79.犬猿の仲!?
田舎暮らしを始めて93日目。
凛桜は秘密の果樹園でぶどうを収穫していた。
ぶどうがかなり豊作なので、色々と料理を作りたいと思っていた。
なに作ろうかな。
ぶどうジュースやゼリーはマストでしょ。
以外に料理とかにも使えないかな?
「ワンワン!!」
足元できなこ達がぶどうをくれと催促してきた。
「はい、たんとお食べ」
きなこ達は、さっそくその場で美味しそうに
ぶどうを齧っていた。
シュナッピーは、今朝ひょっこり戻ってきた。
どうやらキングパパ達の元にいたらしい。
ルナルドさんの手紙によると、キングパパに修行を
つけてもらっているらしい。
よくわからないが、もっと強くなりたいのだろう。
なので今は、いつもの定位置で爆睡している。
籠いっぱいにぶどうを入れて、家にもどると
お客様がきていた。
「こんにちは」
「おぉ、凛桜殿。おひさしぶりですな。
これはまた立派なレザーニャですな」
シリルさんと鷹獣人のおじさま
近衛騎士団が縁側に座っていた。
今日は珍しく中庭に、近衛騎士団達が倒れていない。
シュナッピーは、辛うじて起きているようだが
それでもうつらうつらしていた。
よっぽど疲れているのね、シュナッピー
戦闘は行われなかった模様。
近衛騎士団一行は、スルーされたらしい。
だからだろうか、あからさまにほっとしている
近衛騎士団達がいた。
こんな日に限って、ボロボロのジャージ姿に
ゴム長靴、麦わら帽子に軍手という女子力ゼロの恰好なのよね。
煌びやかの代表なような、近衛騎士団の前に
この格好でいないといけないなんて罰ゲームのようだ。
それでもしかたがない、用事をきいてサクッと
帰ってもらおう。
「こんにちは、今日は何か?」
「はい、急にお伺いして申し訳ございません。
臼と杵の生産が軌道にのりましたので
本格的に“餅の生産”に入ることになりました。
そこでもち米についてお聞きしたくて参りました」
そう言って、シリルさんは優雅に微笑んだ。
あー、そんな事を言っていたな。
餅の件かぁ……。
相変わらず今日もまぶしい御仁だな。
なんで位の高い貴族ってこうイケメンなのだろう。
「それに、先日少し分けて頂いたもち米を育てていたのですが
半分ほど病気にやられてしまいましてな……。
申し訳ないのですが、また少し分けてくださいませんか」
鷹獣人のおじさまが困ったように眉尻を下げた。
「それはかまいませんが。
病気とはどんな症状なのですか?」
「葉に灰白色や茶褐色の紡錘形の病斑が出ましてな
それが広がりかなりの数を枯らしてしまいました」
それって、いもち病だな。
私もよくわからないけれども稲がよくかかる病気だ。
たしかじいちゃんが言ってたな……。
「私も詳しくないのですが、それはおそらくカビ菌が原因です。
多湿条件下で発生しやすいのも特徴です。
その原因の稲をすべて刈り取って広げない事が重要です」
「なるほど……」
おつきの近衛騎士団の青年がメモを取っている……。
ペンが高速で動いているよ。
「あまり魔法の肥料などもあげすぎるのもよくないです」
「ふむふむ……」
なんだか話が長くなりそうなので、ひとまず家の中に
上がってもらうことにした。
お約束のように、近衛騎士団の2人はびくびくしながら
中庭に直立不動で立っていたので
シリルさんにお願いをして縁側に座ってもらった。
その上、きなこにもお願いをして足元で見守って
貰う事にした。
こうすれば少なくともシュナッピーはしかけて来ないだろう。
それはそれで地獄の番犬にもびくついていたけれどもね。
しっかりしなさいよ、近衛騎士団の青年達よ。
と、急にシリルさんが前に立ちはだかった。
「ん?」
すると自然に凛桜の頬に手を添えながら
親指で優しく拭った。
「えっ?」
突然の事に凛桜が固まっているとシリルは目を細めながら
愉快そうにこう言った。
「フフフ……働き者の女性は美しい。
でも、頬に泥がついたままでは
あなたの美しさが半減してしまう」
はぁ?
ん、なんだろう。
ちっとも褒められている感じがしないのはなぜだろう。
今の行動と発言は、キュンポイントなのだろうか?
