221.大量ゲットだぜ!
田舎暮らしを始めて188日目の続き。
カシャンと何かが外れる金属音が響いた。
続いて緊張のあまり誰かの喉がゴクンとなり……
キィィイイイイと蝶番が軋む音がして扉は開かれた。
中は薄暗くてよくみえないけれど……
6畳くらいほどの小部屋のようだった。
素材搬入の為のバックヤードか何かに使われていたのかな?
大きな棚と小さなテーブルと椅子が1つ置いてあった。
「案外きれいなんやな」
ルナルドさんが辺りを見回しながら呟いた。
「そうですね……
もっとこう……蜘蛛の巣が至る所に張っていたり
カビ臭かったりするのかと思いました」
私も要約薄暗さに目が慣れてきて
さらに部屋の様子がはっきりと見えてきたので
思った以上にこざっぱりした状況に少し拍子抜けして
いたのも事実だ。
「定期的に管理会社の方が清掃を行っていたのでしょうか」
ハリスさんが壁を人差し指でツイっとなぞりながらそう答えた。
と、やはり埃は溜まっていたようで……
少し眉を顰めながらフッと指先に着いた埃を払い落とした。
「いや、あの様子じゃかなりの期間ほったらかしの気がするで」
「そうですよね……
1秒たりともここにいたくないって様子だったし」
先程の不動産屋さんの尋常じゃない怯え方を思い出し苦笑した。
「そうなると逆にここまでの綺麗さに恐怖を覚えますね」
「「…………」」
いや、ハリスさんや……
真顔でそんな怖い事言わないでよ。
「とりあえずまだ動力は動いてないようやから
即席で明かりをつけよか」
そう言うとルナルドさんは軽く呪文のようなものを唱えた。
すると小さな綿毛のようなものがいくつも空中に出現し
一気に部屋の中が明るくなった。
「うぁわ……フワフワで可愛いですね」
その光のフワフワの物体が挨拶するかのように踊りながら
何体かが凛桜の周りを舞い始めた。
「光の妖精さん達なんやで」
「妖精さんなんだ」
「キューキューワ……」
コウモリさんはちょっぴり顔が引きつっていた。
闇属性VS光属性だもんな……
大丈夫かしら。
今の所お互いに微妙な距離感を保っている事は確かだ。
「代々……
アルヴェーン家と契約を結んでいる妖精の1つです」
ハリスさんが誇らしげにそう答えた。
へぇえええ~。
やっぱり凄いな貴族って……。
妖精さんと契約なんか結べるんだ!
「いや、うちなんかたいしたことあらへんで。
それこそクロノス閣下達の方がもっとエグイもんと
契約を結んでいるんやないかな」
えっ!?そなの……。
まさかぁ~と思ったが不意にクロノスさんのお父上の
アルカード様の顔が過った。
うん、ありよりのありだな。
なんか凄い奴と契約してそう。
あの儚げな微笑の後ろに何か巨大な悪魔のような影が浮かんだので
慌てて頭をふってその残像をうち消した。
私達はそのままその部屋を突っ切って隣の部屋へと移動した。
「お、ここは結構な広さがありますね」
「そやな……部屋の形状からしてみると
ここはおそらく調理場だったところやな」
「そうですね、魔晄炉の回路が壁に見て取れますし
おそらくここには大型製氷保管器が置かれていたのでしょう。
氷床の跡が見て取れます」
ふむふむ……
よくはわからないけれど恐らくコンロと大型冷蔵庫が
設置されていたという事かな?
「水回りも比較的にきれいやな……。
この様子だとほんまに誰かがちょくちょく使っていそうやな」
「「えっ!?」」
「キューワ」
ルナルドさんまで怖いこと言わないで。
「そうですね水源回路は生きているようですし」
「…………」
その発言に私とルナルドさんは思わず顔を見合わせた。
え、やだ、誰かが勝手に住んでいたりする?
「ありがたいというべきなのでしょうか……
軽く浄化をすればこのまま直ぐに使えそうですね」
ハリスさんも若干顔を引きつらせながらそう答えた。
「マジか……」
いや、うん、確かにありがたいけれど
めちゃくちゃ怖いんですけどぉ!!
