65.カタログギフト
田舎暮らしを始めて82日目。
今日も相変わらずシュナッピーに変化はなかった。
そろそろ羽化してもいいと思うんだけどな……。
羽化と言っていいのかわからないけれど
花化?進化?どれでもいいから元気な姿を見せて欲しい。
そう思いながら、水をかけてから魔法の土を新たに足した。
あれからあの危険な魔界植物の姿はない。
しかし、見たこともない草やら花はちらほら生えている。
庭に生えている魔界植物や雑草について
あまりにも知らないことが多いな。
この前はたまたまクロノスさん達がいたから
事なきを得たけれども、この先を考えると怖いな。
こちらの世界にも植物図鑑のようなものはあるのかしら?
凛桜は、改めてルナルドさんから貰った
“通販カタログ”をじっくり見てみる事にした。
改めて見てみたが、かなりの厚さがある……。
これは腰を据えてみないといけないわ。
ソファーに座り、カタログの目次を開いた。
すると、黒豆達も一緒にソファーにあがって来て
カタログを覗き込んできた。
「おっ……君たちも興味ある?
えっと、目次は……」
こちらの世界のカタログと同じように項目順に
調べられるようになっているようだ。
「本、雑誌の項目になるのかな?
320ページからか……」
って、普通に読めてしまうのが不思議だわ。
あきらかに日本語ではない言語が書かれているのよ。
ある意味これもチート能力なのかしら。
そんな事を思いながらページを開いた。
「うわぁ!色々あるんだね。
これは心躍るわ。
このままいくときっと料理本とかもあるよね」
凛桜は、しばらく1ページごとじっくりと
内容と写真をみながら楽しんだ。
「へぇ……。
これはファッション雑誌だな。
興味あるわ、こちらの人の化粧品とかみてみたい」
他にも私たちが普段読んでいるような
情報誌から専門誌まで、あらゆる本があった。
ハッ!いかん目的を見失うところだった。
図鑑よね!
でも悲しいかな、欲しい本のページには
付箋をガッツリつけちゃったわ。
買うか買わないかは後で検討しよう、うん。
凛桜は図鑑のページを開いた。
「なになに、魔界植物入門編その1。
これかな?
それとも、育て方がわかる魔界植物図鑑かしら」
説明の項目を読むと……
誰でも一目でわかるように、優しく魔界植物を解説。
これを読めばもう命の危険はありません。
その他にも、食べられるかどうかの有無や捕獲の仕方。
毒や薬にする製法まで幅広く網羅しております。
「…………」
えぅ?
そんなバイオレンスな文言からくる?
なんか思っていたのと違う……。
図鑑ってそんな感じだったかしら?
「どうしよう……」
「ん?何をそんなに悩んどるのや?」
「普通の植物図鑑が欲しいんですよね。
庭とかで、あれ?こんなのみたことないな
なんだろこれ?
調べてみよう……
くらいの感覚で使えるやつが欲しい」
「そやな……わいのお薦めは……」
って、誰!?
さっきから自分の独り言に、相槌がかえってきていますが!?
驚いてカタログから顔をあげると
ニコニコ笑顔のルナルドさんが目の前にいた。
「まいど!
何度も声をかけたんやけど、何やら真剣にカタログと
睨めっこしたままやったから、勝手にあがってもうた
堪忍な」
そう言ってウィンクしてきた。
(相変わらずチャラい……。
でもそれが嫌味にならない稀有なイケメン。
今日も黄金のふさふさ尻尾がまぶしい!!)
「ルナルドさん! お久しぶりです」
「凛桜さんも元気そうやな」
「きゅーん」
「お前たちも相変わらずかわええな」
いつの間にかきなこが、ルナルドさんの膝枕で
ガッツリと甘えていた。
「なんや、魔界植物図鑑が欲しいんか?
