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64.俺の分は……

田舎暮らしを始めて81日目。




凛桜は、中庭の草取りをしていた。


シュナッピーがミイラ化しているからだろうか?


今まではあまり中庭に雑草が蔓延ることが

なかったのが……

至る所で、雑草が我が物顔で領域を拡大し始めていた。


雑草取りは、地味に体力を使う。

が、無心になれるので嫌いな作業ではなかった。


それに頑張れば頑張るほど庭が奇麗になり

目に見えて成果がわかるのも充実感が得られてよかった。


あきらかにこちらの世界の雑草らしきものを

観察できるのもちょっと楽しかった。


しかしここ最近、みたこともない

ちょっとクセが強めの雑草が急に生え始めていた。


その代表的なやつがこれだ!


紫に赤のドットが入った肉厚の花びらから

緑色の粘液を垂らした草がシュナッピーの周りに

いくつも生えだしていた。


まずはじっくり観察して、その後スケッチをした。

もうすでに魔界植物のスケッチブックは3冊めだ。


趣味と実益を兼ねていると言ってもいいだろう。


花の中心部分には、キラキラした太いめしべが

一本生えている。


一本なんだよね……。

存在感がすごいめしべ。


あとは、これらを抜くだけなんだけれども

この花は、触れても大丈夫なのだろうか……。


ゴム手袋をしているとはいえ、ちょっと躊躇うビジュアルだ。

あきらかに毒々しい。


試しに、その辺の小枝で突いてみる。

するとジュワッっと音を立てて、粘液があたりに飛び散った。


「わっ……」


掛からないように、さっと避けたが

結構遠くまで飛んだ気がする。


シュナッピーみたく、酸とかではないらしく

特に溶けたりする被害はないが、むせ返る甘い香りが

辺り一面に広がった。


うぁわ……これ大丈夫かな。


きなこ達は、その香りが苦手なのだろう

一目散に遠くへと駆け出した。


と……


「凛桜さん、下がってくれ」


という声が背後からから聞こえた。


その声に従い凛桜が、その場からサッと離れると

同時に火の球が横を通り過ぎて、花をすべて焼き尽くした。


その光景に驚いていると横の方では

また新たな声が聞こえた。


「団長、こちらもすべて処理が終わりました」


「おう、ありがとう」


訳のわからないまま、その声の方をみると

何やら色違いだが同様の種類の花と思われるものが

いくつも凍った状態でその場に転がっていた。


「危なかったッスね。

受粉が始まったら、この一帯がこいつらで

いっぱいになるところだったッス」


そういって、ノアムさんが胸を撫でおろしていた。


「ど、どういうことでしょうか?」


目をぱちくりさせながら凛桜は固まっていた。


「こいつら、一つ一つは力が弱いんですが

繁殖力がハンパないんっスよ。

雌株が甘い香りで雄株を誘っておびき寄せるんっス。

今がまさにその瞬間でした」


頭をガシガシかきながらノアムは

苦虫を嚙みつぶしたような顔をしながら言った。


あの凍った植物達は雄株だったんかい!

どこから現れたのさ!?


「雌株は炎で、雄株は氷でしか処理できないのです。

生き残るためにそう進化したのでしょうね」


カロスが凍った植物達を容赦なく粉砕しながら

しみじみとそう呟いていた。


言っている事とやっている事とのギャップがエグイ。


「おそらくシュナッピーの魔力を狙って

ここに根を下ろそうとしたんだと思う。

ミイラ化している状態なら、攻撃されないと踏んだのだろう」


クロノスさんは、まだ他にもいないかどうか

辺りを確かめながら、シュナッピーを優しく撫でた。



その後、すべての雑草を一緒にチェックしてもらい

一通り危険なものがないことを確認できたので

ひとまずランチにすることにした。


今日のメニューは、ハヤシライスがメインだ。


つけあわせには、温野菜サラダにコンソメスープ。

カラフル野菜の即席ピクルスだ。


デザートには、梅シロップ寒天を出した。


()()()()()()美味いっス。

カレーもいいけれども、ハヤイライスもヤバいッス」


獣耳を高速でピコピコさせながらノアムさんは

思いっきりご飯と共にかきこんで食べていた。


「ヤバいのはお前の頭だ。

これは“ハヤシライス”だ。

一回で覚えろ、バカ猫」


そう言いながら、ノアムさんは尻尾を揺らしながら

梅シロップの寒天のお代わりを遠慮がちに催促していた。


そんないつもの漫才のようなやり取りをみながら

クロノスさんも豪快にハヤシライスを食していた。


「これに入っている肉は、キングビッグサングリアか?」


「そうですよ、贅沢にゴロっと使用しました」


「美味いな、とまらん」


3人は何杯もおかわりしてくれた。



ランチも終わり、クロノスさん達と更にお茶の時間に

突入したところで、凛桜は目的の品を3人に渡した。


お忍び餅つき大会の日には、クロノスさんには

チョコレートを渡さなかった。

カロスさん達と一緒に渡したかったからだ。


ここだけの話だが……

3人には本当にお世話になっている。


だからチョコレート+αのものを用意していたので

渡せなかったというのが正解かもしれない。


あの日は帰り際に

シリルさんには(トリュフ8個入 デフォルト羊図柄入り)

キリン獣人さんには、(トリュフ4個入 シンプルVer)

鷹獣人のおじさまには、(トリュフ4個入 シンプルVer)

