63.かなり気に入ってます!?
田舎暮らしを始めて80日目。
今日はついに“お忍び餅つき大会”の日。
餅つきの下準備は完璧だ。
凛桜は、もち米を朝早くから蒸しながら
陛下ご一行の到着を今か今かと待っていた。
すると遠くの方から黒豆達の吠える声が聞こえた。
おっ?来たかな。
急いで縁側から中庭へと降りると
クロノスさん達に伴われて陛下がまたもや
きなこを抱きながらこっちへ歩いてきていた。
(前も思ったが、陛下って密かに犬が好きよね。
きなこも前回と同様に大人しく抱かれているし……)
そして、凛桜を見つけると嬉しそうに駆け寄ってきた。
「凛桜殿、そくさいであったか?
今回は無理を言ってすまなかった。
話を聞いたらどうしても我も体験したくてな」
そう言って恥ずかしそうに目を伏せた。
「陛下、お久しぶりです。
って、陛下……。
大きくなられましたか?」
この前は本当に小学生くらいの少年だったのに……。
今、目の前にいる陛下は中学生くらいの少年へと
成長していた。
14歳くらいの見た目かな?
「あぁ、あのあと第二成長期が来てな。
凛桜殿のところの食中魔界植物と同じようなものだ」
そう言って、にっこりと微笑んだ。
(シュナッピーといい……
この世界の人達の成長って一体……)
凛桜は少し遠い目になった。
陛下はさっそく、中庭の真ん中にある物を
見つけて目を輝かせながらその周りを一周した。
「これが、噂の臼と杵というものか。
ここであの戦いが繰り広げられたのだな」
「フフフ……そうなんです。
本当に楽しかったんですよ!餅つき合戦。
色々ありましたし、ね」
そう言ってにやけながら、クロノスとシリルの顔を
交互に見つめた。
「…………」
2人はそんな凛桜の視線に苦笑しながら頭をかいた。
凛桜がお忍び餅つき大会開催に対して出した条件は
以下の3つだ。
最小人数で行う事。
(クロノスさんとシリルさんを必ず含むこと)
陛下も餅つきに参加させること。
豪華なお礼の品物はいらない。
その条件を守ってくれて、本当に最小限の人数で来てくれた。
荷馬車につまれた豪華な物も持ってきてないようだ。
メンバーは、クロノスさんとカロスさん。
そしてシリルさんとあのマッチョキリンの獣人さん。
どうやらキリン獣人さんは、近衛騎士団の副団長さんらしい。
そしてもちろん鷹獣人のおじさまことグラディオンさんと
料理番と思われるトラ獣人のおじさま1人だ。
「話はきいておるぞ、熱戦だったらしいな」
陛下も意味深な視線を2人に投げた。
勘弁してくださいというように
騎士団の面々が困ったように獣耳と尻尾を下げていた。
「もう少しで、もち米が蒸しあがりますので
準備にとりかかりましょうか」
「俺が、もち米を運びます」
そう言って、カロスさんがキッチンまでついてきてくれた。
その間クロノスさんは、陛下に餅のつきかたを説明して
くれているようだった。
そんな様子を微笑ましくみていた凛桜だったが
陛下のいでたちをみてハッとした。
「そう言えば、陛下も餅をつきますよね……
今の恰好じゃ汚れてしまいます」
「そうですね……」
どうしたもんかと凛桜とカロスは顔をみあわせた。
「この前のように、私のTシャツとジャージを
お貸しするという事でいいのでしょうか?」
凛桜がおそるおそる鷹獣人のおじさまにきくと
いい笑顔で後押ししてくれた。
「ぜひそうしてくだされ。
凛桜殿から頂いた、てぃーしゃつとやらをかなり
お気にめしておられたからな。
なんでも着心地と図柄がいいとか……」
「あー、はい……」
凛桜の脳裏に再び……
ボールでゲットする、黄色いネズミさんのTシャツが浮かんだ。
そこで陛下をおよびして、平服に着替えて頂くことにした。
さすがにまたキャラクターTシャツだと忍びないので
ジャージとお揃いで、あのピューマがロゴになっている
某有名メーカーのシンプルTシャツをお渡しした。
「…………」
何故か若干残念そうな顔の陛下がいらっしゃった。
えっ?
まさかキャラクターTシャツ待ちだった感じ?
しょんぼりとした感じでもそもそと着替え始めた。
凛桜は慌ててクローゼットに引き返して
新品で大きいサイズのTシャツを探した。
そして……見つかったのが
「陛下!もしよかったらこっちもありますが」
凛桜が息を切らせながら持ってきたTシャツは
またもやボールでゲットする、あの人気キャラのやつだ。
モフモフの茶色いキツネさんなのか?
