71.ご招待
田舎暮らしを始めて88日目。
「凛桜お姉さん、まったね~」
「ね~」
可愛くそう言いながら、リス獣人の兄妹は帰っていった。
そんな2人に答えるように、笑顔で手を振りながら見送ったのだが
内心穏やかではなかった。
凛桜は2人から貰った美しいカードを見つめながら
人知れず、軽くため息をついていた。
今朝早く、リス獣人の兄妹がやってきた。
その手には、くるみのパウンドケーキとくるみのキャラメリーゼ
そして……このカードを持っていた。
お兄ちゃんは、緊張した面持ちでこう言った。
「この度両親が、くるみを中心としたご飯屋さんを
開店することになりました」
「した!」
妹ちゃんも同調するように、満面の笑顔で言った。
「そうなの!?よかったね。
おめでとうございます!」
凛桜も手放しで喜んでいた。
「そこで、これを凛桜お姉さんに渡すように言われまして」
「ん?なになに……」
お兄ちゃんからカードを受け取って読んでみると
それは開店祝いパーティーへのご招待兼目玉メニューについての
アドバイスが欲しいという趣旨の内容が記されていた。
パーティー開催日は、三日後か……。
えっ?
これは、この家の敷地から出ていく案件だよね……。
今までそれだけはできなかったんだよね。
どうしよう。
凛桜が出した、プリンアラモードを食べながら
楽しそうに話している兄妹に聞いてみた。
「因みにお店はどこにあるの?」
「プリシラ通り3番地のデュセエリアの25にあります」
正確な住所をありがとう。
しかし私には全く見当がつかないよ、うん。
そんな凛桜の困り顔から察したのだろう
お兄ちゃんはハッとした顔になると言いなおした。
「えっと、城下町の中腹にある商業エリアにあります」
そう答えてくれた。
「そうなんだ」
凛桜はにっこりと笑って答えた。
が、それでもわからない事にはかわりなかったが
お兄ちゃんの配慮が嬉しかった。
「ルルもお店の手伝いするんだよ」
そう言いながら、妹ちゃんは苺をぱくっと食べた。
そんな事があった午前中……。
午後いちで、試しに中庭から山の方へ一歩踏み出してみた。
案の定、やはりすぐ中庭に戻された。
やっぱり無理か……。
残念だけれどもお断りするしかないのかな。
「きなこ、黒豆……どうしよう」
2匹を後ろからぎゅっと抱きしめて顔を埋めた。
「キューン」
「できれば行きたいんだよね……」
凛桜は、ほんわかしたリス獣人一家の顔を
浮かべながら、黒豆達の毛皮に更に顔を埋めた。
「何処にいきたいのだ?」
「何処かにいかれるのですか?」
同時に2つの声が頭の上から降ってきた。
「えっ?」
凛桜が驚いて顔をあげると、目の前には思いもよらない
2人が凛桜達を見下ろしていた。
「…………」
なんで、カロスさんと魔王様?
一緒に来た……訳はないよね~。
「キュ!」
魔王様の肩でよっ!とでもいうかのように軽やかに
コウモリさんが鳴いた。
「………………」
そんなコウモリさんとは裏腹に……
2人は居心地悪そうに、なんだかソワソワしていた。
しかしカロスさんの方から口を開いた。
「急な事とはいえ、先ほどは大変失礼いたしました。
第一騎士団で副団長を務めております。
カロス=ランバードと申します」
カロスさんは、胸に手を当てて魔王様に軽く礼をした。
武人故からきている行動なのだろう。
騎士団は上下関係や礼儀に厳しい団体だ。
相手が魔族とはいえ、礼儀はかかさない男らしい。
カロスさんって“ランバード”という苗字なんだ
初めて知ったわ。
と、どうでもいい事に感心している凛桜であった。
一方、魔王様は軽く口角をあげてニヤリと笑った。
「ほう……。
お前があの噂の“氷の鬼神”か……」
えうっ!
カロスさん、そんな通名がついてるの!?
氷の鬼神……。
氷の魔法を使って、敵をバシバシ倒すからかしら?
見た目もかなり厳つくて体も大きいから鬼神!?
フフフ……
クロノスさんとノアムさんにも通名あるのかしら。
言われた張本人は、恥ずかしいのか獣耳がこれでもかと
へにゃと下がっていた。
「いや…その呼び名は、勘弁して……ください」
困ったように頭を掻いていた。
どうやら、推測するに……
凛桜に会う前に中庭で鉢合わせをしてしまったらしい。
不思議な取り合わせだが、ひとまず縁側でお茶を
することになった。
ものすごい無表情で桜餅を食べる魔王様と
それに輪をかけて仏頂面のカロスさん。
でもカロスさんのくま尻尾が、密かに高速で揺れているので
美味しい事には間違いはないようだ。
コウモリさんも、あんこ玉を齧って満足そうだ。
こらこら、シュナッピー
カロスさんの桜餅をもの欲しそうに見つめるんじゃない。
カロスさん困っているじゃない。
「シュナッピー、お客様の分は駄目よ。
あんこ玉あげるから、おいで」
「キューン、キューン」
凛桜が呆れたように、シュナッピーを撫でながら
あんこ玉をあげていると魔王様が言った。
「して、凛桜は何を悩んでいるのだ」
「あー……はい」
凛桜は自分の状況を掻い摘んで説明した。
「そうか……。
そんな事があるのか」
魔王様は、中庭の奥の方を見つめていた。
カロスさんも、なんといっていいのかわからず
困った表情をしていた。
「因みに、カロスさんが家に来るときって
どんな感じなの?」
「そうですね、凛桜さんの家は森の奥深くにあるのですが
誰にでも見える訳じゃないみたいです」
〇つんと一軒家の立ち位置ではないのか……。
「条件がなんなのかはわかりませんが……
俺達には、家の外観が見えるので普通にそのまま
近づくと吸い込まれるような感覚になります。
気が付けば、中庭もしくは玄関前に立っている感じです」
吸い込まれるの!?