と、そこにハスキーボイスが響き渡った。
「何してんだ、このエロ侯爵!!」
「えっ?」
「はい?」
そのままその人物は、凛桜とシリルにつかつかと歩み寄ると
無言のまま……
凛桜の頬に添えられているシリルの手を叩き落とした。
「これはこれはお嬢様、今日も手厳しい」
おどける様に両手をあげて降参ポーズをとるシリル。
「ふん、相変わらず食えない男ね。
凛桜は駄目よ、私達のものだから」
「ほう……」
ピシッとその場の空気が凍った。
「あなたがいつも戯れていらっしゃるご婦人達と
一緒にしてもらったら迷惑だわ」
レオナが挑発するように上目遣いでそう言った。
「フフフ……。
私はいつでもどのご婦人でも本気ですよ。
凛桜さんはその中でもかなりお気に入りのご婦人ですが」
そう言って不敵に笑った。
「相変わらず最低ね」
「あなた程ではありませんが」
2人の間に火花が散っているのが見えるよ。
ひゃぁぁぁぁぁ
これはまた混ぜちゃダメな人達だ……。
と、いうか……レオナさんまたきたの?
えっ?なに?今日も罵倒大会か?
凛桜が驚いたように目を見開いていると……
レオナは恥ずかしそうに口をとがらせながら言った。
「これ……」
凛桜の顔の前に昨日渡したお弁当箱をつきだした。
「しょうがないから食べたけど……
わ……悪くなかったわ」
そう言いながら獣耳と尻尾がピコピコ高速で動いていた。
相変わらず素直じゃない方だな。
「わざわざ返しに来てくれたのですか?」
「借りをつくるのは嫌なの」
そう言いながら、ぐいぐいと凛桜にお弁当箱を押し付けた。
よくみると返却されたお弁当箱と一緒に
奇麗な布で出来た巾着袋のようなものが横についていた。
「これは?」
「私が愛用している化粧品が入っているわ。
王都で一番の店のものなんだから。
あんたもこれを使って、少しは私に並べるように
精進しなさいよ」
そう言って尻尾を左右に振りながら睨んできた。
「ありがとう」
「ふん」
相変わらずツンデレさんだな、レオナさん。
今日の装いも可愛い。
近衛騎士団の青年達も見惚れているじゃないか。
そんな中、ただひとり冷静な男がいた。
「用事はそれだけならばお引き取りください。
こちらは皇帝直々の案件を凛桜さんと話会うために
きていますので……。
お嬢様の戯れに付き合っている暇はないのですよ」
うわぁ……いい笑顔で辛辣な事言うんだな。
怖っ……シリルさん怖いわ……。
そんなシリルに臆することもなくレオナは
ソファーに座ってしれっと言った。
「いやよ、帰らないわ。
その話なら私も聞いているわ。
我が家も絡んでいる案件だし……
ここにいても問題ないわよね。
ね、グラディオン様」
「ん、へぇ?」
いきなり自分に話を振られるとは思わなかったのだろう。
「…………」
困ったようにシリルとレオナの顔を交互に見ていた。
「沈黙は肯定と取るわよ」
レオナは髪をかき上げながら妖艶な笑みを浮かべた。
鷹のおじさまは冷汗をかきながら、翼をバサバサ開いたり
閉じたりしていた。
このままだと決着がつかないと思ったのだろう。
「はぁ……もう好きにしてください。
その代わり他言無用ですからね」
シリルさんがげんなりしながら、くぎをさした。
「わかってるわよ。私を誰だと思ってるの」
ニヤリとしながら不敵に微笑んだ。
そのまま、シリルさん達ともち米の稲の対策を話あったり
餅の生産工程のおさらいをしたりしながら
気が付けばもうかなり日が傾いていた。
凛桜が、お代わりのココアとクッキー皆に
配っているとレオナが言った。
「あんたいつもこんな感じなの?」
首だけで、シリルさん達をさした。
「そうですね。
いつもだいたいこんな感じですね」
凛桜は軽く呆れたようでもあったが……
楽しそうな表情で皆を見つめながらそう言った。
お人好しなのかバカなのか……
いずれにしても今までクロノスに群がる
女どもとは根本的に違うようね。
レオナにジト目で見つめられて
凛桜は困ったように眉尻をさげていた。
「凛桜さん、先ほどのまとめなんですが」
ダイニングテーブルにいるシリルに呼ばれた。
「はーい、今いきます。
よかったら、これも食べてくださいね。
この食品も身体にいいものなんですよ」
凛桜は、ミニアサイーボールをレオナの前においた。
こんな私にまで気を使ってくれるのね……。
そんな凛桜の背中をみつめながらレオナは
ため息と共に呟いた。
「私まで餌付けされそうで怖いわ……」
そう言いながらも嬉しそうに微笑んでいた。