223.元気そうでなによりです……
田舎暮らしを始めて189日目。
「と、いう事がありまして……」
昨日あった出来事をなるべく簡潔にまとめて
クロノスさんに報告していると縁側から声がかかった。
「何か厄介ごとかな?
聞き分けのない子なら僕がおしおきしようか?」
そう言って天使の微笑みを浮かべているのは
アルカード様だ。
右手には紅茶のティーカップ……
左手は優しくきなこを撫でている。
因みに今日のお菓子はダイヤモンドクッキー
もといディアマンクッキーだ。
素朴な味ながら美味しいのよね~。
クッキーの周りについているお砂糖のジャリジャリが
またいいアクセントを出しているのよ。
材料もバター・粉糖・卵黄・塩と至ってシンプル。
ここにココアをいれてもいいし
抹茶を入れてもうまい!
アレンジレシピは無限大の優れもの!
たくさん作っておけば冷凍もできるし
とても作りやすいクッキーなのだ。
残った卵白はメレンゲにしました。
ちょうどいちごパウダーが戸棚の奥から見つかったので
いちご風味のメレンゲも作ってみました。
他にもマンゴー味とかパイナップル味……
ライチ味とかも店で売っていたよ。
本当に凄い時代になったねぇ~。
って、そういう事じゃない!!
アルカード様って陛下と同じ天使属性のはずなのに
何故かコアの部分は悪魔属性なんだよね。
外見と行動と発言がここまで一致しない人って珍しいよ。
あのヤンチャでお馴染みのシュナッピーが
借りてきた猫みたく大人しくしているからね。
アルカード様が中庭に降臨した瞬間は
一瞬戦闘モードの構えをしたんだけど……。
「やあ、おはよう……。
君がシュナッピーだね。
噂はかねがね聞いているよ……フフフ」
と、優しい声で顔を撫でられた瞬間に土下座ばりに
頭を低くして敬意を表したからね。
陛下の時と同じくらい頭をさげていたよ、うん。
よっぽど怖かったと見える。
そんなアルカード様と対照的にカトレア様は
「アル……いつも物事は穏便にと言っているだろう」
はい、お母様のカトレア様も通常運転です。
この方はかなり凛々しい迫力美人さんで豪快な見た目な方
なのだけれども……実は穏健派だ。
「レア、僕だってそうしたいよ。
でも穏便にできない時だってあるだろう。
欲しいものは全力で取りに行かないと」
「しかしだな~」
カトレア様に怒られてちょっぴり拗ねモードで
反論するアルカード様。
本当に正反対のご夫婦だがお似合いだ。
お互いに持ってない部分に惹かれ尚且つおぎあって
生きてきたのだろう。
なんかこういう関係も素敵な気がする。
「すまない凛桜さん……
強引におしかけた上に騒がしい両親で」
目の前でティーカップをぎゅっと両手で包み込むように
握りながらクロノスさんは困り顔をしていた。
「いやいや……。
アルカード様があんなにも回復して本当に良かったです」
「そうなんだが……」
まだ縁側できなこ達を巻き込んでやいのやいの
言っているアルカード様を見ながら私は心底ホッとしていた。
あのあとクロノスさん達は3人で話し合い……
私の渡した巨大白蛇さんの鱗入りのトゥールコのスープを
飲むことにしたらしい。
そのお陰か身体の方はすっかりとよくなり!
呪いを解く幻の秘伝薬のシュタルクの第一弾も完成し
飲んでみたとのことだった。
以外にもフルーティーな味だったんだって。
あの材料で!?
麺つゆ入っているのにぃ?
どの素材がそうさせたのさ。
魔王城の苔ってフルーティーなの!?
ツッコミ処万歳なんだけど!
最適な配合がまだ見つからない為に……
完全に呪いが消えた訳じゃないのだが恐らく50%くらいは
消えたのではないかと推測されるんだって。
半分も解けたなんて御の字じゃない。
後はアイオーン家のお抱え研究チームがこれからも
ベストの配合を調べながら治療を進めるんだって。
あ、もちろん陛下にも結果は報告済みとの事です。
なのでそのお礼を兼ねて家に来てくれたんだけれども
またもや見たこともない貴重な品々が荷馬車につまれて
山積みになっているのは見なかった事にしたい。
ありがたいのだけれども調理と保存に困るのだよ!