かなりの期間放置されていたビルだって言っていたよね!?
またもや微妙な空気になりながら次の部屋へと移動した。
「おおおお」
思わず声が出てしまった。
次の部屋はかなり大きな部屋だった。
20畳くらいはあるのかな?
部屋の真ん中の天井には何故か煌びやかなシャンデリアが
ど~んと存在感を放っていた。
何故にシャンデリア?
前のお店って何だったんだろう?
かなり精巧な作りの物なので恐らく名工が作った物だろう。
そんな事を思いながらふと横の2人をみると
身体を震わせているじゃなぁい?
「こんなところでお目にかかれるとはな」
「そうですね……。
まだこんなにも現状を保って残っている作品なんかが
あるなんて……奇跡です」
ルナルドさん達は口をポカンとあけながら
シャンデリアに釘付けだ。
「これって名工の品だったりします」
恐る恐る聞いてみると……。
「年代はざっくりとしかわからんのやけど
このクリスタルの透明度といい……
細工といい……
恐らくジョルジャーニの作品やないかと思うんや」
「私もそう思います。
このカルジュアリカットをここまで際立させる事が
できる方はそうそういません」
ハリスさんも興奮のあまり目がバキバキだ。
「あ……えーっと……
これはそのまま使用した方がいいですかね」
「もちろんや、外すなんてもっての他やで。
もしいらんのならわいが買い取らせて頂くのもありやけど」
そうなんだ……。
2人がそこまで言うのならものすごい価値がある作品なんだね。
「まあ、ちょっと内装の時にもう1度考えてみるね」
と、急にコウモリさんが鳴いた。
「キューキューワ、キュワッフ」
「ええええええええっ!!」
「そんなにあるのですか?」
「キュワッフ、キューワ」
「とんでもない御仁にお仕えなんですね」
「キュキューワ」
「どちらにお住まいなんですか?
見せて頂くことは可能でしょうか」
物凄く鼻息を荒くしてハリスさんがコウモリさんに
詰め寄ってきている。
と、ルナルドさんチェックが入った。
「ハリス、そこまでや」
「でも……」
「…………」
ルナルドさんの片眉がぴくっと上がったかと思ったら
圧倒的な拒否の力がハリスさんの上に注がれた。
「あかんよ……」
顔は穏やかな笑顔だったが絶対的なNOだ。
「は、はい……もうしわけございません」
「ジョルさんもすまへんな。
ハリスは装飾品に目がないんや、堪忍してや」
「キューキュワ」
コウモリさんはさほど気にしてない様子だった。
後々わかったのだが……
どうやら魔王城のシャンデリアやランプなどはすべて
ジョルジャーニさんの作品らしい。(コウモリさん談)
えっ?マジか……ヤバくない……。
そこでふと疑問に思ったんだけど……
なんでジョルジャーニさんが魔王城に入れるのか?
まさか魔王様がわざわざ下界に行って魔王城の装飾を
職人に頼むわけもないし。
そう考えるとジョルジャーニさんはおそらく魔族なんだろう。
もしくは魔族と獣人のハーフなのかもしれない。
なのでふらっと下界に現れて気まぐれに貴族の依頼を
受けていたのでいくつか作品が残ったとも考えられる。
巷では幻の職人と言われて素性がわからず
ましてやほとんどの人がその事実を知らないのだろう。
が、きっとルナルドさんはその事実を知っている側なんだよね。
と、いう事はもちろんコウモリさんの素性も……。
そう思っていると不意にルナルドさんと目があった。
するとハリスさんに気付かれないようにそっと自分の唇に
人差し指をあててシーッというゼスチャーをしながら
軽くウィンクをかましてきた。
いやぁああああああああ!!
イケメンって怖い。
ただただ首を高速で縦にふるしかなかったわよ。
はい、私は何も知りません。
この秘密は墓場まで持っていく所存であります!
