54.甘くない……
田舎暮らしを始めて57日目。
久しぶりに本気で鶏小屋を掃除したわ。
毎日こまめに、水や藁を入れ替えたり
軽く掃除はしていますが……
やはりガッツリ隅々まで、掃除したい時もある。
カレー祭りの時以来かな?
あの時は騎士団の青年達が掃除してくれたんだよね。
よって、鶏さんご一行は、中庭へと放し飼い状態に
されております。
うちは“比内鶏”という種類の鶏さん達がいます。
お肉として食べても美味しい種類らしい。
で、今、中庭で初めてのご対面が繰り広げられています。
きっとお互いに存在は感じていただろうけど
こうやって顔と顔を突き合わせるのは今日が初めてだ。
「ギョ…………ロ」
「コケッ!」
鶏のボス、ピヨ吉さん。
推定年齢5歳のイケメン鶏だ。
名前は可愛いが、中身はかなり凶暴……。
鶏は厳しい縦社会なのだが、その中でずっとボスを
担ってきている武闘派だ。
両者睨みあったまま、動きません。
(流石……ピヨ吉さん。
シュナッピーにも怯まないとは……)
「…………」
シュナッピーの方が、むしろ戸惑っている感じ?
黒豆達も固唾をのんで見守っています。
2匹も子犬の頃に、ピヨ吉さんの洗礼を受けているからな。
実は中庭で最強なのは、ピヨ吉さんじゃないかな。
きっとピヨ吉さんに勝てるのはじいちゃんだけだと思う。
そして何か通じあったのだろう。
両者はそのまま何事もなかったように解散した。
(よくわからないが、戦闘にならなくてよかった)
他の鶏達もピリついた様子から解放され
今はのんびり庭の草を突いていた。
この鶏達がよく卵を産んでくれるのだが
たまに信じられないくらい産んでくれることがある。
異世界の影響なのかしら?
普通1日1個よね?
それが1羽で3つも4つも生んでくれるらしく
急に卵祭りになるのよね。
異世界で採れるトウモロコシと菜っ葉の餌がいいのかしら
身体は大丈夫か?
などと思うけれど……
羽も艶々だし、元気で飛びまわっているからいいか。
だから今日は卵をふんだんに使った料理を
作りたいと思います。
その前に軽くシャワーを浴びよう。
なんだか埃まみれな気がする……。
身体も気分もすっきりしたので、さっそく準備に
とりかかることにした。
「材料はあったかな……」
鶏肉の代わりにキングヒューナフライシュを使うでしょ。
海老もある、かまぼこもある。
しいたけは、どうしよう。
まだ少しだけ陛下から頂いた
アンペルーシャンピニオンがあるのだよ。
黄金の粉が舞い散る料理になってしまうが
使ってしまおうか……。
あとは銀杏か。あったかな?
季節じゃないからな、ないよね。
おっ!缶詰があった!!
よし、これなら作れるわ。
そして、凛桜はおおきなどんぶりを取り出した。
うちは昔から何故かこれをおおきなどんぶりで豪快に
作るのが慣例になっている。
だから初めて外で食べたときに、逆に衝撃を受けた。
えっ?普通はこんなに小さいものなの?
母上、頼むよ、普通サイズで作ってよ……って思ったわ。
まぁ、食べちゃえば同じなんだけれどもね。
なので、その伝統を受け継いで私もどんぶりで作ります。
出汁と卵の分量がいのちなのよ。
いわゆる黄金比ってやつ?
卵の量1に対して、出汁は3という感じかな。
確かこの前……
昆布とカツオで作った出汁がまだあったよね。
出汁といえば、料理番の方にもおすそ分けしたわ。
お味噌汁の講義の為に作ったのよ。
顆粒出汁をお渡ししてもよかったんだけれども
また魔法部隊に研究されても困るし……。
それ以上に、陛下のお口にはいるものだから
できるだけ自然素材で作った
美味しいものを食べて欲しかったのよ。
(顆粒素材は素晴らしいものだけれども
異世界ではなるべく自然素材で作ることを
推奨しております)
だからちょっと気合いをいれて大量に作りました。
出汁は、なんにでもアレンジできるから
料理番のおじ様たちは、“魔法の液体”って呼んでいたわ。
今日は、そこに市販の高級出汁も加えて
少し味に深みを出そうかな。
そんな事を思い出しながら、凛桜は大量の卵を割っていた。
あとこれも大事、卵はよくかきまぜるけれども泡をたてない。
「あとは……
卵が入ったボウルにひと肌くらいに冷ました出汁と
塩を入れて、泡を立てないように混ぜる」
塩もこだわりの塩使っちゃおう。
私は少し甘めが好きなので、ほんのりみりんと砂糖を入れます。
出来た卵液をザルで優しくこします。
ここも丁寧にやることが大事!
あとは、どんぶりにすべての具材をいれて卵液を注ぐ。
「よし、あとは蒸し器にセットして蒸しあげればできあがり。
余った卵液があるから、通常サイズでいくつか作っておくか」
強火で5分くらい蒸してから、弱火でだいたい20分かな?
