67.ニョキニョキ
田舎暮らしを始めて84日目。
凛桜は、たけのこの灰汁抜きをしていた。
中庭の奥にある竹林から収穫したものである。
今が旬のたけのこは、煮てもよし、天ぷらにしてもよし
炊き込みご飯も最高というくらい万能な食材だ。
うちの庭に竹林なんかあったかな?
なんて野暮な詮索はしてはいけない。
目の前にあり、尚且つたけのこがニョキニョキと
生えていたのだから……
ありがたく頂くとういうのが礼儀だと思う。
最初にこの地を発見したのは、黒豆達だ。
果樹園の時といい、凄い嗅覚だよねぇ。
そんな事を思いながら、たけのこの泥などを落としていると
目の前からこんな声がふってきた。
「タケノコのバター醤油焼きというものを
作ってはくれまいか?」
男は頬杖をつきながら、黙って凛桜の作業をみていたが
ふいにそうぽつりと呟いた。
「もちろんかまいませんが
何故にバター醤油焼きなのですか?」
凛桜が問うと男は何かを思い出しているのだろう
少し遠くを見つめながら懐かしそうに口角をあげた。
「その日も2人で将棋を打っていた。
小腹が空いたと我が言うと大したものは作れないといいながら
タケノコのバター醤油焼きを振舞ってくれた事を思い出した」
「じいちゃん……祖父との思い出の料理でしたか」
「あぁ……とても美味かった」
そう言って嬉しそうに赤色の瞳を細めた。
そうです、何故か魔王様が今朝早くうちにいらっしゃいました。
数時間前の事……
「たけのこ、どこにあるかな?」
シュナッピーと黒豆達をお供に竹林を散策していた。
見えているたけのこは、固くて食べられないから
地中に埋まっているものを、足の裏で感じて探すのだ。
すでに3つほど見つけて掘り出した。
黒豆達も肉球で感じているのか?
それとも嗅覚かわからないが、それらしいものが見つかると
吠えて教えてくれていた。
シュナッピーも負けじと葉っぱをレーダーのように使い
たけのこを探してくれている。
それでわかるの!?
しかもそれ以上に恐ろしい能力をやつは身につけていた。
竹林は、長年手入れをしていないせいか荒れ果てていた。
その為に通れなくなっている箇所が多くある。
流石に1本1本これを伐採して進むのは厳しそうだ。
どうしようかなと考えていると
シュナッピーが俺に任せろと言わんばかり
葉っぱを揺らしてアピールしてきた。
「何か秘策があるの?」
「キューン」
答えるように一鳴きすると……
花弁を飛ばして、竹を見事に伐採してくれた。
かなり奇麗に伐採してくれたので、竹細工の材料として
使えそうな勢いだった。
その前に花弁って、そんな威力あるものでしたっけ?
感触はアロエ並みでしたよね?
グルンって首を一回振って、花弁を四方八方に奇麗に
飛ばしたかと思ったら
スパン、スパンと小気味いい音と共に
竹が切られ、あら不思議……
あっという間に、手入れの行き届いた竹林に……。
しかもその飛ばされた花弁を1つ拾ったところ
完全に金属だったよ、うん。
もはや手裏剣?くない?ナイフ?
そういうものになっていました。
花弁はシュナッピーから外れると、武器になるという事を
密かに心のメモに刻みました。
これ、どうしようかな。
すべて拾って回収するべきかしら……。
竹林に散らばる無数の金属片。
物騒な現場にしか見えないから!!