んん、んんんんん。
落ち着け凛桜、深呼吸よ。
ふー、よし、現実に戻ろう。
恐らくここが店舗になる部屋になるだろう。
今は何も物がないのでがらんとしているが
今からどういうレイアウトにしようかウキウキしちゃうわ。
イートインスペースは作る予定はないけれど
お貴族様専用待合室的な個室はいるかもね。
そして再びキッチンへと戻り……
先程とは反対の扉を開けると小さな踊り場に出た。
上に続く階段と下に続く階段とがあった。
「ど、どちらに行きます?」
「そやな~」
気のせいだろうか……
何故か地下からオドロオドロしい雰囲気が漂ってくる。
このままコキュートスか何かに続いていますかこの階段?
くらい真っ暗だし妖しいんだけどぉ……。
「究極の2択やな……」
と、不意にバタバタバタと何者かが歩く音が上から聞こえて来た。
「ヒッィイイイ」
思わずルナルドさんの腕にぎゅっとしがみつてしまった。
「だ、大丈夫やで……
きっと風かなにかや……うん、そうや、うん、うん」
ルナルドさんも硬直しながらも必死で
気を落ち着かせようとしている様子だった。
「キューキューワ」
「えっ?そうなんですか」
「え、そうなんか」
えっ?何?
「気のせいじゃないんやて。
確実に何かの気配がするって言っとる」
「そ、それは幽霊的な?」
「キュー!」
「違うらしい。
ちゃんと物体的な存在やて」
「ねずみさんとかそういうやつ?」
「キューキューワ、キュ」
「いや、害虫や害獣ではないんやて」
「えええ、えっ、逆に何?
本当に誰か住んでる感じ?」
と、更にバタバタドタドタと音が鳴り響いた。
今度は下の階から激しく聞こえてくるじゃなぁい。
「「「………………」」」
私達がいるのがわかっていてやっている気がする。
「きょ、今日はこの辺にしておきますか?」
珍しくハリスさんが弱気な発言をしてきた。
やっぱり怖いのか獣耳としっぽもだらりと後ろに下がっている。
「あんた次第やで」
ルナルドさんはそう言いつつ顔には早く帰りたいと書いてあった。
が、しかしここまできたら原因を確かめたい。
私はグッと息を飲むとはっきりと言った。
「地下から行きましょう」
「そうか………じゃ帰ろうか……
ええええええええええっ!まだ行くんかい!」
お手本のようなツッコミをルナルドさんから頂いた。
「行くんですか!?
しかも地下からですか!?」
ハリスさんも目を白黒させていた。
「行きますよ。
だって私……このビルでお店を開きたいです。
その為にはやっぱり原因を突き止めないと」
「せやかて……
危ないかもしれへんやん。
わいの感がいってるんや、この件はかなりやっかいやって」
「私もそう思います。
特にこの地下からは禍々しい気を感じます。
それにルナルド様の感はかなりの確率で当たるんですよ」
「うん、2人の言う事はもっともだと思う。
でもね、オーナーの私としては責任があるの。
このビルを買うと決めたからには従業員には安全で
快適に過ごして欲しいの」
「それはわいも常日頃そう思うてる」
「問題は先送りにしても解決しないじゃない。
欲しいものがあるのならば渦中に飛び込まないと
手に入らない事もある」
「…………」
「本当に危険ならば引くから。
お願い、このまま進ませて」
「…………」
ルナルドさんとハリスさんは困ったように目を見合わせた。
コウモリさんは言わずもがな行く気満々だ。
「はぁあああああ」
ルナルドさんは自分の髪をぐちゃぐちゃにかき回しながら
やけくそ気味に言った。
「本当に凛桜さんにはかなわんな。
よっしゃ、こうなったらとことんつきあうで!
