30.騎士団長はみた!!
田舎暮らしを始めて34日目。
パンの焼けるいい香りがする。
今日の朝食は、焼き立てのクロワッサン。
もちろんジャムも自家製です。
苺ジャムとオレンジマーマレードとハチミツ。
秘密の果樹園で採れた、オレンジと桃とブドウを使った
ミックスジュース。
別にコーヒーと紅茶もご用意しております。
季節のサラダにスモークサーモン……
オムレツにカリカリベーコンとソーセージを添えました。
デザートには、フルーツたっぷりのヨーグルト。
ちょっとお高いホテルの朝食を目指しました。
何故なら死にそうなくらい恐縮した
魔王様が朝の食卓にいらっしゃるからです、はい。
魔王様はあのまま……
一度も目覚めることなく、うちに一泊なさいました。
夜中に何度が、冷えピタを交換して様子をみたり
黒豆達が枕元と足元で温めてくれたりしたのが功を奏したのか
熱はすっかり下がった様子。
しかし恐ろしい事に、うちに来てホットワインを飲んだ
以降の記憶がほとんどないそうです……。
あの口説きモードはやっぱり、熱に浮かされてやってしまった
行動だったみたいです。
やんわりその時の様子をお伝えしたところ……
ところどころ記憶がよみがえったようで。
あの魔王様が、あからさまに目を泳がせ
激しく狼狽えていた。
凛桜が全く気にしていないと告げても
魔王様はますます申し訳なさそうな顔になった。
「本当にすまない……」
「疲れていらっしゃったんですよ。
さぁ、朝食を召し上がってください、気合入れて作ったんですよ」
そう言って凛桜はにっこり微笑んだ。
魔王様は、ガッツリと朝食をすべて平らげた後
コウモリさんが迎えにきて、魔王城へとご帰還された。
その別れ際の事だ。
いつものようにお弁当を渡すと、魔王様も何か懐から
小さい皮袋を取り出した。
「詫びにこれをやろう。
なにやら面白い物が中庭にいるようだな。
そいつにこれを与えてみろ」
凛桜が受け取って、革袋の中身を見てみると
なにやら金平糖のような光る欠片がたくさん入っていた。
「これは何ですか?」
「これか?魔獣の魂の欠片だ」
「えっ?」
「まぁ、ある種……命の欠片といってもいい。
この一粒には、かなり濃縮な魔力がつまっている。
力の弱い生物には、喉から手が出る程欲しい代物だ」
よくわからないが……
かなり貴重なものなのね。
「中庭のものは、かなり気性が激しそうだ。
だからこれを使ってうまく制御するがいい。
アメとムチのアメのようなものだ」
やっぱり、あの食中魔界植物は暴れん坊決定か……。
そんな気がしたんだよね。
凛桜は中庭の植物に思いを馳せた。
と、その時急に、魔王様が凛桜を優しく引き寄せた。
「…………!!」
「熱に浮かされていたとはいえ……
凛桜を気に言っているのは、本当の事だ」
そう耳元に魅惑の低音ヴォイスで囁いた。
「魔王様……」
凛桜はどうこたえていいかわからず、赤面するばかりだった。
「ではな、一宿一飯の恩義は忘れない。
何か困ったことがあったら、必ず力になろう。
世話になった……また来る」
魔王様はそう一言いうと、姿を消した。
本当に心臓に悪い人だな……。
凛桜は、魔王様がいなくなった空間をみつめて
また更に頬を染めていた。
凛桜は気がついていなかったが……
その一部始終を陰から見ていたものがいた!!
言わずと知れた騎士団長様だ。
凛桜の顔がひと目見たくて、朝早くからやってきたのが運の尽き。
とんでもない場面に遭遇してしまったのだ。
(あの男が魔王か!!
凛桜さんの家に一泊しただと!!)
まさかの事実に動揺を隠しきれなかった。
目を大きく開けて、何度もその光景をみて瞬きをした。
そして、信じられないくらい右往左往していた。
しかもあの男!!
クロノスは牙を剥きだして、唸り声をあげた。
別れ際、かなりのドヤ顔でこちらをみていたな。
勝ち誇った顔とでもいうのだろうか。
完全に俺を挑発していたのが、更にきにくわん!!
まさか裏でそんな事が行われていたとは露知らず
凛桜は、楽しそうに黒豆達と遊んでいた。
(凛桜さん……あの男と……)
嫌な想像をして、ますます萎れる騎士団長なのであった。
一方、魔王様側は……
「キュ……」
コウモリさんが呆れたような声をあげた。
「ククククク……
あの男の顔をみたか?
あれが1000体の魔獣を震え上がらせたという
天下の騎士団長様だぞ」
「キュュッ……」
本当にこの人はと言わんばかり、ため息をついた。
「多少波風がある方が、恋はもえるものだ」
「キュ!!」
「そう怒るな、今度からは手加減する」
そう言って楽しそうに目を細めた。