あいつの為か?」
「はい、知らないことだらけなので
今後の為にも知識を得たいと思いまして」
「あいつも無事に第二形態に入ったみたいやな」
ルナルドさんはシュナッピーの方向を指しながら言った。
「そうなんですよ。
それだって私にとっては大事件でした」
凛桜はざっくりと今までのことをルナルドに話した。
「なるほどな。
確かにわいらには常識な事でも、凛桜さんにとっては
未知の事だらけやな」
凛桜は激しく同意だというように首を縦に振った。
「よかったらお薦めの植物図鑑を教えてくれませんか?」
「よっしゃ、まかせとき。
まずはこれやな」
そう言って、ルナルドさんは表紙に結構グロイ色の
花が載っている一冊の図鑑を指さした。
「これは子供が読む本なんやけど
一般的な魔界植物を優しく詳しく図解付きで
説明してくれる素晴らしい本なんや」
「いいですね、そういうのが欲しいです」
と言ったものの……
表紙の花はこれ以外になかったのかい?
真っ赤な血のような液体が滴っている
棘がびっしりついた黒いユリのような花が表紙って!!
本屋で見かけても、手に取りづらいわ!
と、いうツッコミは飲み込んだ。
その後もルナルドさんは、いくつかの本を薦めてくれた。
「まぁ、わからない事があったらいつでも聞いてや。
これでもかなり詳しい方やで。
うちの商会は、かなりの数の魔界植物を栽培しとるからな
団長さん達よりも詳しいで」
そう言ってドヤ顔を決めていた。
「そもそもの疑問なのですが……
シュナッピーは、原種なんですか?
かなり能力が高いように思えるのですが」
「そやな……原種といえば原種やけれども
厳密にいうと違うんや」
ルナルドさんは少し困ったように眉尻を下げた。
「説明が難しいんやけど
親が原種なんや。
その親をわいの親父が捕獲して生まれたのが
シュナッピーなんや」
「といいますと?」
「養殖のフラワー種は、原種を何代も掛け合わせて
人為的に作ったものを言うんや。
だからかなり見た目も美しく愛らしいし
大人しくて性格の育てやすいものが多いんや」
見た目が美しくて愛らしい?
思わずシュナッピーのビジュアルが脳裏に浮かんだ。
うん、見た目の愛らしさは1mmもないな。
凛桜は思わず半笑いを浮かべた。
「その点シュナッピーは、親は生粋の原種なんやけど
自然界で生まれたわけやない。
うちの特別な温室で生まれたんや。
そう考えると生粋の原種とは言えんかもな」
「グレーゾーンですねぇ。
まぁ私にとっては原種だろうが
そうでなかろうが……どうでもいいんですけどね。
シュナッピーという個体が大事なんで」
そう言うとルナルドさんは一瞬目を見開いてから
ニヤリと笑って言った。
「あんたはやっぱりブルームーンさんの血筋やな。
彼も同じ事言ってはったわ」
とりあえずたくさん買っても読みきれないだろうから
グロイ表紙の子供が読む図鑑を買うことに決めた。
2~3日後に届けてくれるらしい。
無事に決まったので、ランチを一緒に食べることにした。
今日のメインはきつねうどんだ。
ふっくらジューシーの甘いお揚げがど~んと
2枚入っているのだ。
つけあわせには、トマトとアボカドのサラダ
厚揚げのステーキに、デザートには白玉ぜんざいを出した。
「美味いな。
凛桜さんは、ええお嫁さんになるな」
「そう言って頂けると、作ったかいがあります」
凛桜が、お代わりのうどんを作っていると
そんな様子をみながらルナルドは、急に真剣な顔で言った。
「いっそうのこと、わいのところにお嫁にきませんか?」
「えっ?」
凛桜はびっくりしてお玉を落としそうになった。
「えっと……その……」
凛桜が慌てふためいてオロオロしていると
ルナルドは吹き出した。
「ククク……そないに驚かんでもええやろ。
冗談や、冗談」
いたずらが成功したかのように、楽しそうに笑った。
帰り際に、ルナルドさんにもチョコレートを渡した。
(トリュフ8個入 デフォルトキツネ図柄入り)
「嬉しい、ありがとう。
チョコレート大好きやねん。
ほな、またな」
ルナルドさんは、嬉しそうに箱を抱えながら帰っていった。
図鑑以外に、料理本2冊とファッション雑誌1冊を
一緒に頼んでしまった。
届くのが楽しみだな~。
面白かったら定期購読しちゃおうかな。