ハリスお前はどうする」
そう問われたハリスさんは苦虫を噛みつぶしたような
表情を浮かべながら言った。
「行くという以外に選択肢はあるのですか?」
キレてるやないか……。
3人+1匹は顔を見合わせて力強く頷くと
ルナルドさんを先頭にして地下へと続く階段を下りて行った。
地下は若干湿っぽくて軽く黴臭さと何故か土の香りがする。
細長い廊下が続いており……
暗さのためか先が見えない。
後ろを振り返ると壁に昇降機のようなものが見える。
そして左側は全て壁……
右側に扉が2つ見える。
ルナルドさんが恐る恐る1つの部屋の扉を開けた。
中に一歩入ると何か黒い影が一斉に何処かへ引っ込んだ。
「ヒィィィィ」
と、同時に光の妖精さん達のお陰で部屋の中の様子が
映し出された。
「なんじゃぁあああこりゃあ」
「「………………」」
あまりの部屋の惨状に言葉を失った。
部屋の床には何やら怪しげな魔法陣が部屋いっぱいに描かれ
その周りには髑髏やろうそくが置いてあった。
そして何か食べ散らかしたかのように肉の断片が転がっていた。
「な……なんですかこれは」
「キューキューワ」
「異様な光景やな」
「誰かが違法な召喚魔法でも行っていたのでしょうか」
ハリスさんも言葉を失っている。
本気か!本気かぁあああああ。
小説なんかでは読んだことはあったけど
実際にこんなことってある!?
いや、怖すぎる、マジで地下室でやめてぇええ。
かなりキョドリまくっている凛桜とは裏腹に
ルナルドさんとコウモリさんは冷静だ。
魔法陣をじっと見つめてはコウモリさんと何やら
話し合ってあまつさえ笑っていたりするのだ。
しかもあの謎の肉片とかも手にとって感触をたしかめたり
なんかしちゃったりして。
そして部屋の四隅にそれぞれ立ったかとおもったら
また何かぶつぶつ呪文を唱えている。
大丈夫か!!
恐怖のあまりテンパってはいませんか?
おっ!何か青い炎が一瞬ルナルドさんの手から出たぞ!
えっ?それとも
除霊的な事を行ったりなんかしちゃってます!?
コウモリさんも嬉しそうに天上付近を飛んでいますし……
身体からキラキラ光る紫の粉が出てるし……。
棚らしきものの中には腐った果物なんかと一緒に
得体の知れない液体が入った瓶なんかも並んでいた。
魔女集会でも開かれていたんかいな……
くらいの勢いなんですけどぉ。
凛桜が慄いているとルナルドさんが声をかけて来た。
「ほな、次の部屋へ行こか」
「へ?」
きょどる凛桜の手を引いてそのまま廊下へと連れだした。
「ルナルドさん、あれ……」
「あああ、まあ、後で詳しく説明したるわ。
とりあえず次の部屋へ行こか」
今度は何のためらいもなく扉を開けた。
するとまた一斉に何か黒いものがどこかに消えた。
と、同時に低い声で……
「ここから出ていけ……」
と、聞こえて来た。
「ヒッィイイイ」
凛桜とハリスさんだけが怖がっているようで
ルナルドさんとコウモリさんはハイハイと言わんばかり
ズカズカと部屋の中に入った。
こっちの部屋の中には棺桶のようなものが2つ置かれており
床には血の跡がくっきりと残っていた。
あとはナイフやら小動物のミイラなども転がっており
普通ならばいますぐ退去したいお部屋だ。
「お~お、こっちも派手やな」
何故かルナルドさんは楽し気にまた部屋の四隅に行き
ブツブツと呪文を唱えていた。
「ど、どういこと?」
その間も相変わらず“出ていけ~”の声はやまない。
「キューキューワ」
「わいも準備万端や」
ルナルドさんとコウモリさんがお互いに顔を見合わせて頷くと。
ドォオオオオオオオンンン!!
という轟音が隣の部屋から聞こえて来た。
「かかったな」
その音と共にルナルドさんとコウモリさんが隣の部屋へと
飛び込んでいった。
私とハリスさんは何が起きたのかは
さっぱりわからなかったが……
とりあえず後に続いて部屋の中に入ると。
「いってえええええじゃねえか、ばかやろう!!」
という声が魔法陣の中心から聞こえて来た。
喋ったぁああああ!!
しかも口悪ぅ!!
そこには見慣れたフォルムの魔獣たちが山盛りに重なりあっていた。
「大量ゲットやで」
そう言ってルナルドさんとコウモリさんは
悪い笑顔を浮かべながらハイタッチをかわしていた。