どういう仕様なんだよ、おい。
「我は、凛桜の存在を感知して
その時間軸に合わせて転移しているな」
おっと、こっちはこっちで規格外の方法で
家に来ていたよ!!
「ようは、凛桜さんはこの敷地の中から外へは
出られないのですね……」
「おそらく、何度も試したのですが駄目でした」
「ふむ……」
「でも確かシュナッピーは王都までやってきましたよね。
という事は……」
カロスが思案するように顎に手をかけて宙を見上げていた。
「私が異世界の者だからでしょうね。
この敷地の中は、所謂はざまなんでしょう。
どちらの世界にも属さない特別な空間というか」
「凛桜さん!!」
カロスは焦ったように叫んで、魔王様をちらっと見た。
「あ、大丈夫だよ。
魔王様はじいちゃんの代からこちらの事情を知っているから」
「そう……なのですか?」
「うん、だからかなり私の世界の事も詳しいよ」
魔王様もそうだというかのようにこくりと頷いた。
すると何を思ったのか、魔王様は……
そのままにやりと人の悪い微笑みを浮かべながら
凛桜の顎をつかんだ。
そして見つめながら、艶やかな声でこう言った。
「我がここから連れ出してやろうか?
お前が望むなら、煉獄の果てまでも連れて行ってやるぞ、ん?
手始めに、その招待された店までエスコートしてやろう」
「へ?」
凛桜は目を丸くしながら固まった。
そしてそのまま、凛桜の返事を聞くまでもなく
自分の羽織っているマントの中に抱き込んで
その場から転移しようとしていた。
カロスはカロスでいきなりの魔王様の大胆な行動に
ついていけず、呆気にとられていたがすぐに持ち直した。
「お待ちください魔王殿!
お戯れはその辺にしていただけると助かります」
その必死な制止の声に、魔王の手が止まった。
「クククク……。
我では役不足と申すか」
魔王様は、それは楽しそうに目を細めたが
背中からは底知れない圧をカロスにむけて放っていた。
「いや……そういう意味ではなく……」
冷汗をかきながら目をしろくろさせていたが
一歩も引く様子は見せなかった。
カロスの内心は、また凛桜さんの初めてを魔王に奪われたら
クロノスが拗ねて落ち込んで面倒くさいなと思ったのである。
自分がその現場にいたのに、何故阻止しなかったと
絡まれるのが嫌だというのが本音だった。
圧倒的な力の差を感じながら、カロスがなんとか打開策が
ないかと密かに思案していた。
と、そこに思わぬ救世主が現れた。
「きゅーきゅきゅきゅ!」
コウモリさんが何か魔王様に向かって言った。
「お前までもが、そちらの肩をもつのか?」
魔王様は、少し不満げにぐっと眉間に皺をよせた。
「きゅ、きゅ、きゅきゅーきゅ!」
「しかしだな……」
「きゅーきゅ!」
「…………」
魔王様は気まずそうに、コウモリさんから目を逸らしていた。
何を言っているがさっぱりわからないが……
軽く説教されている感じは、ひしひしと伝わってくる。
そしてコウモリさんは、カロスさんの肩へとまると
ペコリと頭をさげて、何やら二人で話していた。
なんか凄く盛り上がっている。
やっぱりお互いに癖のある上官の副官だからだろうか
通じるものがあるのかな。
あっ!何やら握手らしきものを交わして
2人で頷きあってる!!
「あやつめ……」
魔王様は悪態をつきながらも、なんだか嬉しそうだった。
その後……
コウモリさんが、魔王様の肩へと舞い戻った。
魔王様は、不本意だという顔を一応しながら言った。
「今回は、そなたの勇気に免じて
凛桜のエスコート役は、あの男に譲るとしよう」
「ありがとうございます」
カロスはそう答えるのが精一杯だった。
「では、またな」
そう言いながら、魔王様は風と共に姿を消した。
「ふう……」
かなりのプレッシャーから解放されたのだろう
カロスさんはその場に片膝をついた。
シュナッピーと黒豆達は、圧に耐えられなくて
かなり遠くの方からびくびくしながら見守っているくらいの
状態だったのだ。
伊達に魔王を名乗っている男ではないのだ。
きっと、本気になれば自分なんて一瞬で消せる男なのだ。
悔しいが、情けをかけられたのだ。
それにあの副官のコウモリの力も大きいだろう。
「大丈夫ですか?」
凛桜が慌てて駆け寄ると、苦笑しながら頷いた。
「大丈夫です。
今回の件は、私の方から団長に伝えておきます。
きっと明日にでも団長がいらっしゃるでしょう。
だから安心してください」
「ん、ありがとう」
すこし休んでから、大量の和菓子をお土産に
カロスは中庭の奥へと帰っていった。
せめてものお礼だ。
魔王様のやんちゃにもこまったものだ。
今度、コウモリさんにもお礼しないと。
凛桜は、そんな事を思いながら空の彼方を見つめていた。