をお渡しした。


料理番のトラ獣人のおじ様には、本人の希望で

クーベルチュールチョコレート3枚と

生クリーム3個を渡した。


自分もこれを使って、色々と作ってみたいらしい。


何故か自分だけ何も貰えないクロノスさんは

しょんぼりした上に、ちょっぴり涙目になっていた。


その姿が可哀想可愛かったが、このままいくと

本気でシャレにならないくらい落ち込んでいたので

こっそりと耳元で囁いた。


クロノスさんには、後日カロスさん達と一緒に

渡しますから楽しみにしていてくださいね。

と言うと、ほっとした顔をしていた。


そしてそれが今日だ。


まずは普通にカロスさんとノアムさんには

(トリュフ16個入 デフォルト熊図柄入り)

(トリュフ16個入 デフォルト猫図柄入り)を渡した。


2人はさっそくその場で箱を開けた。


「凄いですね、図柄が繊細で美しいです。

食べるのが勿体ないですね」


カロスは感心したようにチョコレートを見つめていた。


「凛桜さん凄いっス。

この猫は俺ッスよね!

まるで本物の絵師みたいッス」


ノアムもキラキラした瞳で、一粒一粒を観察していた。


「そう言ってくれると嬉しい。

まぁ、その考えかたは大方あっていますし」


凛桜は微笑みながらさらりとそう言った。


「えっ?

凛桜さんの仕事って絵師なんッスか!?」


3人は驚いたように目をカッと見開いた。


「ノアムさん達がいう絵師というのが

どの職業をさすのかわからないけれども……。

私の仕事は絵を描くことというのは当たっているの」


凛桜は、部屋の奥から今まで描いたイラストや

凛桜が手掛けた雑誌などを3人にみせた。


「凄いな……宮廷絵師みたいだ」


「美しいですね」


3人は手放しで褒めてくれた。


「フフフ……改めてそう言われると凄く嬉しい」


凛桜は破顔しながら照れまくっていた。


しかしその中で、一人浮かない顔の男がいた

そう、クロノスだ。


(凛桜さん、何故いまだに俺だけにチョコレートを

くれないんだ……)


それから凛桜は、3人に新たにプレゼントを渡した。


「皆さんには日頃からとてもお世話になっているので

特別に更にプレゼントを用意しました」


3人は嬉しそうに顔を見合わせると、その袋の紐を

解いて中身を出した。


「これは?」


見たことないのだろう、不思議そうな顔をしていた。


「それは、“スキットル”というものです。

用途としては、アルコール度数の高い蒸留酒を

いれて運べるボトルです」


「この中に酒を入れられるのか?

細工も美しいし、しっかりとした作りのものだな」


クロノスは手に取りながら、上からや下からも

スキットルを眺めながら観察していた。


「はい、皆さんは長く遠征に行くことが多いと

部下の方達からききました。

その時に、身体を温める目的や消毒の為にお酒を

持ち歩くそうですね」


「確かに酒は重要なんだ。

だか運ぶのが結構やっかいなんだ」


そういって、クロノスは獣耳をさげた。


「ガラス製の瓶で割れやすいんですよね。

お酒の性質上、木の物や石の物では代用できないとか」


「そうなんすよ、俺も何回割ったか……。

其の度に給金から引かれるんっスよ」


ノアムは納得できないというように尻尾をふりながら

口をとがらせた。


「あたりまえだ、備品はただじゃない」


カロスが怖い顔で一喝した。


「そこで、このスキットルが活躍するのではないかと

思いまして……。

チタンという金属でできています。

錆にくいし軽いので、活躍すると思います」


「素晴らしいな。

凛桜さんの世界の技術力の高さには驚くな」


「その代わり、私の世界には魔法はありません。

一度でいいから魔法を使ってみたいです。

話を戻しますが、この横に鎖などをつければ

腰にぶら下げることもできますよ」


「これならば、すぐその場で処置もできますね」


「ぜひ使ってみてください」


「ありがとう、大事に使わせてもらう」



その後も和やかに3人で談笑していたが

そろそろ帰る時間が迫っていた。


「では、そろそろお暇しましょうか」


カロスがそう言って腰をあげた。


「あぁ……」


(俺にはチョコレートはないのか凛桜さん!!)


その時だった。


「クロノスさん、これチョコレートです。

クロノスさんの分は、ちょっとほかの方と違って

仕掛けがあるんです」


そう言って、少し大きめの縦長の箱をあけて

中身をみせた。


その中には、大きな卵型のチョコレートが入っていた。


「帰ったら、この卵をそっと割ってください。

中に何か入っていますから」


そう言って凛桜は楽しそうに微笑んだ。


「そうか、帰ったらさっそくやってみる」


一気に元気になったクロノスはその箱を

大事そうに抱えて帰っていた。


カロス達も密かに安心したように胸をなでおろした。

内心ひやひやしていたのだ。



その晩、クロノスが私室で凛桜から貰った

卵のチョコレートを割ると……


中から、色とりどりのハート型の小さい

チョコレートが飛び出してきた。


そして卵型のチョコレートの中心には

クロノスと思われる“ユキヒョウ”が模られた

緻密なチョコレート像があった。


「凛桜さん……」


俺を思ってこれを作ってくれたのだな。


なんてちょっぴり自分に都合のいい事を思いながら

クロノスは嬉しそうに、ハート形のチョコレートを

一粒口に入れた。




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