62.甘い誘惑
田舎暮らしを始めて79日目。
今日はうって変わって日本晴れだ。
気持ちのいい青空が広がっていた。
黒豆達も昨日思いっきり遊べなかった分を
取り戻すかのように、嬉しそうに中庭を駆けている。
明日のお忍び餅つき大会の為の準備も
朝から着々と進んでいる。
少人数だから、この前みたく大掛かりな準備も
いらないので比較的にのんびりとやっているのだ。
それよりも大変なのが、チョコレート作りの方かも。
この際、一緒にバレンタインデーのチョコも
渡してしまおうという魂胆だ。
凛桜は、軽く朝食を済ませると
さっそくトリュフチョコ作りに取り掛かった。
まずは“ガナッシュ”作りからだ。
まずは、買ってきたクーベルチュールチョコレートを
鬼のように刻むところからだ。
皆に配るために、大量に買ったからな
何回かに分けて作ろうかな。
刻むのが終わったら、生クリームを火にかけて
しっかりと沸騰させる。
沸騰した生クリームを刻んだチョコレートの中に入れる。
チョコレートが溶けてきたら、グランマルニエを
適量いれて更に混ぜ合わせる。
混ぜる工程も難しいのよね。
混ぜすぎると固くなっちゃうし……。
凛桜は、チョコレートの状態をみながら
さっくりと混ぜていった。
んーいい香り、チョコレートって本当にいい香りだよね。
きっとこのまま食べても美味しいはず……。
「よし、これくらいかな?」
出来上がったものを漉して、大き目のバッドに流しいれて冷やす。
これを丁寧にやらないと表面に油が浮いちゃったり
固くなったりするのよね。
冷やしているあいだ、同じ工程を何回か繰り返して
大量のガナッシュを作った。
冷蔵庫の中が、チョコレートで埋まっている!!
「これくらい作れば、皆にいきわたるかな?」
匂いに釣られたのか、黒豆達が縁側からこちらを
じっーとみて尻尾をふって催促をしていた。
「ごめんね、チョコレートは本気で駄目なのよ。
だから代わりにささみをあげよう」
犬にチョコレートをあげると中毒を起こしちゃうからね。
そんな瞳で見つめてもだめですよ!
2匹にささみをあげるついでに、自分も軽いおやつ
をたべて休憩をいれた。
ガナッシュもいい具合に固まったので、作業再開です。
口金をつけた絞り出し袋の中にガナッシュを入れます。
2㎝くらいの大きさで丸く絞って出します。
手で持てるくらいに固まってきたら……
ココアパウダーをつけながら手で丸めます。
ラップとかにくるんでやってもいいのだけれども
私は使い捨て手袋をはめて、素早く丸めます。
いやーこれ終わるかしら!!
手がつりそうだわ~。
とにかく無心になりながら、チョコレートを丸め続けた。
ランチにガッツリと天丼を食べてから
今度はテンパリング作業にとりかかった。
まずは通常のチョコレートコーティングをおこなった。
その後に……
ホワイトチョコレートコーティングしたものや
粉砂糖やココアパウダーで塗すものも作った。
京都宇治抹茶パウダーもありだな。
後は、色鮮やかなチョコレートペンで
お花をかいたり、それぞれの動物を描いたりして
可愛くデコレーションを施した。
我ながらよくかけていると思う。
何を隠そう、私の本業はイラストレーター!!
絵は、得意分野なんですよ、はい。
それを、箱に詰めて完成だ。
我ならが大作じゃない!!
