69.キングとクイーン
田舎暮らしを始めて86日目。
「よし、これで完成!」
凛桜は練り物を作っていた。
何故ならば、急におでんが食べたくなったからだ。
その前に、庭の隅で天然の自然薯を見つけた事が大きい。
そう言えば、じいちゃんから毎年贈られてきていたな。
大人になるまでは、普通に食していたけれども……。
天然の自然薯って実は高級品なのよね。
そもそも簡単に見つかる物でもないのに
じいちゃん……やっぱり規格外。
普通にすって食べるのも美味しいけれども
練り物が食べたい!!
練り物は買ってこなかったのよね。
ならば自分で作るしかない!
という訳で、朝から練り物をガツガツと作っておりました。
血抜きと臭みを取るために……
白身魚を氷水につけて5分ほど置きます。
その時に皮を剥ぐのを忘れずにね。
その間に自然薯をすりおろしておきます。
私は手が痒くなってしまうので、ゴム製の手袋をつけて
すりおろします。
白身魚の水気をよく切ってから、フードプロセッサーにかけます。
出来たすり身をすり鉢に移して、更に滑らかになるまですります。
これが結構重労働。
いつも思うけれど、料理ってけっこう体力いるよね……。
できあがったら、はんぺんとして作る分を取り除いておく。
残りは、さつま揚げとちくわにしたいと思います。
さつま揚げにするには、ささがきのゴボウと枝豆と
きくらげを刻んだものを入れて、小判型にして揚げます。
別に桜エビとか玉ねぎとかをいれても美味しいかも。
これらを作るだけで半日かかってしまった。
珍しく、黒豆達とシュナッピーが縁側の前まで来ない
奥の畑に遊びに行っているのかな?
いつもなら、美味しい匂いがしたら一目散にかけてくるのに。
そんな事を思いながら休憩をしようとして紅茶を入れてから
椅子に座り、ふと縁側をみた。
「ん?」
なんだか異様にまぶしいのはなぜ?
不審に思い、よく目を凝らしてみると
縁側にまぶしい光を放つ物体がいた……。
しかも2つ。
「えっ?」
凛桜は思わず二度見した。
「なんかいるし!! なんかいるし!!」
驚きのあまり2回叫んでしまった。
凛桜の絶叫に近い叫びが聞こえたからだろうか
その物体達はくるりと振り返ってニヤリと笑った。
「ひぃ…………!!」
そいつはターコイズブルーの顔に、黄金の花弁……
目から口にかけて斜めに走る傷。
それに目と口の間に、王様のような髭が生えている
かなり厳つい外見のやつだった。
その横に寄り添うように並んでいたのは
一回り小さいが、少し薄めのターコイズブルーの顔に
シルバーの花弁。
まつげがくるんとカールしており、唇がつやつやで
なんだがちょっぴり色っぽい雰囲気のやつだった。
ど……どちらさまですが?
しれっとうちの縁側に腰かけていますが。
凛桜は軽くパニックを起こしかけていた。
まずは落ち着け私。
この人達……いや、人ではないな。
見た目からしてフラワー種だよね。
しかも花弁の色からしてかなりの貴重種。
「誰? 一体どこから来たの……?」
凛桜がいよいよパニックで再び叫びそうになったところに
かなり焦った声が庭の奥から聞こえた。
「やっぱりここにおったか!」
いつも余裕で爽やかな感じとは打って変わって
汗だくで目がバキバキに血走ったルナルドさんがいた。
「ルナルドさん?」
ルナルドさんは、脇目もふらずに一気に縁側に駆け込んできた。
「探したんやで!!」
肩で息を切らせながらその物体達を叱っていた。
「キューン」
その2体は目を見開きながら、ごめんなさいというかのように
深く頭を下げた。
「大丈夫ですか?」
凛桜は、アイスティーをルナルドさんに差し出した。
「凛桜さん、おおきに!!」
そう言うと一気に飲み干した。
「ふぅ……」
一息ついたのだろう、縁側にそのまま大の字に寝転がった。
「ルナルドさん、お疲れのところ大変恐縮ですが
これは一体?」
「あぁ?あぁ……そやったな。
凛桜さんにも迷惑かけてもうた、堪忍な」
ルナルドさんはむくりと起き上がると
凛桜の方へ改めて向き直してから、深く頭を下げた。
「いや……その」
凛桜はなんと答えていいかわからず……
あいまいな微笑みを返すしかなかった。
「そもそもこちらは?」
凛桜は、妙に威厳のあるフラワー種達に視線を投げた。
「こいつらは……」
とルナルドさんが口を開きかけた時だった。
「キュゥゥゥゥヮーンンンンン」
庭の奥から聞いたことのない、シュナッピーの甘える声が聞こえた。
「えっ?」
それに答えるかのように、吠えながら2体のフラワー種が
シュナッピーの方へ向かって走り出した。
そして3体は中庭の中心で、ひしと抱きあったかと思ったら
嬉しそうに踊りだした。
「なにこれ……」
凛桜はぽかんと口をあけたまま、その状況を見守るしかなかった。
「あちゃ……始まってもうたか」
ルナルドさんは、頭を抱えた。
「一体なんなんですか、ルナルドさん!!
