31.やんちゃにも程がある……
田舎暮らしを始めて34日目の続き。
しばらくその場に項垂れていたが……
クロノスは思い切って、凛桜を訪ねた。
凛桜が朝食の片づけを終えて、一息ついている時だった。
「よぉ……」
クロノスがこれでもかと獣耳を後ろに倒して
バツの悪そうな顔をして、縁側に座った。
「クロノスさん……」
「元気だったか?」
そう言いながらもあからさまに目を逸らした。
「えっと……うん……」
「…………」
クロノスは、ぎこちなく凛桜の顔をみた。
「あ、この前は綺麗なグラスをありがとう」
なんとか場の空気を和らげようと、凛桜は切り出した。
するとようやく凛桜の顔をみて、嬉しそうに微笑んだ。
「気に入ってくれたか」
「はい、とっても」
2人に流れている微妙な空気が少し緩和された時だった。
ふいに中庭の奥から、きなこ達が激しく吠える声が聞こえた。
「えっ?」
しかも、黒豆の悲痛な声も聞こえた。
「キャン……」
これはただ事ではない、まさか何か大きな魔獣でもでたか?
と思い、急いで声がする方向へクロノスさんと駆けつけた。
その現場にたどり着くと……
予想をはるかに超える状況が目の前にひろがっていた。
「これは……」
「うそぉ!! いきなり何で?」
今朝はなんともなかったのに、何が原因かさっぱりわからないが
ぱくぱくパックンフラワーが、ガッツリ開花していた。
大きな角が一本、真ん中にドンとあるから
ノアムさんが教えてくれたように、これはオス株の
ぱくぱくパックンフラワーだ。
しかも、なぜか黒豆達が標的になっており……
2人と熾烈な戦いを繰り広げていた。
そんな異常な光景をみながら、凛桜は遠い目になっていた。
思っていたのとなんか違う……。
フラワーっていうから、もっと花のようなものを
想像していたけれども……。
これはもはや……なんだろう?
バスケットボールくらいの青い球体で……
その頭上に、蛍光ピンクと黒の縞々模様の大きな角が一本。
表部分?顔部分とでも言うのだろうか
そこに大きな強大な目が1つ……
ちなみにまつげは、意外にバサバサついている。
その下に、裂けちゃうんじゃない?
くらいの巨大な口。
その中は、上下にびっしりと鋭い牙が並んでいる。
そうか!
某有名RPGのサイクロプスの頭だけが生えている感じ?
それが一番近いかも。
もはや花じゃないじゃんか!!
「ヴッゥゥゥゥゥ!!」
黒豆が激しく吠えると、ぱくぱくパックンフラワーは
その口から何か液体のようなものを飛ばした。
黒豆がさっとよけると、その後ろにあった木が
その液体を被って溶けた。
「えぇぇぇっ! 今の何……怖っ!怖すぎるんですけど」
もはや凛桜はパニックに陥っていた。
「あれは、ぱくぱくパックンフラワーの攻撃の1つ
“高濃度の酸の液体”だ」
クロノスが渋い顔で告げた。
「カロス達から聞いてはいたが、こいつはかなり
やんちゃな原種だな、ここまでの高濃度の液体を
吐くやつは、初めてみたぞ」
(なんですと!?)
「しかも、こいつまだ開花して間もないだろう。
普通ならば、まだ幼体のようなものだ。
それなのに、この戦闘力の高さ……」
じいちゃん、マジでなにしてくれてんのさ。
制御できるのこの子?
あーあ……
よくみたら、黒豆の尻尾の先が少しハゲているじゃない。
あの酸に当たったのかしら。
許さん!!こやつ、どうしてくれよう。
すると、そこでぱくぱくパックンフラワーは
凛桜達の存在に気がついた。
そして、窺う様にまず凛桜を上から下までみた。
(ヒィィィィ、なんかめちゃくちゃ見られてますけど)
そして、何故かフッと不敵な笑いをされた気がした。
「あっ?」
なんかカチンときたわ。
確実になめくさってる感が伝わってきたよ。
そして、次にクロノスをみた。
「…………」
本能的に自分よりも強い者と悟ったのだろうか……
こうべをたれた。
(なんだって!!
