58.急すぎるから!
田舎暮らしを始めて75日目の続き(実家に戻ってきました)。
いつの間にか眠ってしまったのだろう……。
縁側は板の間でできているからな。
ちょっと体が痛い。
うつらうつらしながらそんな事を考えていると
不意に上から声が聞こえてきた。
「少しは自惚れてもいいのだろうか……。
そのようなものを抱きしめて眠るなんて
本物はここにいるぞ」
そう言いながら、何か暖かいものが頬に触れた。
ハッとして飛び起きると
目の前に会いたくて、しがたがない人が立っていた。
「ひっ!ひゃぁぁぁぁぁ!!」
クロノスさんもまさか凛桜が飛び起きるとは思わなかったのか
両手を挙げて、目を白黒させて固まっていた。
「ど……どうしてここに?」
凛桜は、何度も目を瞬かせた。
「いや……その、毎日の日課というか……」
激しく狼狽えるクロノスさんと真っ赤になる凛桜。
(寝ている間に帰ってきているし!!
急すぎやしませんか?異世界さん!!)
そして何故か、自分の胸元に熱い視線を送るクロノス……。
(えっ?何?
何なのこの生暖かい視線は……)
そこで改めて自分が抱きしめているものをみて
更に赤面してしまった。
「…………」
クロノスさんは、嬉しそうにそれを見つめていた。
やばい!!
動物園で買った特大サイズのユキヒョウのぬいぐるみ。
がっつりそれを大事そうに抱きしめて寝ていたのだ。
まさか本人にみつかるとは……。
凛桜はさりげなく、背中にぬいぐるみを隠した。
「凛桜さん……
少しは俺の事……考えてくれたか?
そんなものを抱いて寝てくれるくらい」
クロノスは、それはそれは嬉しそうに目を細めた。
「いや、これはたまたまモフモフ具合が
よかったから買っただけで……
昼寝用枕にちょうどいいかなって……」
しどろもどろになりながら、無理な言い訳をしていた。
「ほう……たまたま……
ユキヒョウを選ぶとは光栄だ」
クロノスは心底嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
凛桜は、赤らんだ頬のまま
うっと息をつめて目をそらした。
「無事に戻ってきてくれて嬉しいぞ」
「本当に急な出来事で、自分でもびっくりしています」
凛桜は、クロノスのリクエストにより
ツナお握りを握っていた。
凛桜の顔をみて安心したのか、クロノスさんの腹の虫が
盛大に鳴り始めたからだ。
「いつご飯を食べたのですか?」
「いつだったか……」
困ったように頬を掻きながら宙に視線を彷徨わせていた。
「…………」
クロノスは、凛桜の握る速度が追いつかないくらい
パクパクとお握りを食べ始めた。
「やっぱり凛桜さんの飯が一番うまい。
これじゃないと食べた気がしない」
そう言って尻尾を嬉しそうに左右に振った。
他にも作り置きのお惣菜やみそ汁を出したが
それもすべて食べつくした。
今はデザートに、ゆずシャーベットを食べている。
「今回は長期だったな……」
「こちらではどのくらいの期間が経っているのですか?」
梅昆布茶を注ぎながら凛桜は尋ねた。
「そうだな、だいたい3ヵ月とちょっと経っているぞ」
(あの夢の通りだ!!
まさかあれは正夢だったのかな……)
「そんなに経っているのですか」
「あぁ……。
なにはともあれ、無事に帰って来てくれて嬉しい」
「はい」
2人は嬉しそうに見つめあって微笑んだ。
そのまま、ゆったりとした時間を二人で過ごし
夕方近くにクロノスさんは帰っていった。
もちろん今日もお弁当もせがまれた。
メニューは、肉巻きお握りに鮭の照り焼き、ポテトサラダ
インゲンの胡麻和え、プチトマトのマリネだ。
デザートには、ごま団子を10個つけた。
「いつもありがとな」
そう言って、庭の奥へと消えていった。