかしい事を口にしたのか!!」
ようやく自分が求婚めいたセリフをはいたのだと
気が付いて激しく狼狽えていた。
クロノスは顔を真っ赤にして、耐えきれないとばかりに口を覆い
椅子からたちあがりよろめいた。
目の前には恥ずかしそうに目を逸らす凛桜の姿が。
「あー、そのつい口から出てしまった。
そういう意味じゃなくて、違うな。
忘れてくれ、いや、その、あーもう」
なんとか持ち直そうと必死だったが
言えばいうほどドツボに嵌っている感じだった。
(忘れろと言われても……
けっこう衝撃的な言葉でした)
凛桜も相変わらず頬を染めたまま固まっていた。
「…………」
あまりにも哀れに思ったのだろう
ため息をつきながら冷静にカロスがぽつりと言った。
「それくらい、凛桜さんのご飯が美味しいという事ですよね」
「そ、そうだ、うん、そう言う事だ」
ノアムは愉快でたまらないという顔だったが
ここはフォローにまわるようだ。
「凛桜さんのご飯は最高ッス」
「ありがとう」
凛桜はそう答えるのが精一杯だった。
時々炸裂するクロノスさんの天然のやらかしが辛いわ。
凛桜は、2人にいじられまくっているクロノスの姿を
見ながら密かに心臓を押さえていた。