42.囲まれた!?
田舎暮らしを始めて43日目。
これは一体どういう状況なのでしょうか?
もうどうしていいかわからなかったので……
とりあえずにっこりと微笑むしかなかった。
昨日は、あのまま小さな皇帝様を一晩家に泊めた。
何故かおつきの人も迎えにくるどころか探しにも来ないし
そうこうしているうちに、とっぷりと日が暮れてしまった……。
もうこうなったら、ホームステイ感覚で一般庶民の生活を
体験して頂こうと思った。
なので、夕飯は一緒にハンバーグを作った。
とても美味しかったみたいで、おかわりまでしてくれた。
ハンバーグとやらを料理番に習得させねば
とポロっとおっしゃっていたよ……。
宮廷料理にハンバーグが入る日がきちゃうのかもしれません。
その後も、小さな皇帝様にとって驚きの連続のようで
初めて入る家風呂の小ささに戸惑っていたり
蛇口をひねるとお湯が出ることにも驚いていた。
きっとすごく広いお風呂にいつも入っているに違いない。
ライオンの口からお湯がざばーってでるようなやつ?
でも、見るものすべてが新鮮で楽しそうだった。
楽しんで頂けてなによりだ。
少年が着られるような寝巻などないので……
私の比較的大きめなTシャツを着てもらっている。
だぼだぼで、なんか可愛い……。
私がお風呂から戻ると、美少年は
縁側に腰かけて星を見ながら、アイスを頬張っていた。
それだけでも絵になる光景だった。
が、髪から雫が落ちている……。
「もう……
ちゃんと髪を乾かさないと風邪ひいちゃうよ」
急いでバスタオルで少年の髪を拭いてあげた。
すると照れくさそうにぽつりと言った。
「すまん……」
「ん」
凛桜は、そのまま髪を優しくドライヤーで乾かしてあげた。
普段は、魔法で乾かしてもらうとの事だった。
風の魔法なのかしら?
その後は、二人で寝るまでトランプをして遊んだ。
今日は、布団を横に並べて一緒に寝ちゃうもんね。
修学旅行みたいでちょっと楽しい。
枕元と足元にはきなこ達が寛いでいる。
シュナッピーも参加したそうだったが、君はさすがに駄目だ。
きっと今頃は、いつもの定位置でふて寝をしていることだろう。
そろそろ寝ようかという事になり、布団に入り電気を消した。
暗くて見えないはずなのに、真剣な表情をした
美少年と目があった気がした。
「凛桜殿……ありがとう」
心からの感謝の言葉だった。
「こちらこそ、楽しい時間をありがとう」
「余は、今日の事は一生忘れないと思う」
一瞬返答に困った。
いつもなら、また来て一緒にホットケーキ作ろうって
いうだけなのに……。
この方は、きっと2度目はないと
自分でもわかっていると思うから……
嘘でもそんな事は言えない。
「私もだよ、ホットケーキ食べる度に
今日の事を思い出しちゃうかも」
凛桜がわざとおどけてそう言うと息を飲む音がした。
「それは光栄だ……」
小さな皇帝が嬉しそうに目を細めた気がした。
そして今に至る……。
雨戸を開けて、数秒のうちに家中が得体のしれない
近衛騎士団に取り囲まれるって事ある?
しかも、そのすべての武器と視線が自分に
向けられているんだよ。
巨大白蛇さんの時とはまた違う恐怖だから……。
シュナッピーが抵抗したのだろう。
光る網みたいなものでぐるぐる巻きにされて
完全に動きを封じられているようだった。
それでも尚、凛桜の元に来ようと必死にもがいていると
それを槍で突いて静止させようとしている者がいた!
「ちょっとうちの子に乱暴しないでよ!!」
思わず頭来たので!
偉そうな鷹の獣人さんに文句をいったけれど
ガン無視ですか……。
こうなったら一言申してやる!
「いきなり人の家にやってきて、どういうおつもりですか?」
すると、はじめてその鷹の獣人が眉を潜めながら口を開いた。
「お前こそどういうつもりだ?」
ああん?お前だと?
凛桜が反論しようとした時だった。
「凛桜殿、どうしたのだ?」
眠気眼をこすりながら小さな皇帝が、ひょっこりと縁側に
姿を現した。
「皇帝陛下!!
やはりこちらに捕らわれていたのですね!!」
「へっ?」
まさか私、皇帝誘拐罪に問われている感じなのか!?
凛桜は顔面蒼白になった。
「あなたの忠実な僕の“グラディオン”が不届き者を
成敗してあなた様を救うべく参上いたしましたぞ」
そう言って、鷹獣人のおじ様はキラキラした瞳で
小さな皇帝陛下をみつめた。
「…………」
皇帝陛下はそれを軽くスルーして、凛桜に微笑みながら言った。
「おはよう、凛桜殿。
今朝の朝餉は何だ、余はもう腹ペコだ」
声には出さなかったが、そこにいた全員が“えっ?”と
思っただろう。
色々な意味の“えっ”が渦巻いたとでもいうのか。
8割の兵士の方は、“えっ?隊長無視された!?”の“えっ?”
その隊長本人は、純粋に
“えぇぇぇぇぇぇ!!皇帝陛下何故ですか!?”の“えっ?”
私は、もう全ての“えっ?”ですよ……。
「あ、うん……。朝ごはん何にしましょうか……
それより、この方達はどちらさまですか?」
「かまわなくてよい」
そのまま、無視して凛桜の手を引いて台所までくるくらいだ。
「隊長……しっかりしてください」
「隊長、戻ってきてください!!」
何やら中庭から励ます声がいくつも聞こえてくる。
「ねぇ……このままじゃ駄目だよね」
「…………」
皇帝陛下はバツがわるそうに目を逸らした。
「ここまで来るのに何があったのかはわからないけれど
誰かに心配をかけるような事は、やはり間違っていると思うよ」
「凛桜殿……」
「帰ったらちゃんと隊長さんとお話して」
「ん……」
皇帝陛下は、朝食を食べたあと素直に帰る事になった。
凛桜も誤解がとけ、シュナッピーも無事解放された。
「凛桜殿、本当に申し訳ない」
隊長さんはこれでもかというくらい恐縮していた。
「はぁ……」
「ギャロロロロロ!!」
凛桜も怒ってはいたのだが……。
それ以上にシュナッピーの怒りの方が凄まじかった。
このままいくと近衛騎士団を滅ぼしかねない。
だから宥め役に回っていたら自分の怒りの方は
収まってしまった。
負けたことがよっぽど悔しかったのか……
それ以降ノアムさんや騎士団への当たりが強くなったのは
気のせいじゃないはず……。
それに、料理番といわれる方達が近衛騎士団に守られて
ちょくちょく訪ねてくるようになった。
其の度にシュナッピーと一戦交えるのもやめてほしい。
うちのこ一体どこまで強くなるのかしら……。