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218/219

218.成分が謎すぎる……

田舎暮らしを始めて187日目の続きの続き。




「ッ…………」


「…………」


素麺を啜る音だけが響くダイニング……。


「…………」


本気でなんの時間なのこれ?


言い出した張本人の魔王様は……

相変わらず美味しいのか美味しくないのか

わからないくらいの無表情で素麺を啜っております。


クロノスさん達も無言ではあるが食べてくれているし

おかわりもしているのでマズくはないのだろう。


しかし何とも言えない表情をしているので

こっちは気が気じゃない。


唯一の心の安らぎと言えば……

両手で必死にプチトマトを持って齧っている

コウモリさんの可愛さだろうか。


たまにトマトの果汁が飛ぶのだろう

それを器用に舐めて手を?爪?を綺麗に整えている姿が

また悶絶するくらい可愛い。


あ~うん、この際……

例え中身がゴリゴリのイケオジマッチョ魔族でもかまわない。


可愛いは正義なのだ!


そもそもなんだが……

クロノスさん達は初めてみる“麵つゆ”にビビっていた。


「凛桜さん……

この黒い汁はなんだ?

食べていいものなのか?」


そう言って訝しそうにクロノスさんは四方八方から

麵つゆを眺めていたし……。


そんな狼狽しているクロノスさんの横で

恐る恐る麺つゆの匂いを嗅ぐノアムさん。


カロスさんに至っては……

獲物を射殺すがごとく麺つゆを凝視していた。


「あ~これは麺つゆという調味料で

私の国ではかなり身近な素材なんですよ」


「そう……なのか?」


この黒い汁が身近な食べ物だと!?


軽く引いているのがひしひしと伝わってきたよ、うん。


「はい、それに今まで皆さんに出していた料理にも

かなりの割合で入っていたんですよ、これ」


「「「ええっ!?」」」


クロノスさん達は目を見開きながら

麺つゆと私の顔を交互に何度も見てくるじゃなぁい?


いや、そんなに驚く事実だった?


“麺つゆ”それは私にとってお気に入りの万能調味料だ。


ハッキリ言おう“私は麺つゆラバーだ!!”


それこそ地元のスーパーから百貨店まで!

見たことがない麺つゆがあったら買わずにはいられない

病にもかかっている。


実は私が作る料理には隠し味として

7割くらいのメニューで麺つゆを使っている。


中には洋食のメニューを作る時でさえ入れる事もある。


あ、かといって私が麺つゆ会社に忖度しているとか

家族が関係者だから推しているとか言う事ではない。


ただ単に本当に味が好きなだけだ。


「それで、この細い白い麺をこの黒い汁……

もとい麺つゆにつけて食すのか?」


「そうですよ。

それが素麺という料理です」


「…………」


正気ですか?

と、いう無言の訴えはご遠慮ください。


至って正気です。


そんな凛桜とクロノスのやり取りを横目でチラリとみながら

魔王様は器用に箸で素麺を掴むと徐に麺つゆの中に入れた。


そして慣れたように啜ると一言……


「うまい……

やはりこれこそ夏の風物詩だな」


と、真顔でおっしゃった。


ええ、よくご存じで。


しかも薬味もちゃんと入れてモグモグしている。


じいちゃんともこうやって食べていたのだろうか?


そんな魔王様の様子を見ながらクロノスさん達も

ようやく箸をつけ始めたのがつい先ほどの事だ。


そしてなんやかんや言いながら……

10束も素麺を茹でたのに全部食してしまったのだ。


最初はあんなに抵抗していたくせに……

最終的には麺つゆの味が気に入ったのだろうか。


まあ彩りとして冷やし中華ぐらい具材も用意したからな。


ブチトマト、キュウリ、ハム、錦糸卵に、蒸した海老など……

だから食べやすかったのかもしれない。


ノアムさんは器に残った汁まで奇麗に飲み干した。


「見た目はあれッスけど……

()()()……癖になる味っスね!」


「「麺つゆだ」」


まさかの魔王様とカロスさんの同時ツッコミが入った。


クロノスさんも残さず綺麗に食べ終わり

箸置きに箸を置くと同時に魔王様に問いかけた。


「それでなぜ素麺なのですか?」


「…………」


そんなクロノスさんの問いに魔王様はフッと目を細めた。


そして凛桜の方に向き直るとこう言った。


「凛桜、麵つゆを持ってきてくれ」


「はい?」


「麺つゆとやらはガラスの入れ物に入っているのだろう?」


「あ……はい」


よくわからないが魔王様の顔が本気なので

ひとまず冷蔵庫から麺つゆの瓶を持ってきて

ダイニングテーブルの上に置いた。


「えっと……」


魔王様以外は皆首を傾げている状態だった。


そうなるよね?


