59.そう言えば
田舎暮らしを始めて76日目。
凛桜は、穴が開くのではないかというくらい
それを見つめていた……。
前後左右に自由自在にピコピコと動き
モフモフがたまらないそれ……。
「…………。
俺の顔に何かついているッスか?」
当の本人は、焼き芋を頬張りながら
不思議そうに首を傾げていた。
「いや……。
ノアムさんって、猫獣人さんなんだよね?
因みに種類はなんなのかなって」
見た目の柄からすると……
キジトラさんかな?
なんだそんな事かというように
にっこりと微笑むと胸を張って答えてくれた。
「俺ッスか?
猫といえばネコ科なんッスけど……。
俺は“オセロット”という種族ッス」
ん?
んーんん?
オセロットかぁ……。
って、全然想像がつかないわ。
自分の中のモフモフ図鑑を脳内で開くが
一向にオセロットのページにたどり着かない。
そんな凛桜の表情を読み取ったのだろう。
「見た方が早いっスね」
そう言って、焼き芋の最後の一欠けらをポイっと
口の中に放り込むとそのまま一回転して獣体になった。
そこには2mを少し切るくらいの大型獣がお座りをしていた。
体毛は短く、黒い斑紋で縁取られたオレンジ色の斑紋が
全身にみてとれた。
鼻がピンクなのも可愛い!!
(おぉ……ヒョウに近いのかな?
可愛い……でも顔は完全に猫さんだ)
「どうっスっか?
これがオセロットッス」
「フフフ……かっこ可愛い」
ノアムはドヤ顔を決めていた。
「ノアムさん……」
「はい?」
「触ってもいいですか?」
「いいっスよ」
ノアムはそのまま、凛桜の膝の上にゴロンと寝ころんだ。
そのままそっと、頭から背中にかけて撫でた。
「ふぁあああ……高級絨毯みたい。
すべすべだぁ……」
「自慢の毛並みッス。
毛並みは大事な男の身だしなみっス」
「最高です」
凛桜は一心不乱に、ノアムのすべすべ毛並みを堪能していた。
(可愛いな……
ゴロゴロいってる……)
ノアムは撫でられて気持ちがいいのか
目を細めながら喉を鳴らしていた。
そのまま前足を取って肉球もぷにぷにした。
(もうなに、この感触……。
天国なのか?ここは天国なのか)
凛桜は恍惚の表情で肉球をぷにっていた。
そんなところに……
「ノアム……
お前……何してんだ……あぁ?」
地の底から這うような声が背後から響いた。
凛桜の膝の上で甘えてゴロゴロ言っていたノアムが
一瞬のうちに小さく縮んで固まった。
般若のような顔をしたクロノスさんが
無言のまま、ノアムの首根っこを掴んだ。
そのまま持ち上げて、顔をつきあわせると
獰猛な顔をしながら言った。
「ずいぶんと楽しそうだな、猫ちゃんよ」
「いや……団長……その……」
情けない表情でプラーンと垂れ下がっている
状態で凄まれて、万事休すだった。
「凛桜さんの膝枕だと……。
俺だってしたことないのに……」
最後の方は聞こえない程のつぶやきだったが。
かなり怒っているようだった。
「クロノスさん。
ノアムさんは悪くないの。
私がノアムさんの種族を聞いたんだけどわからなかったから
ノアムさんが獣体になってくれただけだから!」
凛桜は、慌ててクロノスを諭すように
腕に縋りついてとめた。
「凛桜さん……」
凛桜にそう懇願されるとクロノスも態度が軟化した。
「そうしたら、思いのほかノアムさんが
スベスベだったからつい触りたくなって」
凛桜が照れたように目を伏せた。
(なんだと!!)
そうだと言わんばかり、ノアムも思いっきり
首を縦に振っていた。
「…………」
「凛桜さん、モフモフ具合で言ったら
俺の方がモフモフだぞ」
そう言うとクロノスはそのままノアムを
解放すると、自分が今度は獣体になった。
「…………!!」
今度は凛桜の目の前に2m以上のユキヒョウが現れた。
(モフモフ!! すこぶるモフモフ)
凛桜は吸い寄せられるようにふらっと
ユキヒョウのクロノスに近づいた。
「どうだ?ん?」
「最高です……」
凛桜はそのままユキヒョウのクロノスを抱きしめて
頬ずりをした。
「かっこ可愛い……モフモフ最高……」
ドヤッといわんばかりクロノスは上機嫌で尻尾を揺らした。
「…………」
(団長大人気ないっス……)
(団長あなたって人は……)
部下の何とも言えない視線もなんのその……
クロノスは凛桜に抱きしめられて満足であった。
そのまま膝枕もしてもらい、思う存分撫でて貰い
機嫌が直ったクロノスは、通常の姿に戻った。
今は3人で仲良く凛桜の作った生姜焼きを食べている。
「不思議ですね。
獣人の時の皆さんはこんなにも凛々しいのに
獣体になるとなんだか可愛いですね」
「そうか?」
クロノスはご飯のお代わりを貰いながら笑った。
「種族にもよるかもしれませんが
確かに獣体は女性に人気ですね」
ポテトサラダを受け取りながらカロスが頷いた。
「そう言えば……
カロスさんは、クマ獣人さんですよね?
獣耳の色からしてツキノワグマですか?
それともヒグマですか?」
凛桜が何気なくきくと、カロスはぼそりと言った。
「俺はヒグマです」
「ヒグマさんか……」
「お前も見せてやったらどうだ」
クロノスがそう言うとカロスは渋い顔をして
首を横に振った。
「いや……かなり強面なので女性には……」
「カロスさんが嫌ではなければ是非
クマさんを身近で見ることはあまりないので」
凛桜もそう言って微笑んだ。
「…………。
あまり期待しないでください」
ご飯も食べ終わったので、カロスさんが獣体になってくれた。
「…………」
(ヒィィイィィ)
心の中で思わずそんな声が出てしまった。
声に出さなかっただけでも、自分を褒めてあげたい。
本気の熊さんだったよ!!
熊出没注意の牙むき出しの怖い熊さんだったよ!!
ご本人の申告通り、かなり迫力満点の熊さんだったよ。
可愛さは……ひと欠片もなかったよ……うん。
3m近くはあるだろうか。
野生で遭遇したら、一発でアウトな熊さんだったよ。
「あ……はい……」
凛桜は困ったようにひきつりながら微笑んだ。
だから言ったでしょう……。
といわんばかりの鋭い視線。
「えっと、クマさんでしたね」
などと訳のわからないコメントしか出てこなかった。
全ての獣人さんの獣体が可愛いとは限らないことを
知った日だった。
なんとなく申し訳なかったので……
いつものお弁当にカロスさんだけにこっそり
あんパンを5つおまけにつけた。