タイマーをかけておくか。
蒸している間に、鶏達を小屋へ戻して……
庭の草木に水を撒いていたら、シュナッピーが乱入してきた。
やはり植物のサガなのか、水は大好きらしい。
自分からガッツリかかりにきた。
「きゅーん、きゅーん」
「おうぁ……わかったから暴れないで
濡れちゃうでしょ……」
結局、きなこ達も巻き込み、全員びしょ濡れになってしまった。
(しかたがない、もう一度シャワー浴びるか)
その間に、ちょうどいい具合に蒸しあがっていたから
あとは余熱で仕上げることにした。
2度目のシャワーを終えて戻ってくると
中庭で事件が起きていた。
「ギャアアアアロロロッロ」
つんざくような叫び声があがった。
「えっ!?」
その声の発生源と思われるシュナッピーの元へ駆けつけると
何者かがシュナッピーの右側の後頭部を齧り取っていた。
「っ…………」
衝撃映像に息が止まった。
と、同時に冷静に状況をみていた。
シュナッピーの青い皮の下って……
桃のような、うす黄色の果肉になっているんだな。
あの部分って、花じゃなくて実なのかしら。
その時だった、シュナッピーに齧りついていた者が
振り返って凛桜をみた。
白い髪に青い瞳……。
顔や腕など所々に鱗が浮き出ている
透き通るような美しい少年だった。
その少年は、口の端にシュナッピーの欠片をつけたまま
ニコリと凛桜に微笑みかけた。
「凛桜……会いたかった」
美しいような恐ろしいような、異様な光景なのだが
凛桜はその少年から目を離せなかった。
だが、顔がひきつったままやはり体が動かない。
恐怖の為だろうか。
「凛桜……?」
少年は口元を拭いながら、ちょっと戸惑いながら
凛桜へと近づいたが、凛桜の顔を一目みるなり
泣き出しそうに顔をゆがませた。
「凛桜……っ」
そして、切ない声で呟いた。
この姿、この声……。
かなり成長しているけれども!!
「白蛇ちゃんなの?」
「ん……」
少年は目を潤ませながら、また一歩、凛桜に近づいた。
そして目の前までくると、手を伸ばそうとして動きを止めた。
白蛇ちゃんだとわかったとたん、心の底からほっとした。
確かに先ほどの事は、心臓が止まるかと思ったけれども。
シュナッピーが初めて庭に来る
侵入者に対してのいつもの儀式だったのだろうし……。
巨大白蛇さんの時と同様に、戦いに挑んだ果ての状況だろう。
そう思ったら嘘みたいに、恐怖が引っ込んだ。
「大丈夫だった?逆に怪我はない?
うちのシュナッピーがごめんね」
「ん……父から聞いていたから大丈夫」
白蛇ちゃんは、はみかみながらぎこちなく笑った。
「シュナッピーも相手を見てから挑まないと駄目よ」
「きゅーん、ギャロッ……」
シュナッピーは半分不貞腐れながら、プイッと横をむいた。
「大きくなったね、無事に脱皮が完了したんだね」
「ん……ようやく大人の仲間入りできた」
見た目は18歳くらいかな?
右目の下にある泣きボクロがちょっとセクシーな
背の高い美しい少年に成長していた。
でも相変わらずおっとりしたにこにこ笑顔の
可愛らしい白蛇ちゃんにみえた。
「あっ、そうだ美味しい出来立ての卵料理があるけれど
食べて行く?」
「うん!!」
凛桜は、白蛇ちゃんの前にどーんとどんぶりを差し出した。
「ふぁあああ、美味しそう」
「熱いから気をつけてね」
白蛇ちゃんは、スプーンで大きく一口をすくうと
そのままぱくりと食べた。
「…………!!」
そしてそのまま固まった。
「ん?」
複雑な顔をしてもぐもぐしている。
どうしたのかな……
もしかして嫌いな味だったのかしら。
そして白蛇ちゃんは、スプーンを置いた。
言っていいのか駄目なのか葛藤するようなそぶりをみせた後
白蛇ちゃんは、真剣なまなざしで凛桜に告げた。
「凛桜、このプリン甘くない。
作り方間違えた?」
本当に申し訳なさそうにそうきりだした。
「あっ!そういうこと」
凛桜は思わず笑ってしまった。
「凛桜?」
白蛇ちゃんは、状況が分からずに困惑気味だった
「フフフフ……。
これは“茶碗蒸し”という卵料理なの。
プリンじゃないの。
だから甘くないし、ご飯のおかずなのよ。
もっと奥まで食べてみて、たくさん具材が入っているから」
そう言って更に食べ進めるように目で促した。
「茶碗蒸し……」
白蛇ちゃんは、もっと深くスプーンを入れた。
すると海老と銀杏がでてきた。
「ふぉ……」
そしておそるおそるそれを口に運んだ。
「…………!! 美味しい」
そこから堰を切ったように、茶碗蒸しを食べ始めた。
「ヒューナフライシュも入っていて美味しい」
そしてあっという間にどんぶり茶碗蒸しを完食してしまった。
どうやらお気に召したみたいです。
その後も、せがまれて……またオムライスを作って。
ケチャップで大きなハートを描いたりして
2人で楽しい時間を過ごした。
「凛桜、また遊びにくるから」
そういって、凛桜を抱きしめながら甘えるように
凛桜の肩口に顔をうずめてスリスリしていた。
(なんだか大きい猫に甘えられているみたいだな)
凛桜は白い髪をそっと撫でながら微笑んでいた。
(フフッフ……。
嫌な肉食獣のにおいを上書きだ……)
と黒い笑顔を浮かべていたことを凛桜は知らない。