なぜにまたここで“麺つゆ”!?


ハッ!!

まさか魔王様も麺つゆを愛する会の会員なのか!?


いや、いや、いや、そう言う事じゃないよね。


そんな不思議顔の皆の顔を見まわしながら魔王様は

抑揚のない声で言った。


「これを使え」


「はい?」


だからなに?

どういうこと?


ますます全員が首を傾げた。


「フッ……

こうも頭数が揃っているのに察しが悪いようだな」


そう言って魔王様は腕を組んだ。


んん?えっ??


これを使えって?

麺つゆを?


んんんんんんんん?


どこに?

使う?


ふぁ!


まさか……麺つゆって!!


凛桜がごくりと喉を鳴らして麺つゆの瓶を凝視していると。


「凛桜は気がついたようだな」


そう言ってニヤリと口角をあげた。


「あの………

まさかと思いますが……」


そう言って私が少し上擦った声で言葉を紡ごうとすると……

横から急にクロノスさんがポツリと言った。


「まさかこれが“ガウァンサス”と同じものだとでもいうのですか?」


「えっ?あの幻の実と言われるガウァンサスですか?」


カロスさんも絶句していた。


いや、いや、いや、いやいやいや!

ないわ~。


300年に1度しか実をつけないという幻の果実だったよね。


その果実の成分と麺つゆが一緒って何!?


バグるにしても程がないか?


えっ?だって麺つゆだよ?


私の世界ならスーパーでヘロリっと買える一品ですよ。


怖い、怖い、怖い……。


麺つゆ味のする実って何!?


せめて果実なら柑橘系の味にしてよ!


百歩譲ってもそこはポン酢じゃない?


それもまあ……

違うといったら違うんだけど!


だけど麺つゆはやはり違うと思います!


はあああああああああああああ……

もう訳がわからないから。


「本気っスか!!

よかったじゃないっスか、団長」


ノアムさんは喜びのあまりバク宙きめているし。


「ああ……そうだな」


どこか魂が抜けている声でかろうじて

返事しているクロノスさんがいるし。


これでお父上を救うための材料がいとも簡単に

2つ揃ってしまったね。


よかった、よかった……。


よかったんだよね……?


「………………」


ねえ、ちょっとまだ頭が追いつかないわ。


「まさか凛桜さんの冷蔵庫の中に幻の実の果汁が

あったなんて……」


カロスさんはそう言いながら

何度も何度も麺つゆの瓶に貼られているラベルを見ているし。


何か情報を得ようとしています?


「後は……闇の材料だけだな」


魔王様も何故かドヤ顔だし……。


えっ?サラッと解決しちゃったけどいいの?これ?


なんかまたエライことになりそうで怖いな。


絶対に皇帝陛下案件じゃん!!


私……麺つゆの作り方なんか知らないわよ。


多分だけれど鰹節がベースだよね。


この世界にカツオって棲息しているのかしら?


キングカツオとかいちゃうのか!?


それを燻して鰹節にして……。


あああああああああああ!


もう無理、素人が手をだしていい領域じゃない。


どうか鷹のおじさま達にバレませんように。


と、心の底から女神さまに祈ったわ。


そもそも300年に1度しか実をつけないという幻の果実だよね。


それを人の手で生産しちゃっていいのだろうか。


もうもはや幻じゃないじゃん!!


「ああ、そうだな……。

しかしこれはあくまでも緊急措置だからな」


そう言って魔王様は静かに微笑んだ。


「えっ?私何か言葉を発していたでしょうか?」


「いや、お前の顔がそう言っていたからな」


「はあ……」


「勘違いするな、あくまでも近しい成分だという事だ

正直これを使用して成功するかはわからん」


窘めるように魔王様はクロノスさんの顔を見ていた。


「そう……なのですか……

しかしそれでも近しいものを手に入れられただけでも僥倖です」


まあ、そうよね……。


さすがに250年は待てないもんね……。


成分がちかいならOKでしょう!


なんとか配合とかがうまくいくといいな。


「凛桜さん……

すまないがこの“麺つゆ”を俺に譲ってくれるか?」


クロノスさんが申し訳なさそうに獣耳をへにょっと

させながら懇願してきた。


こういう時のクロノスさんはすこぶる可愛い。


「あ、うん、もちろんどうぞ。

確か棚の上にストックが1本あった気がする。

それを使ってください」


「本当にありがとう」


フフフフ……

尻尾が嬉しそうにブンブン左右に揺れている所とか

本当に黒豆達と一緒よね。


「うん……遠慮なく使ってください」


「よかったですね、団長」


「ああ……」


ほっこりしたのはいいけれど……

後は地下にある闇の素材よね。


地下ってどういうこと?