私の時と全然態度がちがうじゃないか)
なんか納得できないまま、凛桜は黒豆達を手当するために
一旦、家へともどることにした。
「周りに影響がないか、確認してから戻るから
凛桜さんは先に戻っていてくれ」
「わかりました」
クロノスは、凛桜たちが完全に見えなくなるのを
確認してから、ぱくぱくパックンフラワーの首根っこを
掴んで、凄んでこう言った。
「……少しでも凛桜さんと黒豆達に何かしてみろ。
容赦はしないぞ。
その時は、一片も残らず灰にするからな」
クロノスの圧倒的な圧に、ぱくぱくパックンフラワーは
カクカクと素直に頷いた。
何処の世界でも弱肉強食なのだ。
「あっ、おかえりなさい。様子はどうでした?」
凛桜は、コーヒーとドーナツをだしながら訪ねた。
「周りの植物には影響がないようだ、安心していい」
ドーナツを頬張りながらしれっとそう言った。
「餌的なものをあげる必要はあるのかな?」
「そうだな、基本魔獣が餌のようなものなのだが
ここは、俺の結界が貼ってあるから……
弱い中級魔獣くらいまでは、入ってこられないからな。
どうするかな……」
クロノスはドーナツを食べる手を止める事はなかったが
思案するように考え込んだ。
「お城では、何をあげているの?」
「詳しくは知らないが、担当の魔術師が配合した
弱い魔力を配合した餌を与えているときいたことがある」
魔王様が言う通り、魔力は必要なのね。
ならば、様子をみて1週間に一回ぐらい、あの魔獣の欠片を
あげてみようかな。
「今日はとりあえず、これをあげてみるか?」
そう言って、クロノスはドーナツを掲げたまま
いい笑顔で微笑んだ。
結果……。
かなり本気でがっついて食べていた……。
ドーナツ気にいったらしい。
挙句の果てにはもっと欲しいと懐いてきた。
お前、最初のあの感じは何処にいった!?
屈服するのが早くないか?
しかもその理由が、ドーナツ欲しいからってどうなのよ?
「この美味しい食べ物を作れるのは、凛桜さんしかいない。
その事をよく心に刻めよ」
クロノスさんはそう言って、ぱくぱくパックンフラワーに
よく言い聞かせていた。
心に刻めって……植物に使う言葉なのかしら。
しかし、ぱくぱくパックンフラワーは真剣に頷いていた。
そして凛桜の顔を見て、ニタリと笑った。
「よかったな、凛桜さん。
こいつ、凛桜さんを完全に味方だと認識したぞ」
怖っ!! 笑顔が怖すぎる!!
思わず凛桜は、後ろに一歩後ずさりをした。
あと……
ぱくぱくパックンフラワーって長くて呼びづらいから
今度から“シュナッピー”と呼ぶことにした。
どこかの国の言葉で、パクっと食べるって意味だったかな。
「名前気に入ったみたいだな。
それに、凛桜さんが名づけ親になったから見てみろ」
クロノスさんに促されて、シュナッピーの角を見ると
なにやら紋章のついた南京錠のようなものが掛かっていた。
「これは、マスターがいる食中魔界植物だという証だ。
野良ではないという証拠だ」
「何故、そのような事が必要なの?」
「強い原種の食中魔界植物は貴重な品物だからだ。
昔は習性もわからなかったから
よく盗難や乱獲が横行していたらしい」
その言葉を聞いてか、シュナッピーは……
俺様は貴重な植物だぞと言わんばかりドヤ顔を決めていた。
そんな様子をみて、凛桜とクロノスは目をあわせて笑った。
「なんか凄い子がきちゃったな」
「番犬がもう1匹増えたと考えればいい」
異世界に来て何故か家族?が増えた模様です。