78.絶対にみとめないから!
田舎暮らしを始めて92日目(の続き)。
(一体これはどういう状況なのさ?)
凛桜の目の前では、3人がうどんを美味しそうに啜っていた。
いきなり現れた美人なユキヒョウさん。
よくわからないが、クロノスさんのかなり親しい関係者らしい。
私に物申したくて乱入してきたのだが……。
何故か今は大人しくうどんをハフハフ言いながら食べていた。
「凛桜さん、うまいっス。
きつねうどんをおかわりしていいっスか?
揚げを多めでお願いするッス」
「わかったわ。
カロスさんはどうする?」
「俺は、タヌキうどんでお願いします。
かまぼこでしたでしょうか、こちらを多めでお願いします」
ちょっと恥ずかしそうに丼を差し出してきた。
「フフフ……いいわよ」
そう言いながら凛桜が丼に汁を注いでいると
斜め前から鋭い視線が降ってきた。
「なによ、二人にまで媚びをうっちゃってさ。
あんたたちもあんたたちよ。
すっかり餌付けされちゃっているじゃないの」
そんな憎まれ口を叩きながらも、しっかりとうどんは完食していた。
「はい?
おっしゃっている意味がわからないっスけど」
ノアムの言葉は丁寧だったが、かなり怒りが含まれているものだった。
「先ほどの事といい、こんなにも快くもてなしまで
してくれている凛桜さんに失礼です。
流石にあなたでも、口がすぎますよ」
カロスも露骨に嫌悪感を表していた。
「ふーんだ」
どうやらかなり我儘なお嬢様らしい。
拗ねて膨れているその顔さえ可愛いとは
どういう事だろう。
呆れながらも凛桜は、美人ユキヒョウさんにくぎづけだった。
「なによ……」
そんな視線に気が付いたのだろう。
また彼女が噛みつきそうな勢いで睨んできた。
「いや……本当に何をしていても奇麗な方だなって」
そう言ってへにゃっと凛桜は笑った。
「は?」
「へ?」
「ん?」
凛桜の明後日の方向の発言に3人は面食らっていた。
「…………」
そんな空気などお構いなしに凛桜はうっとりしながら
なおも続けた。
「まずはこの獣耳かな、ほわほわですごく可愛いでしょ。
それにすべすべのお肌に、ぷっくりした桜色の唇。
それに流れるような銀糸の髪……それから……」
急に彼女は椅子から立ち上がって叫んだ。
「もうーやめて。
それ以上言わないで!!」
まさかの褒め殺しの数々に堪えられなくなったのだ。
「え?」
今度は凛桜の方がきょとんとする番だった。
「わかったから……」
美人なユキヒョウは、真っ赤になりながら頭をかかえていた。
なんなのこの女!?
調子が狂うわ……。
「尻尾の柄も可愛いですし……」
「だから、もう!!」
「可愛いのは正義!」
「はい?」
そんなコントのようなやり取りに
耐えられなくなったのだろう。
黙って傍観していたカロスがいきなり大爆笑した。
「フハ……ハハハハハハ。
あなたの負けですよ……アハハハハハ」
目尻に涙までにじませながら、腹を抱えながら笑っていた。
「カロス?」
「副団長!?」
よっぽど珍しい光景だったのだろう
2人は目を見開いて口をぽかんとあけていた。
「あなたをここまで追い詰めて降参させたのは
凛桜さんが初めてじゃないですか
流石……凛桜さん……クククク」
まだ笑いが止まらないのだろう、肩を震わせていた。
「こんなことは初めてよ、まったく」
顔を引きつらせながら、美人ユキヒョウは大きなため息をついた。
本当になんなのこの状況!!
凛桜が一番困惑していた。
「気がすんだッスか?レオナー」
「レオナよ」
ノアムの言葉を遮るように、美人さんが告げた。
レオナさんと言うのか、名前まで美人だ。
「蒼月凛桜です。
そしてこっちがきなこ、こちらが黒豆です」
そう言うと、レオナは黒豆達をみて一瞬微笑んだが
すぐに険しい表情に戻った。
「……………」
なんか物凄く見られている。
穴があいてしまうんじゃないくらいに見られている。
「…………」
この人族のどこがよかったの?
私の方が数百倍可愛いじゃない……。
2人は無言のまま見つめあっていた。
そこに焦った様子でクロノスが走って飛び込んできた。
かなり急いで走ってきたのだろう、息も絶え絶えだった。
「クロノス?」
「クロノスさん!?」
ご本人登場である。
かなり怖い顔でそのままレオナの前に来ると
珍しく荒々しい動作でレオナに詰め寄った。
「お前なにやってんだ!!」
「何って、確かめたくなったから来ただけ」
プイッと拗ねたように目を逸らした。
「凛桜さん、何もされなかったか?ん?」
凛桜には心配するように優しい微笑みを浮かべながら
いたわる様にきいてくれた。
「あー、うん……」
凛桜の困り顔から悟ったのであろう、そのままクロノスは
カロス達にどういうことだと目で訴えた。
(いつもの事です)
(いつもの事っス)
目で通じ合えたのだろう……
クロノスはコクリと頷いた。
「お前は毎回毎回いい加減にしろよ」
「レオナは悪くないもん
これもクロノスの為だもん」
「あぁ?」
レオナは眉を寄せて言い返そうとしたが、本気の睨みを
クロノスから受けて少したじろいだ。
「とにかく、もうやめろ。
本当は凛桜さんに謝ってほしいところだが
お前はしないだろう。
だから俺が代わって謝る」
そう言うと凛桜の方に改めて向き直って
直角90度のお辞儀をしながら言った。
「うちのものが失礼な振る舞いをしてすまない。
侯爵家の代表として、謝罪をさせて頂く。
だから、このクロノス=アイオーンの
顔に免じて許して頂けないだろうか」
えっ? えぇぇええええ!
こんなに正式に謝ってもらうのは困る。
「いやいやいや、クロノスさん顔をあげてください。
ちょっとびっくり、いやかなり驚いたけれども
そんな大した被害はうけてないから……」
凛桜は狼狽えながらクロノスの手をとった。
「凛桜さん……本当にすまない」
「ううん、大丈夫だから」
そんな甘い二人の雰囲気に、面白くなかったのだろう。
またレオナがチクリといった。
「私は絶対にみとめないからね」
「……………」
そんな上から目線発言に、クロノスは頭を抱え
カロス達は大きなため息をついた。
あーうん、なんかもういいや。
このままでいいです。
凛桜は遠い目になりながらそう思った。
その後も、何故かしっかりと凛桜に噛みつきながらも
皆と一緒にお茶を楽しんで!?
あまつさえ、いつも皆に渡している
お弁当まで自分も欲しいと駄々をこねた。
ただし中身はヘルシーで太りにくいものにして!
などと言われる始末。
どうやらこの後に、撮影の予定があるらしく
その合間に食べたいらしい。
よって……
15種類の野菜が入ったサラダとフルーツの盛り合わせ
スムージーとおからクッキーを用意した。
私も駄目だな。
断ってもいいのだけれども、ね。
もうここまできたら逆に巻き込まれましょう。
レオナさんは、ほくほく顔でそれを受け取ると
まだここにいたいと言って黒豆を抱きしめていたが……。
般若の顔したクロノスさんに、引きずられるように
いや、最後は担がれて帰っていった。
本当に嵐のような人だな。
だけどなんだか憎めないのは何故だろう。
残りのおからクッキーを齧りながら
暮れていく夕陽をみながらそんな事を思っていた。