そう言えばねずみの国は地下にあったよね。


私は食の祭典で出会った可愛らしいねずみの国の

お姫様の事を思い出していた。


「後は闇の素材っスよね。

何かお心当たりはあるのでしょうか?」


ノアムさんが珍しく緊張した面持ちで魔王様に聞いた。


「ふむ……。

恐らくだがヌワールあたりではないかと思うが」


「ヌワールですか……」


その単語を聞いたカロスさんがふと考え込んだ。


「ヌワールか……

これはまた難儀な素材だな」


クロノスさんも黙り込んだ。


「噂には聞いた事はあるッスけど

実物はみたことはないっスねぇ……」


いや、いや、いやいや……

皆さん……勝手に納得しないで!


どうか説明をプリーズ!


そんな凛桜の無言の訴えが届いたのだろうか

クロノスさんがハッと我に返ると説明してくれた。


ヌワールという薬草はポラットという魔昆虫の身体に

生える幻の薬草なんだって。


冬虫夏草みたいなものかな?


そもそもポラット事体ですらほとんど目にすることがない

魔昆虫らしく……。


なんでもかなり地中の奥深くの魔素の濃い土にしか

生息できない貴重種なんだって。


しかもその身体にヌワールが生えた個体となると

とんでもなく天文学的な数字になるほど珍しいものらしい。


まさに幻中の幻の一品だ。


「はあ……それは難儀ですね」


「だな……」


全員で肩を落としていると……

不思議そうな顔で魔王様が言った。


「おそらくあやつが持っているのではないか?」


「んん?」


「あやつですか?」


「ああ……」


凛桜を筆頭にまた全員が首を傾げた。


えっ?だれだろう。

ルナルドさんかしら?


確かに商人さんだから珍しい一品も扱ってそうだけど……。


それともまさか皇帝陛下?


いや、どちらにしろ頼みにくいわ……。


値段だって目が飛び出るほど高そうだし……

流石の侯爵家でもかなりの金額じゃないかな。


クロノスさん達も同じことを考えていたみたいで

思わず視線をかわしながら苦笑してしまった。


「お前が頼めば喜んでわけてくれるのではないか」


そう言って魔王様は緑茶を一口飲んだ。


「キュ!キューワーキュキュ!」


何と言っているかはわからないが……

コウモリさんも俺も協力するぜと言わんばかり

ドヤ顔で声高に鳴いた。


「いや……流石にそれは……」


と、凛桜が半笑いで答えると魔王様は更に続けた。


「確か……巣穴で独自に栽培しているのではないか」


んんんんんん?


巣穴?


栽培?


「やつらは地下栽培の先駆者だからな

たいていのものは揃うと思うが……」


ええええええっと……

どなたの事を仰っているのでしょうか。


「…………?」


「ふぁあああああ!!」


と、急にノアムさんが叫んだ。


「もしかしてフリーゲントープのおやっさんの事っスか!!」


「そうだが……」


ふぁあああああ!


ボルガさんのことだったんだ。


「そういえば……

フリーゲントープはあらゆる薬草を巣穴で育てていたな。

俺としたことがすっかり失念していたぜ」


クロノスさんもうんうんと何度も頷いていた。


ボルガさんか……。


あまりにも身近過ぎてつい忘れがちだけど……

あの人自身が幻の幻獣なのよね。


そうか……

もしかしたらボルガさんが持っているかもしれないのか。


でも流石にそんな貴重なものは簡単に譲ってくれないんじゃない?


「どうしよう……」


「何がだ?」


「どうやって頼もうかな……」


「難しいことなのか」


「そうなのよ……」


「腹を割って話すしかねぇだろう」


「でも……………」


って、誰?


さっきから私の独り言に相槌うってくる人は!


「なんでぃ、お前さんらしくないな。

ほら昔から言うだろう!

男は度胸!女は愛嬌ってな」


そういってドヤ顔を決めていたのは言うまでもなく……。


「ボルガさんっつつ!!」


「「「…………!!」」」


クロノスさん達もまさかの本人登場で固まっていたわ。


「お、おう、どうした全員お揃いで」


噂をすれば影っていうことわざがあるけれど本当だったのね。


などと冷静に状況を分析しながらも

動揺しまくりの私がいたわ、うん……。


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