これなんなの?もう……」
凛桜の理解の範疇はもうとっくに超えていた。
「こうなったら長いんや。
ひとまずほっておこか……」
ルナルドさんは遠い目になっていた。
黒豆達も流石に引いているのか、遠巻きに見ている。
3体は相変わらず、祭りか?
というくらい踊っている。
それを横目に凛桜達は、お茶をしていた。
「おおきに……」
ルナルドは、ふわふわコーン蒸しパンに齧り付いた。
7つほどぺろりとたいらげると話し出した。
「言うまでもないんやけど……。
あの2体は、シュナッピーのおとんとおかんや」
「でしょうねぇ……」
凛桜は半笑いになりながら、お茶のお代わりを注いでいた。
途中からなんとなく気が付いていたよ。
まさにそのビジュアルだからね。
「わいがぽろっと今日凛桜さんの家にいくと言うてしもうたから
こっそりついてきたみたいや」
いまだに謎の踊りを踊っている3体を呆れながらも
優しい目でルナルドさんはみていた。
「シュナッピーの事が、心配だったのでしょうか」
「そうやな、一人息子やしな。
無事に進化できたか、己の目で確かめたかったんやな」
フラワー種の親子愛凄いな……。
「本来なら家で育てるつもりやったんや。
でも、今後の事を考えてな、わいのおとんが外に出すことを決めたんや」
「可愛い子には旅をさせろ的な?」
「そうや、かといって誰でもいいわけやない。
凛桜さんも知っての通り、シュナッピーは、原種な上に貴重なランクや。
金儲けやただ繁殖の為に使うような輩には渡せん」
何か思い当たることがあるのだろう
ルナルドさんはとても怖い顔をしていたよ、うん。
そしてふと表情を緩めるとまた更に話を続けた。
「そんな時に白羽の矢がたったのが、ブルームーンさんや
あの方なら正しくシュナッピーを育ててくれると思うてな」
懐かしそうに目を細めた。
「そんな大事な子をよく私に託しましたね」
凛桜が困ったような表情を見せると、ルナルドはガッと
凛桜の手を握ってにっこりと笑った。
「わいの目に狂いはなかった。
凛桜さんに託してよかった」
「ほんとにぃ?」
すこし揶揄うようにそう言うと……
ルナルドさんはバツの悪そうな顔をしながら
獣耳と尻尾をさげた。
「まぁ、正直なところ……
最初は、枯れてまうか逃げて家に戻ってくるかもしれんと思ったのは事実や。
でも凛桜さんは、みごとにシュナッピーの信頼を勝ち取った」
「そうかな、特別に何もしてないのよ」
そういって凛桜は笑った。
「それがいいのやろうな」
2人して3体をみつめていると、ふいにこちらをむいた。
そして、シュナッピーは凛桜の元へ、両親はルナルドの所へ
もどってきて鳴いた。
「キューン」
「キューン、ギューン」
「踊ったのでお腹すいたのかな?
ふわふわコーン蒸しパン食べる?」
「…………!!」
シュナッピーは嬉しそうに葉っぱを揺らすと頷いた。
「もしよかったら、そちらもいかがですか?
あげてもいいかな?」
凛桜がルナルドにきいている傍から、両親のフラワー種が
じゅるじゅるといいながらくれと言わんばかりこちらを見つめていた。
「フッ……しょうがないな、今日は特別やで」
ルナルドさんは、吹き出しながらもOKを出してくれた。
「凛桜さんが作る食物は本当に美味いからな。
それは人でも魔体でも変わらんのやな……」
美味しそうにふわふわコーン蒸しパンを食べている
3体を見ながらしみじみと言った。
「フラワー種って不思議な植物ですね」
「こいつらは中でも特別やな……。
普通のフラワー種はここまで知能は高くないんや。
この2体は、フラワー種の頂点の“キング”と“クイーン”や」
フラワー種のトップオブ中のトップか
さしずめシュナッピーは、王子様といったところか。
口の端に、蒸しパンの欠片をこれでもかとつけて
満面の笑みで食べているこの子がねぇ……。
「キュ?」
そんな凛桜の視線を感じたのだろう。
シュナッピーは不思議そうに首を傾げた。
「フフフ……ドーナツもあるよ、食べる」
「キューン、キュキューン!!」
目をらんらんに輝かせながら高速で頷いた。
そして、両親になにやら踊って伝えているようだ。
3体それぞれにドーナツを渡すと、またもやシュナッピーが
興奮した様子で、両親に踊って何か伝えていた。
それを真剣に聞きながら、2体はまじまじとドーナツを
凝視していた。
「まるで喋っているみたいね」
凛桜がそう言った矢先の事だった。
「ドーナツ、ウマーイ!!」
キングパパがいきなりそう叫んだ。
「…………、本当に喋るんかい」
凛桜が、ルナルドに芸人のように右手でツッコミをいれた。
「ウマイワ~」
クイーンママも甲高い声で、同意するようにそう言った。
「…………!!」
その後またパニックになった凛桜が落ちついてから
ルナルドさんに改めて聞いたところ……
片言だが、かなり喋れるらしい。
キングとクイーンだけの能力らしいが
その血を引いている、シュナッピーも喋る可能性があるとの事だった。
本気か……。
でも、そうならば
シュナッピーの最初の一言ってなんだろう?
ちょっとわくわくしてしまった凛桜だった。