異世界の食べ物ってサイケな色や形が多いのよ。
自分の世界のナマコやホヤ的なものでも一瞬ギョっとして
口に入れる事を躊躇するのにさあ。
それを軽く凌駕する見た目なんだよね~。
「それで凛桜さんはどうするつもりなんだい?」
アルカード様が真剣な瞳でそう問うてきた。
「難しい事だとは思いますが……
まずは話し合いをしたいと思っています。
武力やお金で解決するという手もありますが……
まずは話あえないかと」
「話してわかる様な相手なのかい?
身の危険はないのかな?」
「どうでしょうか……。
とりあえず交渉のテーブルにはついてくれる
約束はとりつけたんですが」
「父上、俺がついていくからには
凛桜さんには指一本も触れさせません」
クロノスさんがそうきっぱりと言ってくれました。
「そこはあたりまえの前提じゃない。
それ以外に何か作戦はあるの?」
相変わらず手厳しいカトレア様。
「まず相手の条件を聞きつつこちらの条件も提示します。
相手の内容にもよりますが……
最初から弱気で譲歩するつもりはありません」
「その辺りは君よりノアムくんだっけ?
あの子の方が得意そうだね」
そう言ってアルカード様はこくりと紅茶を一口飲んだ。
「そうね……
カロスくんも冷静に状況を分析できそうだし。
本当はルーくんにも来てほしいところだけど」
ル、ルーくん!?
「俺がいるのであいつは必要ありません」
クロノスさんが心底嫌そうにそう言った。
「フフフフ……相変わらず中が悪いのねあなた達」
そう言ってカトレア様は苦笑した。
「君とルナルドくんは水と油だからね」
アルカード様も困ったように眉尻を下げた。
ルーくんってルナルドさんの事だったんだ。
そういえば親戚的な事をいっていたな。
ルーくんって呼ばれているんだぁ……。
「相手はフリーゲントープだったよね」
「はい、そうです」
「やつらは意外に狡猾なんだよ。
それに一度でも敵認識されたら容赦ない種族だし
心配しかないよ……
僕は彼らの性質をよく知っているからね」
そう言ってアルカード様は瞳を閉じた。
えっ?そうなの。
ボルガさんのお陰なのかフレンドリーなイメージしかない。
と、急に
「旦那……随分酷い言いようじゃねぇか」
えっ?
縁側の下の方からドスの聞いた声が聞こえて来た。
このフォルムは……
「ボルガさん!」
「よお、嬢ちゃん、騎士団長のあんちゃん!
久しぶりだな。
駆けつけ一杯“黒龍”くれや」
そう言ってボルガさんが縁側に上がってきた。
「フ……フリーゲントープだと……」
流石にアルカード様も固まっていた。
「あんたがあんちゃんの親父かい。
じじいにはあんまり似てねぇんだな」
そう言って上から下まで舐め回すようにアルカード様を見た。
「爺様と何度か戦った事があるようですよ。
あ、こちらはフリーゲントープのボスのボルガ殿です」
そう言ってクロノスさんが両親に紹介した。
「父上と戦ったのかい!?」
アルカード様は目を白黒させてボルガさんをみていた。
「ほう……それは面白い」
カトレア様は何故か興奮していた。
「おお、こっちがかあちゃんか。
いい目をしてるな、嫌いじゃないぜ」
そう言ってドヤ顔を決めるボルガさん。
「フフフ……光栄だ。
あと20年若かったら一戦お願いしたい所でしたわ」
「ハハハハ……そいつはいい。
あんたみたいなイイ女とやりあえるなんて男冥利につきるぜ」
同じ戦闘種族だからだろうか……
なぜか意気投合しているし。
それをみたアルカード様の背中からどす黒いオーラが
漂ってきているのは気のせいじゃないはず……。
僕の目の前でカトレアを口説くなんて
死にたいのかい?
という恐ろしい言葉がまるで聞こえて来るようです、はい。
「あ、アルカード様!!