はたまた犬なのかわからないが
〇ーブイのTシャツだ。
「…………!!」
「この前、陛下にお渡ししたTシャツに描かれていた
動物の仲間のこになります」
「この前のもいいが……
このこも可愛らしいな……」
そうそう、これこれといわんばかり陛下は
瞳をキラキラさせて、嬉しそうにTシャツを受け取った。
こっちが正解だったらしい……。
異世界さんごめんなさい。
また新たなものを陛下に献上してしまいそうです。
どうしよう、異世界に〇ケモンブームがきちゃったら
ロイヤリティとか発生しちゃうのかしら。
凛桜はドキドキしながら部屋の扉を閉めた。
「陛下……」
クロノスさん達は、上はキャラクターTシャツ
下はジャージという陛下の恰好に一瞬ぎょっとした。
が、満面の笑顔の陛下を見て悟ったのだろう
そのまま笑顔で黙って見守った。
「では、餅つきを始めましょう。
陛下、杵をお持ちください」
「うむ」
そう言うと、見た目に反して軽々と片手で杵を持ち上げた。
(おう……やっぱり幼く見えても獣人なんだな
杵がスプーンでも持つくらいの感覚なのね)
「では行きますよ、はい」
クロノスの掛け声と共に陛下は、餅をつき始めた。
数分後、初めてとは思えないくらい
美味しそうな餅が無事につきあがった。
「陛下、さっそく食べましょう。
つきたてが本当に美味しいのですよ」
「いただこう」
全員でつきたてのお餅を心行くまで堪能した。
「本当に美味いな……」
どうやら陛下は、餡子にきなこをまぶして
食べるのがお好みのようだ。
「何度食べても、つきたてが一番ですな」
グラディオンさんも相変わらずのようだ。
その横で料理番の方が、めちゃくちゃメモを
取っているのが気になるが……
よしとしよう。
こっちをいい笑顔で見ているが
軽くスルーしよう、うん。
その間にも、シリルさんとマッチョキリンさんが
新たに餅をついてくれていた。
角餅にして、大量に持ち帰りたいらしい。
どうやら保存食として城に常備する計画が
密かに進んでいる模様。
またもや国家規模の計画が進められちゃうのか。
各々の騎士団でも携帯食として使えないか
検討もされているとも言っていたし……。
餅かなり好評価を受けているな。
なんだかな……。
「凛桜殿、餅ピザというものを食したいのだが」
陛下がおずおずと切り出してきた。
餅ピザの事まで報告されているの!?
「いいですよ、この前のように一緒に作りましょうか。
陛下の好きな具材をのせて焼きましょう」
「いいな、それ」
それを目ざとく聞きつけて、料理番とグラディオンさんも
吸収する気満々で一緒についてきた!!
この後、陛下セレクションの餅ピザが何枚も
皆に振舞われた。
そして日もいい具合に傾いてきたので
お忍び餅つき大会は無事に終了した。
皆が片づけをしてくれるというので
お言葉に甘えて、陛下と凛桜は縁側でお茶をしていた。
「凛桜殿、今日はとても楽しかった。
改めて礼を言わせてくれ、ありがとう」
「楽しんで頂けて何よりです」
「それから、このチョコレートという菓子も
ありがたく頂くぞ。
そなたの世界には、本当に色々な行事があるのだな」
陛下は嬉しそうに、凛桜から貰った
トリュフ入りの箱を見つめながらそう言った。
「そうですね、特に私の住む国は
行事を大事にする国かもしれません」
「我も国民が幸せで笑顔があふれる国にしたい」
「陛下ならきっと成し遂げられます」
そんな中2人の目の前を、てきぱきとガーデンテーブルを
運ぶクロノスが横切った。
「ところで、あやつにはもうチョコレートは渡したのか?
バレンタインデーとやらは、本当は意中の異性に
チョコレートを渡す行事なのであろう?」
「えっ?」
動揺からなのか、凛桜のお茶を注ぐ手が止まった。
「…………」
陛下はニヤリと笑いながら、トリュフまた1つ口に放り込んだ。
「確かにそういう日でもありますが……。
最近はどちらかというと、自分へのご褒美とか
友人などへ感謝の意味で渡したりすることが多いようですね……」
凛桜は、図星をつかれてしどろもどろになりながら
言い訳がましい説明をしていた。
「ほう……友人とな……」
陛下はますます意味深な笑みを浮かべていた。
「我もその中にはいっているのだろうか」
「もちろんです。
陛下を友人と位置付けていいのかわかりませんが」
「初めて会ったあの日から、我と凛桜殿は友人だ。
それ以上かもしれんな、なんせ布団を並べて
一緒に寝た仲でもあるしな」
陛下はさらりと爆弾発言を投下した。
「…………!!
フフフ……確かにそうですね」
凛桜はその発言に目を見開いたが、その後すぐに
クスっと笑って頷いた。
そんな楽しそうで親密な2人を見て、密かにやきもきしている
クロノスの姿があった。