26.まいど!
田舎暮らしを始めて29日目。
凛桜は何となくすっきりしない気持ちを抱えていた。
クロノスさん……
私が作るご飯だけが目的だったんだ……。
あんなにも身を削って行方を捜してくれていた
オチがそれですか……。
どうしてこんなにも残念な気持ちになるのだろう。
だからと言って自分がクロノスさんに対して
恋愛感情を持っているかと聞かれたら
正直微妙なところだった。
(うー、考えるとドツボに嵌まりそうだから
こんな時は料理をすることに限るわよね)
凛桜は冷蔵庫の中を覗くと、ふとある食材が目に入った。
よし!あれを作ろう。
「通常は砂糖を使う事が多いけれど……
私はあえて黒糖を使いたい。
気持ちハチミツをいれるのもありよね。
それから、醬油でしょ、みりんと塩も入れて……」
油揚げは熱湯をかけて油抜きをする。
あとは油揚げをまな板の上で、ひたすら菜箸でのばす。
その後、油揚げを半分に切って口をあける。
最初の頃はなかなかコツがつかめなくて
かなりの枚数を破いたわ……。
「あとは先ほどの煮汁に油揚げを入れて中火で煮る」
地味な事なんだけれども……
油揚げはぐしゃぐしゃにならないように、きっちりと綺麗に
重ねて煮ると後で楽なのよね。
「おっ、いい具合にぐつぐついってきたから弱火にして
更に10分くらいかな」
今度は油揚げを裏返しにして更に煮るのだけど
ここがまた第2の試練……。
破かないようにそっと裏返すべし!
後は煮汁が少し残るくらい煮詰めて、冷ませば
出来上がりです。
次は中身のすし飯を作ろう。
シンプルにごまだけでも美味しいのだけど
今日の中身は五目にしようかな。
凛桜は、ごぼうと人参と蓮根としいたけをきって
だし汁で煮込み始めた。
「よし、あとはすし飯に具材をすべて入れて混ぜ合わせるだけ。
ちりめんも入れようかな……」
すべての準備が終わったので、凛桜が油揚げの中に
せっせとご飯をつめている時にその男は現れた。
「ワンワン!!」
黒豆達の嬉しそうな声が聞こえる。
威嚇した声ではないという事は知り合いだ……。
凛桜は一瞬ドキッとした。
(えっ……昨日の今日でまさか来ちゃう?
クロノスさんだったらどうしよう……心の準備が)
などと思いながらも何故かその場から動けず
お稲荷さんを作り続けていた。
そこに……
「まいど~。
ブルームーンさんおらへんの?」
その男はそう言って縁側に腰をおろした。
黒豆達は嬉しそうにその男に飛びついてじゃれている。
(えっ?誰……)
手は動かしたまま、顔だけ縁側へとむけると黄金がみえた。
どうやらキツネ獣人の青年のようだ。
何やら背中には大きな箱のようなものを背負っており
それを縁側に下ろしながらきなこ達を優しく撫でていた。
「元気にしとったか?
きなこ……少し肥えたんとちゃうん?」
そう言いながらきなこの頬肉を軽く引っ張っている。
(関西弁のキツネ獣人……)
歳は30歳前後だろうか……
切れ長で金色の瞳をした華やかな雰囲気の男だった。
頭上には、黄金の獣耳がピンと立っておりピアスがついている!
背後にはふっさふさの尻尾が揺れていた。
思わずお稲荷さんを作る手が止まってしまった。
(クロノスさんとは正反対のシュッとしたイケメン
確実に戦闘系の方ではないな……)
知らぬ間に、穴があくほど見つめてしまっていたのだろう。
凛桜の存在に気がついた男が微笑みながら言った。
「ん?
初めてお目にかかるかたやね……。まいど!
お嬢さん……ブルームーンさんの知り合いか?」
(またじいちゃんの知り合いか!!
しかもブルームーン繋がり!!)
