219.どなたですか!?
田舎暮らしを始めて187日目の続きの続きの続き。
「と、いう訳なんですが……
譲っていただくことは可能でしょうか」
そう言うとクロノスさんはボルガさんの顔色を伺いつつ
丁寧に頭を下げた。
それにつられてカロスさんとノアムさんも最上級の敬礼を
ボルガさんに捧げた。
魔王様はというと特に何をする訳でもなく……
ただその様子を見つめながら黙々とカステラを食べていた。
その横で空気を読める常識人?コウモリさんが
魔王様とボルガさんの顔を交互に見つめながらオロオロしている。
私は日本酒のお冷(久保田 萬寿)をお酌しながら
ボルガさんの出方を見守っていたのだが……。
ボルガさんの表情は険しい。
一気に現場がピリピリとした雰囲気になっちゃったから
あのシュナッピーでさえ大人しくしているわ。
「…………」
事情が事情だったからつい言ってしまったけれども
やっぱりちょっと無謀なお願いだったかしら。
こういう貴重な物を手に入れる方法って
きっとお金とかじゃないのよね。
もちろんクロノスさんはお金で物を言わそうとかいう
嫌なお貴族様じゃないけれど……。
世の中は大抵等価交換だから……
一体この貴重な物にみあう為には
何を渡したらいいのだろうという疑問は残る。
一同が(魔王様を除く)ハラハラした表情でボルガさんの
言葉を待っていたのね。
すると渋い表情のままグイッと冷酒を飲み干した後
ボルガさんがポツリと言った。
「俺はかまわねぇが……
チャッピーが何と言うかだな……」
はい?
その言葉に全員が首を傾げた。
チャ……チャチャチャ
チャッピィイイイイイイイ!?
誰やねん、そいつ!?
心の中で芸人さんのような激しい1人ツッコミを入れちゃったわ。
なおもボルガさんは話を続ける。
「もちろんそれ相当の物は頂くぜ!
だがなそれもあいつ次第なんだわ……」
そう言ってまたもやグイッと冷酒を飲み干した。
その言葉にどうツッコんでいいかわからず
クロノスさんは何とも言えない顔をしていた。
私は追加のからすみを出しながら勇気を出して聞いてみた。
「ボルガさん……」
「ん?なんでいお嬢ちゃん」
「あの……根本的な事をお聞きしますが
チャッピーさんってどなたですか?」
「ん?」
まさかの質問だったのだろう。
ボルガさんの手が一瞬とまった。
「えっ?」
「ん?」
「いや……だから……」
「お前さん達……ヌワールが欲しんだろ」
「はい」
「だからそれはチャッピーにだな」
「んんん?」
いや、いや、いやだから!!
チャッピーって誰だよ!!
「はあ……」
埒があかないと思ったのだろう。
「嬢ちゃん、中庭が少し荒れるがいいか?」
「えっ?藪から棒に急に何?
いや、中庭はちょっと……」
と、いう訳で!
全員で比較的広い空間が広がっている果樹園の外れに来ました。
「見た方が早いからな」
そう言うとボルガさんは顔に似合わず綺麗な口笛を吹いた。
すると地面の下の方からゴゴゴゴゴと地鳴りが聞こえ
そのあとすぐにその一帯が軽く揺れ始めた。
すわ地震か!?
この世界にも地震というものがあるのね!
なんてことを思いながら念のためにきなこ達をぎゅっと抱きしめた。
そして時間にして2~3分程経った時だった……
目の前の地面がボコボコと盛り上がり
それと同時に土埃が盛大に舞った。
と……ニョキ!と言わんばかりの感じで
何か大きなメタリックブルーの物体が飛び出ていた。
ヒィイイイイイイイ!
何か出たぁぁぁぁああああ!!
恐怖で慄いているとそいつはどんどん土の中から出て来る。
いやぁぁぁぁあ!!
眩いくらいのメタリックブルゥウウウウ!!
とても地下から這い出してきた物体とは思えない程の色彩。
「おう、来たか来たか」
ボルガさんはそいつの元に駆け寄った。
なんかハイタッチっぽいのをかわしているじゃなぁい。
いや、もう勘弁して。
異世界って本当に規格外すぎることが多いから!!
私は遠い目になりながら思わず天を仰いだ。
そして再び中庭に戻ってきました。
「で、こいつがチャッピーだ」
その個体はペコリと軽く頭を下げた。
「「「「………………」」」」
目の前にはポラットという魔昆虫が鎮座ましていたましたよ!
見た目は完全にカブトムシだね。
あ~、まあ色はメタリックブルーだし!
角も何故か3本あるし!
極め付けには大きさが羊くらいあるしね!
そして何故かその角の上に瓢箪のような物体が
3つ生えているし……。
ツッコミどころは満載よ!!
