73.いざ!
田舎暮らしを始めて90日目。
今日は異世界に来てから初めて外の世界に出る。
「どうでしょうか?」
凛桜は、クロノスの前でくるりと一周回ってみせた。
「あぁ……よく似合っている」
クロノスは照れながら褒めてくれた。
と、言うのも……
凛桜は、昨晩から悩んでいた。
一番シンプルなこのワンピースでいいのだろうか。
さしずめデート前の女子のように、部屋いっぱいに服を並べて
来ては脱いで、来ては脱いでを繰り返していた。
こちらの女性の一般的な服装が分からないからな。
ソフィアさん(リス獣人の奥さん)の恰好からすると
簡素なワンピースのような物をきていたのよね。
でもスカートの裾に刺繍が入っていたりして
可愛らしいものだったから貴重な資料として
すぐにスケッチをしたからよく覚えている。
そんな事を思いながらあれこれ悩んでいたのだが
クロノスさんが一発で解決してくれた。
「凛桜さん、よかったらこれをきてくれ」
そう言いながら、なにやら包みを出してきた。
「これは?」
「ドレスだ」
「えっ?」
(ドレスだと!?)
包みを開けると、シンプルだが質のいい生地で作られた
デイドレスだった。
中世の時代の貴族の姫が着ているような服!!
胸飾りと袖にはシルクサテン地に綿レースが施されているし
スカート部分の布地には金糸の刺繍が幾重にも入っている!!
凄く素敵……。
でもこれをクロノスさんがどうやって手に入れたの?
ハッ、まさかハーレムの中の誰かのドレスを持ってきた!?
凛桜が難しい顔で黙り込んでいたからだろうか
クロノスは何故か慌てふためきながら話し出した。
「気……気に入らなかったか?
俺はこういうのにはあかるくなくてな……。
ノアムの姉君に見繕ってもらったのだが」
獣耳と尻尾をへにゃっと下げながら凛桜の顔色を
伺っているようだった。
ノアムさんのお姉さんの見立てか。
すこし、いやかなりほっとした凛桜だった。
「いいえ、凄く素敵すぎて見惚れていました」
「そうか」
クロノスも安心したのか獣耳が嬉しそうにピンと立った。
何故か持ってきてくれた靴のサイズもぴったりで
今ちょっとしたコスプレ気分で森の中を歩いています。
「大丈夫か?足は痛くはないか?」
凛桜の歩幅に合わせながらクロノスが歩いてくれている。
「ありがとう。
大丈夫、見た目に反してこのドレスが軽くて着やすいので
これならば歩けます」
「そうか」
2人でたわいもない話をしていると、すぐに湖についた。
と、何かが駆けて来る音がすると思ったら
羽の生えた馬がこちらにむかってきていた。
「よーしよし、いいこで待っていたか?」
クロノスさんはその馬の鼻づらを優しく撫でた。
「ペガサス!?」
「ここからは、こいつに乗って移動するからな」
そう言って、ひらりとクロノスは馬に跨った。
(流石、騎士団長。馬が死ぬほどよく似合う)
凛桜が見惚れていると、そのまま腕を引っ張られて
クロノスの膝の上に横抱きに座らされてしまった。
「クロノスさん!?」
「少し飛ばすからな、俺にしっかりとつかまっていろよ」
ちょっぴり悪い顔でニヤリと微笑むと馬の横腹を軽く蹴った。
それから30分馬で走り通して、やっと道らしきものにでた。
そこには、馬車が待っていたので乗り換えて……
更に30分ほどして街中に入った。
(ふわぁ……本当に中世の時代みたい……)
石畳の道に、石で作られた家々。
遠くの方の小高い所に城らしきものが見える。
「すごい……」
凛桜は目を輝かせながら、馬車の中から外を見つめていた。
そんな凛桜をクロノスは見つめていた。
(凛桜さんが可愛すぎて辛い……。
俺の用意したドレスがよく似合う。
もういっそうの事、このまま屋敷に連れて帰りたい)
本当は、すべてクロノスが用意したものだった。
しかしこの世界では、婚約者や妻以外の女性に服や靴を
送ることはあまりよろしくないのだ。
なのでつい、出まかせであのような事を言ってしまった。
「ん?」
視線を感じたのだろう、凛桜がクロノスの方をみた。
「何か面白いものでもあったか?」
内心ドキドキしながらも平静を装ってクロノスは微笑んだ。
「見るものすべてが新鮮で楽しいです」
そう言ってとびきりの笑顔をみせる凛桜に
更に心拍数が上がったクロノスであった。
10分程走らせた辺りで、2人は馬車を降りた。
「ここからは歩いていこう」
「はい」
そういうと、クロノスは徐に凛桜の手を取ると
恋人つなぎをしてきた。
「…………!!」
驚いたのと同時に凛桜が真っ赤になりながら
繋がれた手をみていると
「はぐれたらいけないだろう?」
嬉しそうにクロノスは尻尾を揺らした。
途中見回りの団員達に、生暖かい視線を送られながら
挨拶をされたり……。
クロノスさんの行きつけのお店の方に意味深な顔で
微笑まれたりして、軽くヒットポイントを削られながら
ようやくお店の前についた。
「ここだな……」
クロノスが扉を開けようとする前に中から開いた。
「いらっしゃい……ませ……?」
「ませ……」
嬉しそうな元気のいい声の挨拶が途中から消え入るような
声に変っていった。
「…………」
リス獣人の兄妹は、固まった。
凛桜かと思ったら、巨大なユキヒョウの獣人が
目の前に立っていたからだろう。
妹ルルちゃんが泣き出しそうになったところに
その巨大なユキヒョウの後ろからひょっこりと
凛桜が顔を出した。
「こんにちは、今日はお招きありがとう」
「凛桜お姉さん!!」
2人は、扉から飛び出してヒッシと凛桜に抱き着いた。
「どうしたの?
随分熱烈な歓迎ね」
凛桜は、繋いでいない手の方で2人の頭を撫でた。
クロノスは困ったように、オロオロとその光景を見つめていた。
そこに……
「どうしたの?
凛桜さんはいらっしゃったの?」
ソフィアさんと旦那さんが現れた。
「えっ?」
「は?」
リス獣人の夫妻も子供たち同様に固まった。
が、そこは大人だからだろうか、すぐに復活した。
「騎士団長様、何故にこちらへ?」
2人は深く頭を下げた。
「いや、今日は完全なプライベートだ。
畏まらないでくれ」
「はぁ……」
「おじさん、騎士団長様なの?」
ルルちゃんが無邪気にそう言い放った。
「お……おじさん……」
クロノスはショックを受けたような顔をした。
「こら、侯爵様に失礼だろう」
旦那さんが焦ったように窘めるが……
子供たちの興味はもう止まらない。
「すげぇ、騎士団長様かカッコいい!!」
キラキラした瞳で見つめられ、どうしていいのか
わからないようだった。
「とりあえずここでは何ですから、中へどうぞ」
そう促されて、凛桜達は店の中へと入っていった。