こちらのボルガさんのとりなしで“ヌワール”が
手に入ったんですよ」
そう凛桜が言うと一瞬悔しそうにグッと息を飲んでから
シュッと黒いオーラを引っ込めた。
「ボルガ殿……
その節はありがとうございました。
このアルカード・アイオーンはこの御恩を忘れません」
そういってカトレア様と一緒にボルガさんに
深く頭を下げた。
「あ、まあ……成り行きじょうそうなった次第だ。
それに嬢ちゃんと騎士団長のあんちゃんにあそこまで
頭を下げられたら俺も応えねぇわけにもいかねぇしよ」
そう言って照れくさそうにボルガさんは頭を掻いた。
「ボルガさん……」
「で、それでだな。
ヌワールのお礼といっちゃぁなんだが……。
ちょうど騎士団長のあんちゃんの両親もいるから
話が早ぇから言うんだけどな……
あんたの所の温室に住んでいるフリーゲントープの坊主を
うちの5番目の娘の婿にくれないか?」
「「「「はい?」」」」
ボルガさんのあまりの藪から棒の発言に私達は首を傾げた。
ボルガさんにからすみとこのわたをつまみにだしながら
話をきくと……。
なんでもある地下の街道でボルガさんの娘さんが
荒くれ魔昆虫に襲われている時にあるフリーゲントープの
若い青年が颯爽と現れて助けてくれたらしい。
その青年は名前も告げずに去ってしまったらしいんだけど
その日から娘さんは恋こがれて夜も眠れないんだって。
青春だね。
そしてあらゆる伝手を伝い探し出したところ……
どうやらそのフリーゲントープの青年は
クロノスさんのお家の温室に住んでいる事がわかったんだって。
えっ?そんな偶然があるんだ。
「えっ?
うちの温室にフリーゲントープが住んでいるのですか?」
クロノスさんも知らなかったようでびっくりしていたよ。
「そういえば……。
たまに見かけたことがあったな。
が、あれがフリーゲントープだとは思わなかったわ」
カトレア様もなんとなくしか把握していないようだった。
「ああ、ファルコのことだね」
「「「ファルコ!?」」」
どうやらアルカード様はご存じの様子。
「あいつは僕が鍛えたからね」
ええええええええっ!
フリーゲントープを鍛えたんかい!
やっぱりアルカード様はただ物じゃない。
「だから言ったじゃないか。
フリーゲントープには詳しいよって」
「…………」
なんでも……
戦闘に敗れたのか傷ついて瀕死のフリーゲントープが
温室に落ちていたのが半年前の事だったそう。
「初めて会った時は虫の息だったよファルコは
そんな状況のくせにぎらついた目で僕にこう言ったんだ。
“やんのかコラァ、〇すぞ”、ってね」
ふぁああ……壮絶!
いや、アルカード様……
笑顔で語る話じゃないですよ、それ。
「でもね、僕はその目を見たとき思ったんだ。
こんな状況でも死を諦めない姿に感動したんだ。
その時の僕は既に人生を諦めかけてからね」
「アル……」
カトレア様痛ましそうな表情でアルカード様の手を握った。
「だから彼にいったんだ。
“気に入った僕の家の者にならないか”って」
はい?
「フッフフ……
彼も今の凛桜さんのような顔をしていたよ」
あ、はい……
なんか思っていたのと違う感じだったものですから。
「今から最大級の回復魔法を掛けて命を助けるから
その代わり僕に何かあった時は最愛の妻を
守ってほしいと言ったんだ」
ふぁああああああ!!
愛が深い……というよりか重い!!
「そうしたらファルコは一瞬驚いた顔をした後に
“お前馬鹿か、そんな事をして
俺が約束を守らないやつだったらどうするんだ“って
真顔で言ったんだよね」
まあ、そういう事もあるよね。
「だから更に言ったんだ。
その時はレアの為に僕の全力を使って君を滅ぼすよって」
んんんんんんんん!!
やっぱりアルカード様のカトレア様に対しての愛が怖い。
やだぁああアルったら、もう馬鹿~。
愛しているよ、僕のレア……。
くらいのいちゃつきが目の前で繰り広げられております。
その発言を聞いてあのボルガさんがドン引きしております。
クロノスさんに至っては目が死んでおります。
「お前の親父さん、そうとうヤバいな」
「なんかすみません」
「お、おう……」
「で、どこまで話したかな」
「あ~とにかくだ。
段取りだけ作ってくれねぇか。
こういうことは無理強いはしたくねぇ。
もしそのファルコがうちの娘が嫌だっていうならば
無理に番わせたりはしねぇから」
「わかりました。
ファルコに話をしてみます」
「ありがてぇ」
そういってボルガさんはからすみを頬張った後に
今度はくるりと凛桜達の方へ向き直った。
「で、嬢ちゃん、騎士団のあんちゃん。
なんだかうちのものが迷惑をかけているみたいだな」
えっ?何かあったっけ……?