「あ……はい。孫の凛桜と申します。
えっと……失礼ですがどちらさまでしょうか?」
「わいか……。
わいはキツネ便をやらしてもろてる“ルナルド”や。
お孫さんやったんやね。
今後ともよろしゅうお願いします」
ウィンクをしながら軽く手をふってきた。
(ちゃらい……派手な外見を裏切らないちゃらさ)
「ええっと……ルナルドさん……
キツネ便ですか……」
「そうや。
ブルームーンさんに頼まれとった品物を届けにきたついでに
最新号のカタログを渡しに来たんやけど……
留守みたいねんな」
そう言ってなにやら箱のようなものと一緒に
電話帳くらいのカタログを縁側に置いた。
「お嬢さんが代わりに受け取ってくれるか?」
凛桜は困ったように眉尻をさげた。
そして一度口を開きかけて何かを言おうとしたが、また閉じた。
そんな挙動不審の凛桜の態度に何か異変を悟ったのだろう。
キツネ獣人の男は神妙な顔で言った。
「何ぞあったんか?」
「…………」
凛桜はやがて絞り出すように言った。
「祖父は先日亡くなりました……」
「なんやって!
まさか……そんな……嘘やろう……。
この前会うた時はピンピンしとったで!」
まさかの事実に面食らっていたが
やがてルナルドは残念そうに目をふせた。
「残念や……。
わいは間に合わんかったんやな……」
ルナルドは、箱をみつめながらポツリと呟いた。
「それは祖父が注文した商品なのですか?」
「そうや……。
ブルームーンさんが楽しみにしとった商品や。
少し特殊なもんでな、手に入れるのに時間がかかってしもた。
堪忍な……。
すまへんけど、返品はできんのや。
お嬢さんが受け取ってくれへん?」
(じいちゃん何を注文したの?
ちょっと受け取るのが怖いんだけど……
異世界のカタログ通販って何が売っているの!?)
「…………それは構いませんが。
支払いはどうなっているのでしょうか」
「せやせや、これは着払いやった。
変わりに払ってくれまっか?」
手でお金の形を作ったキツネ獣人青年の金の瞳が怪しく光った。
(どうしよう……
この国の通貨なんてもってないし……)
「いくらなんでしょうか」
「お金やない……。
わいらはいつもお互いの物を交換しとってん」
「物々交換ですか?
因みにこの商品に見合うものはどんなものでしょう?」
凛桜がおそるおそる聞くと、ルナルドはいい笑顔で答えた。
「せやな……。
お嬢さんが今しがた作っていた“お稲荷さん”
20個っちゅうところかな」
(キツネだから油揚げ好きなのかな?
ベタすぎやしませんか?)
「食べ物でもいいのですか?
素人が作ったものですよ?」
凛桜が目を見開いていると更に男は続けた。
「欲を言えば……
〇ッキーを5箱くれへんか?
あれ、俺、大好きやねん」
「んん?えっ?〇ッキーって……
あの細い棒状にチョコレートのかかった
お菓子の〇ッキーですか?」
「そうやで。
ブルームーンさんから前にもろうてから
とりこになりましてん」
恥ずかしそうにルナルドは頬をかいた。
(じいちゃん!!
何と交換してんのよ!いいのか別世界の物だぞ!
それよりも異世界でも大人気の〇ッキーって一体……
最強お菓子かよ)
「わかりました。
じゃあ“お稲荷さん”20個+〇ッキー5箱でお願いいたします」
「まいど!おおきに!」
ルナルドは商売人らしくとびきりに愛想よく微笑んだ。
無事に物々交換が終了すると、また箱を背負って
黒豆達を撫でながら言った。
「ほな、またな。
何か欲しい物があったら言うたってや。
カタログの後ろについとる申込用紙に書いて飛ばしてや。
ほしたら、わいに届くから」
そう言い残してルナルドさんは、庭の奥へと消えていった。
異世界でも浪速のあきんどがやってきた。
カタログは後でゆっくりとみようかな……。
そう思いながら残りの稲荷ずしをパクリと一口食べた。
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※関西弁に関しまして、おかしな言い回しの箇所が
あるかもしれませんが、架空世界の物語という事で
あたたかい目で読んで頂けたら幸いです。