金属化した花弁をしげしげと眺めていると
目の前に急にコウモリさんがあらわれた。
「キュ!」
「コウモリさん?」
驚きながらも凛桜が嬉しそうに手を出すと
そこにコウモリがとまった。
「無事に進化したようだな」
と、同時に魔王様がその場に現れた。
「魔王様もお久しぶりです。
その節はありがとうございました」
「ん……」
魔王様は頷くとキョロキョロと辺りを見回した。
「こやつの戦闘訓練の最中であったか?」
シュナッピーも流石に魔族の頂点の魔王様の出現に
戸惑っているようだった。
頭を下げて、敬意を表していた。
「………………」
ですよね~。
そうとしか思えない状況ですよね……。
凛桜は半笑いになりながらも、たけのこ堀りの最中で
あることを説明した。
「そうか……。
そやつの花弁は色々使えるので拾っておくがよい。
シルバーとは珍しい……。
売れば大金持ちになれるぞ」
そう言ってニヤリと愉快気に笑った。
その後は、魔王様達も何故か参加してくださり
大量のたけのこをゲットした。
で、今に至る。
たけのこの灰汁抜きは、新鮮なうちにやるのがポイントだ。
なぜならば、その方がえぐみを減らせるからだ。
凛桜は、採ってきたたけのこの根元の固い部分と穂先を
数㎝切り落として、縦に2~3㎝の深さに切れ目をいれた。
鍋にたけのこを入れて、たけのこがかぶるくらいの水をいれ
米ぬか、赤唐辛子を加え、強火にかけた。
「下準備が大変なのだな」
「たけのこは、この灰汁抜きが大事なのです。
手を抜いたら美味しいたけのこは、食べられませんから」
「そうか……」
「できるまで時間がかかりますから
こちらを食べてお待ちください」
凛桜は、魔王様にクリームチーズの昆布和えと玄米茶を
コウモリさんには、バナナチップスを出した。
「お通しというやつだな」
そう言いながら、魔王様は箸を使って一口分を器用にすくうと
ぱくりと口に入れた。
「キュ!!」
コウモリさんもバナナチップスを1つ手に取ると
美味しそうにガリガリ食べ始めていた。
お通しって……。
居酒屋じゃないんだから……。
これは、じいちゃん発信情報だな。
銭湯といい、どんな日本文化を魔王様に教えているのよ。
凛桜は一瞬遠い目になったが、すぐに我に返って
手際よく、次から次へとたけのこの下処理を行った。
「キューン、キューン」
「ワンワン!!」
縁側からシュナッピーと黒豆達も催促してきた。
「みんなも頑張ってくれたもんね。
茹でたてをあげるから待ってて」
そういうと2匹と1体は、大人しくその場で
待ての態勢をとった。
そんな様子をみて魔王様が軽くクスっと笑った。
「すっかり飼いならされているな。
シルバークラスのあやつでさえ、この調子とはな。
ククククク……
本当に凛桜の作る料理は、魔物以上に恐ろしい」
「えぇ?ちょっと待ってください……。
魔物以上って……」
凛桜が魔王の言葉に面食らってあぜんとしていると
更に悪い顔でニヤリとしながら続けた。
「あぁ……魔物以上だ。
魔王のこの私でさえ虜にしてしまっているのだからな」
「キュ!」
コウモリさんまでが同意するように頷いた。
「魔王様……」
困ったような表情をする凛桜を、微笑まし気にみつめていた。
魔王様とコウモリさんは、たけのこ料理のフルコースを
これでもかと味わって帰っていった。
お土産には、たけのこご飯のお握り、たけのこの土佐煮
たけのこのバター醤油炒めはもちろんのこと……
キングビッグサングリアとたけのこのフリットをお渡しした。
こうもりさんには、本人たっての強い要望で
バナナチップスをお渡しした。
そんなにお気に召したのかしら、バナナチップス。
あ、忘れそうになりましたが
バレンタインのチョコレートもお渡しました。
コウモリさんには、トリュフの代わりに
ドライフルーツのチョコレートがけを渡しました。
「ありがたく頂く。
確か、ほわいとでーという日にお返しをするのだったな。
楽しみにしているがよい」
と、言い残して魔王様は空に消えていかれました。
ホワイトデーの事……知っているんだ。
3倍返しの物を頂けるのかしら。
それはそれでとんでもないものが返ってきそうで怖い。
普通に飴とかでいいです、はい。
じいちゃんよ……
将棋を打ちながら魔王様とどんな会話していたのさ。
どの時点で、バレンタインデー関連の話になったの?
謎すぎる。
2人がバレンタインデーの話をしている所を想像して
ちょっぴり笑ってしまった、凛桜なのであった。