「ほう……これがポラットか……
目にくる眩さだな……」
「キューキューワキュワキュワ」
何やら魔王様達も初めてみる魔昆虫らしい。
「思っていたのと違うッスねぇ……」
「あ、ああ……そうだな」
カロスさん達も口をあんぐりとあけたまま
完全に固まっていたからね。
「こいつらが地上に出ることはめったにないからな」
「そ、そうなんだ……」
まあ、こんなにサイケなカブトムシが木にとまっていたら
子供達泣いちゃうよ。
これぞリアル“ムシ〇ング”じゃないかい?
「で、この子がチャッピーなの?」
「おうよ」
「えっとチャッピーさんはボルガさんの何なの?」
「あ~そうだな、相棒兼移動手段ってところだな」
「ん?移動手段?」
「ああ、おいら達は勿論自分たちで地中の中を掘って
自由自在に移動ができるんだが……」
そうよね、すっかり忘れていたけれども
ボルガさんは種族的に言えば“モグラ”だもんね。
「チャッピーは一度に大きな物を運べるし
なによりも早いからな。
嬢ちゃんの家に来るときはたいていこいつに乗って来てるぜ」
そうだったの!?
知らなかったわ……。
家の土地の下にこの大きさのカブトムシが通れる道が
あったこと自体驚きなんですけど!
「自慢の相棒なんだね」
「おうよ……嬢ちゃんの世界で言う車とかいう奴に
近いかもしれねぇな」
「なるほど……車か確かにな……」
魔王様も車の存在を知っているの!?
この2人本当に私の世界の事に詳しいな。
クロノスさんは一度うちの世界に来たことがあるから
なんとなく理解している様子だったが
カロスさん達がきょとん顔しているから説明してみた。
「馬車よりもっと早い鉄の乗り物が私の世界にあるんです」
「マジっスか!?
くうううう!見てみたいッス」
ノアムさんが興奮しながら叫んだ。
「ワイバーンより速いっスか!?
それともドラゴンより速いっスか!?」
あ、うん……ごめんそれはわからないわ。
「んんん、とにかくだ。
そのチャッピー殿の許可があればヌワールは
手にはいるのだな」
クロノスさんが話を強引に修正しに入った。
「まあな、チャッピー次第だ」
そう言われたチャッピーさんの表情はわからない。
意外と円らな瞳が可愛い。
それにさっきからシュナッピーがキラキラした瞳で
チャッピーさんを見ているのが怖い。
また何か変な事を言い出さないといいけど……。
「チャ……チャピィ……チャアピィ」
練習せんでもいいから。
ほとんど使うことない言葉でしょうが!
「んじゃ、きいてみるわ」
そういうとボルガさんはまた口笛を吹いた。
するとチャッピーが同じように口笛を返した!
「…………!!」
カブトムシって鳴くんだ……
しかもかなり奇麗な口笛……。
何度かそんなやり取りを終えて
ボルガさんが言った。
「ハア……なんとか許可をとったぜ。
あんちゃん運がいいな。
正直断られると思っていたぜ」
そう言いながらボルガさんはクロノスさんの足を
称えるようにバシバシ叩いていた。
「ありがとうございます」
再度クロノスさんはボルガさんにむかって深々と礼をした。
そしてチャッピーの元にいき目の前で片膝をつくと
更に深く頭を下げてお礼をした。
「チャッピー殿、本当に恩にきる。
このクロノス=アイオンーンは必ずこれに
報いる事を誓う」
その言葉にカロスさん達が驚きのあまり目を見開いていた。
きっとクロノスさん程の大貴族が誓う誓いは
かなり重いものがあるのだろう。
相変わらずチャッピーさんの表情はわからないが
一言甲高い声で鳴いた。
「じゃあ、さっそく採るか」
そう言ってボルガさんが器用にチャッピーの上に乗ると
徐に角の先に生えている1番大きな瓢箪をもいだ。
ふぁああああああ!!
あれがヌワールなのぉおおお!?
「ほいよ」
「あ、ありがとうございます」
クロノスさんはそれを恭しく受け取った。
「この中にヌワールが入っているからな
一滴も無駄にするなよ」
そう言ってボルガさんはドヤ顔をきめていた。
ヌワールって液体なんだ。
瓢箪の中に入っている液体……
一体なんの成分なんだろう。
「ヌワールはポラットの中で熟成された体液だ」
「へっ!?」
「しかもポラットの中でもキングと呼ばれる個体のみが
熟成できるものだからな。
今回のは多分100年もんかな……
めったにお目にかかれる代物もんじゃねぇ」
チャッピーやっぱりキングだったか……。
しかも熟成100年物!!
チャッピーって幾つなの!?
「…………」
希少価値が激ヤバなんでしょうけど虫の体液か……
なんかちょっと複雑だわ。
ねえ摂取して本当に大丈夫なのかい?
究極の呪いをとく薬の材料が……
魔王城の苔+麺つゆ味の実+熟成度100年の虫の体液って!!
