4.常連さん
おかわりの親子丼を作っている最中の事だった。
きなこ達が激しく吠えている。
しかも玄関前から騒がしい声も聞こえてくる。
「えぇええっ……、こんなところに家がある」
「見たことのない外観をしているな。
本当にここから団長の気配と匂いがするのか?」
「間違いないっス」
「ワンワンワワワワワン!!」
「うわぁ、犬がいる」
「噛むな、怪しいものではない」
「ヴッゥゥゥゥゥ!!」
「…………」
凛桜とクロノスは黙って目をあわせた。
「えっと、お知り合いでしょうか……」
「あ……多分俺の部下だわ」
凛桜は火をとめて、玄関へとむかった。
クロノスもその後をついて行った。
そして現在……。
目の前には親子丼をかき込む男が一人……。
それに何故か、もう二匹増えていた。
もう“匹”呼ばわりしてやる。
「本当にうまいっスね。
オヨコドンでしたっけ?甘辛い味がたまらん!!」
そう言って若い青年の猫獣人も夢中でご飯を頬張っていた。
クロノスの部下で“ノアム”という男だった。
「おやこどんだ!」
その横のガタイのいい男は、熊の獣人だった。
副団長を務めている“カロス”だ。
クロノスのお目付け役らしい。
寡黙な男で、黙ってもくもくと食べていた。
だから、うちは定食屋じゃないって言っているでしょう。
なんでみんな当たり前のようにご飯食べていくかな。
凛桜はもう半笑いしか出てこなかった。
「最近ちょくちょく団長が森の奥に消えるから
不思議に思っていたんスよ」
「だから後をつけたのか」
クロノスは少し不機嫌そうに眉をひそめた。
「何回も撒かれましたが……
ようやく今日は追ってこられたのです。
演習や見回りの度に姿を消されるのは困ります」
カロスが渋い顔をしてクロノスを軽く睨んだ。
「まさか、こんなに旨い飯屋があるなんて知らなかったっス。
独り占めしようなんて、ずるいですよ団長。
あ、おかわりいいっスか?」
猫獣人は人懐っこい笑顔を浮かべると……
そのまま凛桜に丼をつきだした。
「お前、3杯目だろ……。
少しは遠慮しろよ」
クロノスがたしなめると猫獣人は口をとがらせた。
「団長なんか、5杯目じゃないっスか」
「俺はいいんだよ、常連だし……。
食材の提供もしているからな」
そう言ってドヤ顔を決めていた。
一体どんなルールだよ。
全員アウトですから……。
凛桜の冷ややかな視線を感じたのだろう……。
「なんか、団長とうちの馬鹿猫がすみません」
熊獣人のカロスさんは、すまなそうに頭をさげた。
「一応いっておきますが……
うちは定食屋ではありません、ただの民家ですから」
「えぇ!!」
二人は目を剥いた。
「不躾な質問ですが、ご結婚は?」
「していません、独身ですが……」
「それは本当ですか?
団長あなたって人は……」
カロスさんの表情が一気に険しくなる。
背中からゆらりと怒りのオーラまでもが立ち上った。
「えっ?」
森のくまさんの急激な変化に凛桜は驚いた。
「何をかんがえているのですか!
こんな綺麗な独身のお嬢さんが住んでいるお宅に
あなたのような男が頻繁に押しかけて……
ご飯をねだるなんて大問題ですよ!!」
森のくまさんは牙をむいた。
「いや……。
だってな、凛桜さんの飯は本当にうまいんだ。
これを食べると力が湧いてくる気がする。
けっしてやましい気持ちなど……」
クロノスは耳をへにゃりとさげ、バツの悪そうな顔をしていた。
「あなたはこの国の侯爵であり、騎士団長なのですよ。
皆の見本となってもらわなければなりません」
そんな二人の話を黙って聞いていた
ノアムさんがとんでもない事を言い出した。
「じゃあ……
俺達もここに一緒に通えばいいんじゃないっスか。
一人だと世間体が悪いって事ですよね。
皆一緒ならば、ここに通ってきても問題ないっスよね」
「えっ!」
「えっ!」
カロスとクロノスは同時に驚きの声を上げた。
「俺ももっと凛桜さんのご飯が食べたい」
そう言って嬉しそうに獣耳をピコピコさせた。
「だから、うちは定食屋じゃないっていっているでしょう」
凛桜は呆れたように冷たい声で言った。
「この、馬鹿猫……。
凛桜さん、部下が大変軽率で失礼な発言いたしました。
本当に申し訳ございません」
カロスはノアムにきつい拳骨を食らわしたあと
そのまま頭を掴んだまま、凛桜に深々と頭をさげた。
その光景をみて、クロノスもさすがにまずいと思ったのだろう。
「すまない、調子に乗りすぎていたようだ。
今後は節度をもって接したいと思う」
そう言って、神妙な面持ちで頭を下げた。
その後は、カロスがご飯のお礼にと言って
クロノスが持ってきた魔獣の解体をしてくれた。
これで、当分肉には困らないだろう。
みたところ、豚肉に近いようだった。
家の冷蔵庫に入れるのは怖いから……
納屋にある予備の業務用の冷蔵庫にどんと入れた。
ノアムは、庭の畑を耕してくれた。
クロノスは、庭の結界の綻びを修繕してくれているようだった。
一通り作業が終わるころには、日が傾いていた。
「じゃあ、今日は帰るわ」
「騒がしくして申し訳ございませんでした」
「凛桜さん、まったね~」
三人の性格がでているような挨拶だった。
するとクロノスをはじめ三人がソワソワし始めた。
何かを期待するように、こちらをちらちらとみている。
「はい、さようなら」
凛桜はそんな三人にすこぶるいい笑顔で挨拶を返した。
「…………」
三人はがっかりするように全員獣耳が横に折れ
尻尾がシュンと下がった。
(面白いくらいに落ち込むな。
しかたない、今回も渡すか……)
「ちょっと待ってて……」
そう言うと三人は急に満面の笑顔になり
尻尾が激しく左右に振られた。
見えないが、きっとカロスさんの丸い熊尻尾も
ピコピコとふられているに違いない。
「はい、お弁当」
そう言って一人ずつに竹で編んだお弁当箱と水筒を手渡した。
今日のお弁当の中身は三食そぼろご飯だ。
つけあわせには、プチトマトとウィンナーとほうれん草の胡麻和え。
大福もひとつおまけにつけた。
「やったぁぁぁ、これ欲しかったんスよ。
この前団長がみたこともないものを食べていて
もう騎士団内で、大騒ぎになったんスよ」
ノアムは飛び上がらんほどに喜んでいる。
「何から何まで、本当にありがとうございます」
カロスは静かに喜びを噛み締めているのか……
大切そうにお弁当を胸に抱きしめていた。
「ありがとな。
この前の弁当も凄く旨かった。
今回も楽しみだ。
またお礼に旨いもの狩ってくるぜ」
そういって三人は、庭の奥に消えていった。
(餌付けしている気分だわ……)
そんな自分に苦笑してしまう凛桜なのであった。