しばし考えた後にようやく発言の意味がわかった。
「ん?あ~もしかしてドドンガさんの事?」
ボルガさんは申し訳なさそうにこくりと頷いた。
「随分昔に家を飛び出したっきりで……
風の噂ではなんとか生きている事は確認していたんだが
まさかあんな事になっているとは知らなかったぜ。
すまねぇ……」
「いや、ボルガさんが謝る事じゃないし。
それに最初に仕掛けたのは悪徳獣人さんの方だし」
「まあ、そうだが今は嬢ちゃんに迷惑をかけてんだろ
俺が話をつけようか?」
「いや、余計にこじれそうだから……
気持ちだけ受け取っておくわ」
「甘ったれで育ててきちまったからそのな……」
珍しくボルガさんの歯切れが悪い。
「どうしようもなくなったら相談するかもだけど」
「おう……根は悪い奴じゃないんだ」
そういって切なそうに微笑んだ。
本当は仲直りしたいんだろうな。
一度こじれちゃうとお互いになかなか素直に
なれない事ってあるよね。
何かを思い出しているのだろう……
珍しく哀愁漂わせてボルガさんが手酌酒を飲んでいた。
「…………」
ひとまずノアムさん達も交えて作戦会議しないとな。
ルナルドさん達も会議には参加してもらおうと思っているから
クロノスさんと衝突しないといいんだけど。
はあ、問題山積だわ。
そんな事を思いながら黄昏ているとそっとカトレア様が
横に座ってきた。
「気を追う事はないのよ。
あなたが思う道をすすみなさい」
「カトレア様……」
「失敗したっていいじゃない。
人生は1度きりだもの。
色々挑戦すればいいのよ」
「そうですね」
「それにあなたにはクロノスがついているわ。
不器用な子だけれども……
必ずあなたの味方になってくれるわ」
「ええ、それは感じています。
クロノスさんはとても芯が強く優しい方です。
私達はいつも助けられています。
そして私もクロノスさんを信じています」
「そう……よかった。
あのこにも心安らぐ場所が見つかったのね」
「えっ?」
「ありがとう凛桜さん」
「はい……」
カトレア様の言葉の意味がその時はわからなかったけれど
きっとクロノスさんは苦労の道を歩いてきたのだろう。
生まれたときから侯爵家の跡取りとして生まれたのだから
相当のプレッシャーだろう。
出生や親は選ぶことはできないから……。
その道を行くしかない。
優秀が故に……
出来て当たり前を求められていたのかもしれない。
だからそんなクロノスさんがここに来て少しでも
安らいでくれていたらいいな。
そんな事を思った昼下がりだった。
が、
「リオ~!!
ドーナツチョウダイ!
チャピィモキタ」
「えっ!?」
中庭に眩いメタリックブルーが降臨。
「おう、お前も賑やかさに誘われちまったか」
「「ポラット……」」
まさかの幻の魔昆虫の登場にアルカード様達は
手に持っていたカステラを落とした。
「一体どうなっているんだこの庭は」
ですよね~。
私が一番そう思っています。
「ドーナツ!ドーナツ!」
「ワッワン!!ワワンッ!」
「♪~♪♪~♪♪~♪~~」
よくわからんがドーナツをくれいの合唱を
されている事だけはわかる。
ご両親まで楽しそうにドーナツコールをするのは
やめていただけないでしょうか……。
「揚げてきます……」
頼むからグリュック達よ来ないでね。
と、心の底から祈ったわ。
これ以上中庭がカオスになるのは避けたい。
と、思ったのがいけなかったのだろうか
きやがりましたよ、はい。
流石のアルカード様達も目が点になっていたよ。
「いやはや、うちの息子はとんでもない子を
番に選んでしまったようだね」
「何をいっているアル!
流石私達の息子じゃないか。
いいか、クロノス……
何があっても凛桜さんを手放すんじゃないわよ」
「は……はあ」
「「声が小さい!!」」
「はい!!」
え、もう一体なんなのこれ?
死ぬほどドーナツを揚げながら目が死んでいくのを
止められなかったわ……えぇ。
とりあえず皆一回落ち着こうか!
そして心の中に“遠慮”という文字を刻めや!
そう思った1日でした。