怖すぎる……
どれも伝説級の代物なんだけどヤバすぎる。
中身の詳細は知らせないままアルカード様に
飲ませてあげて欲しいと心から願ったわ。
その後皆で和やかにお茶を楽しんだんだけど……
まさかチャッピーさんまでがドーナツに
魅了されるとは思わなかった。
一心不乱でドーナツを貪るカブトムシは
狂気の沙汰だったよ。
何故か知らないけどシュナッピーとも凄く
意気投合していたし。
植物と昆虫ってやっぱりきってもきれない仲なのねぇ。
「じゃあ、我々はそろそろお暇しよう」
そういうと魔王様とコウモリさんは一足お先に
魔王城へと帰って行った。
お土産にはドーナツとジャム5瓶をお渡しした。
それから30分後には……
「じゃあ、おいら達もそろそろお暇するぜ」
そう言ってボルガさんはひらりとチャッピーの背中に飛び乗った。
「本当にありがとうございました」
「おうよ、お前の親父さんよくなるといいな」
「はい……」
そう言われたクロノスさんの目が少し潤んでいたのは
気のせいじゃないと思う。
が、しかし……
そんな感動的なシーンなんだけれども
どうなのこれ……。
これでもかっ!
と、言うくらいチャッピーの背中には日本酒やら
酒のつまみになりそうな干物や缶づめ……
さらに果物とドーナツなどがところ狭しと積まれていた。
だ、大丈夫なの。
流石のチャッピーさんもちょっとヨロヨロしていますが。
この重さでいつもの時速出せます?
その上シュナッピーがチャッピーを欲しいと言い出して
宥めるのが大変だった。
嫌な予感が当たったよ。
そんな事を言い出すんじゃないかと危惧していたけど!
自分もボルガさんのようにカッコよくチャッピーの上に
乗って森を闊歩したいとの事だった。
違う、違うよシュナッピー
そう言う事じゃないでしょ!!
これ以上メンバーは増やせませんよ。
虫かごに入らない昆虫は我が家ではNGですよ!
餌はどうするの!
巨大昆虫ゼリーとか私作れませんよ!!
それなのにボルガさんがチャッピーの子供が
もう少し大きくなったら1匹譲ってもいいとか言い出して
シュナッピーが狂喜乱舞の舞を舞ったのは言うまでもない。
いや、断固遠慮させていただきます。
遊びにくるのはかまいませんが……
んん、本当はかまうけどね!
遊び友達に留めておきなさい!!
それでなんとか場を収めましたよ。
「飼えるのか……いいな」
真顔でポツリと呟いたカロスさん。
嘘でしょ!!
あのカロスさんまでがちょっと欲しいとか
言い出さないでよねぇ!?
そんなびっくり顔の凛桜に見つめられて
赤くなりながら気まづそうにカロスさんはそっと目を逸らした。
もう、本当に男子は虫好きな人多いなぁ……。
駄目ですよ、そんな顔しても駄目なものは駄目です。
「じゃあな、また来るぜ」
そう言ってボルガさんとチャッピーは
また果樹園の大きな穴から帰って行った。
それをクロノスさんと見送った後
2人で大きな桃の木の下に座ってしばらく
空を見つめながらのんびりすることにした。
なんだかこんなに穏やかな時間が流れるのは
久しぶりかもしれない。
「全ての材料が揃ってよかったですね。」
「ああ……。
凛桜さんのお陰だ。
本当にありがとう」
「ん?私は何もお礼をされるような事はしてないよ」
「いや、凛桜さんと知り合えたからこその縁で
このような幸運に巡りあえたんだ」
「クロノスさん……」
「凛桜さんは本当に俺のアンジュだ……」
そっと自然に二人の手が重なりあった。
「凛桜さん俺……」
ふぁあ、クロノスさんの瞳がこれ以上ないくらい甘い!!
こ……これは……。
い、いや待てよ!
今までのパターンで言うとここで必ず邪魔が入るはず!!
思わず2人で辺りをこれでもかと見回した。
奇跡的に誰もいない。
ただ静かに森の気持ちのいい風が通り過ぎただけだった。
2人ともごくりと息をのんだ。
そして……自然に顔が近づこうとした時……。
目の前の大きな穴からチャッピーがひょっこり顔をだした。
あまりの突然の出来事にクロノスさんと私が
その場で飛び上がったのは言うまでもない。
「♪~♪~♪」
何と言っているのかはわからなかったが
恐らく“遊びにきちゃった”だと思う。
現にシュナッピーと黒豆達がいつの間にか後ろから飛び出してきて
そのままチャッピーの背中に乗ったかとおもったら
果樹園の奥に消えて行ったからね。
遊びにくるのが早くない?
「「…………」」
いつものお約束過ぎて……
なんとも言えない空気のまま無言でクロノスさんと
家に帰りましたわ。
なんか一気に疲れが来ちゃったな。