凛桜は、ニヤニヤしながら崩れて失敗した
トリュフを食べながら出来上がったチョコ達を眺めていた。
そこに大きな影が2つ現れた。
「ん?」
「随分と楽しそうだな」
巨大白蛇さんと白蛇ちゃん親子だった。
「凛桜!!」
少し小ぶりな白蛇が嬉しそうに尻尾を揺らしていた。
「かなり甘い匂いで満たされているが
なにか菓子でも作っていたのか?」
そう言いながら、巨大白蛇さんは人型に変化していった。
「はい、チョコレートというお菓子を作っていました。
よかったら食べて行きませんか?」
「うむ、ご相伴にあずかろう」
2人はそのまま家の中へと入った。
凛桜はできたてほやほやのトリュフを4つお皿にのせて
紅茶と共に二人の前に置いた。
「ほう、見た目も美しいな……。
それにとても魅惑的な香りがする」
巨大白蛇さんは、舌なめずりをしながら目を細めた。
「このお菓子にはお酒が使われているのですが
お二人ともお酒を摂取しても大丈夫ですか?」
凛桜は確かめるように2人の顔を交互にみた。
「我は大丈夫だ。
むしろかなり好きなほうだぞ」
凛桜の頭の中に一瞬、ヤマタノオロチが過った。
巨大蛇さんにはお酒がよく似合う……。
「僕はまだわからないけれど……
多分平気だと思う」
そういいながら白蛇ちゃんはへにゃっと笑った。
「もし無理ならば残してね」
「うん」
2人は顔をみあわせながら、どれから食べようか
楽しそうに相談していた。
そして決まったのが、一粒手に取るとそのまま
ぱくりと口に入れた。
「ん!!」
「…………、美味いな……」
味わうように口の中で転がしているようだった。
「甘さの奥にある酒の風味が鼻から抜けて
それでいて蕩けるような舌ざわり……。
はじめて食したが、チョコレートといったか
我は好きだ……」
巨大白蛇さんはそういうと、残りのチョコレートを
一気に食べてしまった。
白蛇ちゃんをみると、ニコニコしながら
ゆっくりとチョコレートを味わっているようだった。
「凛桜……甘くて美味しい」
「そう、よかった」
凛桜もそれにこたえるようににっこりと微笑んだ。
「凛桜、お代わりを頂いてもいいだろうか?」
巨大白蛇さんがお皿を見せながら言った。
「はい、もちろん」
凛桜が立ってキッチンへ行こうとした時だった。
「凛桜ぉ……」
甘えるように白蛇ちゃんが凛桜の手を引っ張り
自分の胸の中に閉じ込めて抱きしめた。
「……………!! 白蛇ちゃん?」
いきなりの事で凛桜の思考回路は停止した。
「凛桜……好き……好き……」
白蛇ちゃんはうわ言のようにそう言いながら
凛桜の肩口に顔を埋めていた。
「えぅ? ん?白蛇ちゃん?」
凛桜が驚いてハッと顔をあげると
潤んだ瞳で頬を染めた白蛇ちゃんと目があった。
「凛……桜……」
言葉を胸に詰まらせながらも甘えた声で名前を呼ぶと
そのまま凛桜にもたれ掛かってきた。
「白蛇ちゃん!?」
凛桜が支えきれず、後ろに倒れそうになったが
すぐさま巨大白蛇さんが引きはがしてくれた。
「いかん……酔ってるな」
「大変、お水持ってきましょうか?」
凛桜がオロオロしながらそう問いかけると
巨大白蛇さんはニヤリと笑って
「その辺に転がしておけば、時期に治るだろう」
そう言ってそのまま、その場に横たわらせた。
「フフフ……凛桜……」
顔を真っ赤にしながらも……
白蛇ちゃんは嬉しそうな顔で微笑んでいた。
白蛇ちゃんはお酒に弱いのね。
今後は気をつけないと。
お酒を入れないバージョンのチョコレートを
予備で作っておいてよかった。
その後、20個程チョコレートのお代わりをした
巨大白蛇さんは、酔ったままの白蛇ちゃんを背中に乗せて
ご機嫌なまま帰っていった。
もちろん、凛桜の作ったバレンタインデーチョコ
(トリュフ8個入 デフォルト蛇図柄入り)を
お土産にもらい、更にご満悦のようだった。
白蛇ちゃんには、急遽グランマルニエなしの
トリュフチョコレート8個入を渡した。
「凛桜、よければこのチョコレートやらに入っている
酒も譲ってくれないか?」
と言われましたので
グランマルニエも3本お譲りしました。
「異界の酒は、罪深いほど美味いな」
と言い残して帰られました。