216.以心伝心にも程がある!
田舎暮らしを始めて187日目。
「では、またな……。
今日は本当にありがとう」
「うん、私もとても楽しかった。
アルカード様とカトレア様にもよろしくお伝えください」
そう言って家に帰ってきたのが午前2時。
だから今日はちょっぴり寝不足です。
只今コーンスープを飲みながら縁側から
庭をぼんやりと眺めています。
なかなか覚醒できない……。
傍らには黒豆達がぴったりとくっついており
目の前ではシュナッピーが謎の舞を踊っています。
どういう心境なのかは定かではないが……
太極拳的な踊りもできるのねぇ。
どうやら留守番のあいだ相当寂しかったらしい。
昨日は丸1日家を留守にしたからね。
ベタベタが止まらない。
「キューン……ワフゥ」
「…………」
膝に頭を乗せながら両側からそんなウルウルなつぶらな瞳で
私の顔を見上げるのやめぃ。
可愛すぎて心臓が止まりそうです。
はいはい、いくらでも頭を撫でますよ。
うん、なんかこういうところがたまらなく可愛い。
いつもは柴キョリを発動して……
イイ感じに手で触れられない位置にいるくせに。
デレの時はこれでもかって甘えてくるよね柴犬って。
小悪魔めっ!
そんな至福な朝の時間を過ごしながら私は昨日の事を
思い返していた。
カトレア様とのお茶会の後……
ボロボロになったクロノスさんが帰って来た。
なんでも王都の東にある街道に大魔物が出たらしい。
そいつが大暴れして通行人の荷物を奪っているのを
退治しにいったんだって。
かなり大きなガマ蛙だったので
騎士団員では歯が立たなかった為にクロノスさんが
緊急招集されたみたい。
大きなガマ蛙……
某忍者が駆使している児雷也的なあれかしら?
何?大魔物って街道沿いに住んでいるの?
もっと森の奥とかそういう所に生息しているんじゃないの?
街道沿いって結構都会よ!?
えっ?そんなに頻繁に出ちゃう感じ?
もうお約束の風物詩のようになっちゃっているじゃん。
これはもう魔王様に進言して……
厳重注意して頂きたい事案ですぞ!
本当に街道沿いの大魔物迷惑!
“NO!街道沿い NO!大魔物出現!”
禁止する看板でも立てて欲しいくらいよ全く。
その後に皆で一緒に夕食をとりました。
アルカード様もめちゃくちゃ顔色が良くなっていたよ。
なんとデザートにモナコを2つもぺろりと食べてくれたの。
これにはカトレア様も驚いていたよ。
そしていよいよ夜も更けたのでお暇しようとしたんだけど……
アルカード様達が何故かごねてなかなか帰してくれなかった。
挙句の果てには泊っていってくれと泣きつかれたんだけど
ほら、私ってば事情があるじゃない。
いつ何時あれが発動するかわからないから
オチオチ寝られないじゃない、うん。
かといってクロノスさんと同部屋で寝られるほど
根性があるわけでもない。
正直言ってカトレア様と2人っきりのお茶会の時も
内心はヒヤヒヤしていたんだから。
でも流石カトレア様……
魔力量が豊富なのね。
なんとか家に強制送還されることはなかったわ。
まあ、副騎士団長になれた実力がある方だもんね。
ある意味納得だわ。
そんな最強な2人にごねられる身になってみてよ。
もう本当に大変だから。
あの絶世の美男子のアルカード様のしょんぼり顔とか
も~う!反則中の反則だから!
自分の美しさと可愛さをわかってやっていますよね!?
獣耳をこれでもかって後ろにぺしょっとさげてからの
悲しそうな顔で見上げるとか卑怯!
でも心を鬼にして頼みに頼み込んでなんとか帰ったのよ。
「なんであなたも凛桜さんをひきとめないのよ!
このヘタレがぁ!」
と、カトレア様からとばっちりを食らう
クロノスさんも本当に気の毒で。
2人で密かに目をあわせながら何度も苦笑したわ。
とうとう最後には
“お腹を空かせて家で待っている子供達がいるんです!”
とか意味不明な説明を無理やりおし通して帰ってきたわ。
そのお陰で100回近く……
“また近いうちに絶対に遊びにくること、いいわね”と
誓わされてしまった。
クロノスさんのご両親最強だわ!
だから今日は1日のんびり過ごそうかな~。
などと思ってはいたのだけど……。
それから数十分もしないうちにクロノスさんの部下の
青年達が書類を持ってやってきた。
なんでも合格発表者全員が勤めてくれる事になったので
契約書の確認とサインが欲しいとの事だった。
嬉しい!みんな来てくれるなんて感謝しかないわ。
なので一気にバタバタし始めて……。
サインしている間に……
今度はキングパパ達がお使いにやってきたりして。
一瞬騎士団との間にピリっとした空気が流れたんだけど
シュナッピーのとりなしもあり。
こういう時は空気を読める子なのよね
以外にシュナッピーってば。
とりあえず戦闘にだけはなりませんでした。
騎士団の青年達は顔を引きつらせながら……
遠巻きにキングパパ達を観察しているもよう。
そうよね……
原種のぱくぱくパックンフラワー種のキングとクイーンなんて
一生のうちで1回見られるか見られないかのレア種だもんね。
そりゃそんな顔になるって。
私も未だにちょっとなれないよ、うん……。
まあ、狼獣人の青年なんかはクロノスさんのお供で
ちょくちょく家に来るから慣れている感じだけど。
梟獣人の青年はキングパパ達に遭遇したのは初めてなんだろうね
キョドリ方がハンパなかった。
背中についている羽が開いたり閉じたり忙しなかったわ。
あれって緊張すると鷹獣人のおじさまもよくやるけど
有翼種特有の行動なのかしら?
サインが終わり……
私からのお礼のマドレーヌが入った袋を貰うとすぐに
騎士団員達は深々と礼をしたかとおもったら
逃げるように帰っていったからね。
それくらいキングパパ達の圧は凄かったらしい。
一方キングパパ達は言うと……。
「ルナルドカラダ。ウケトレ」
「ウケトレ~」
「は~い、ありがとう」
お礼のマドレーヌを渡しながら風呂敷を受け取ると……。
こっちも書類だった。
読んでみると報告書のようなものだった。
みんなそれぞれの分野で研修を頑張っているらしい。
よきよき!
リュートくんも必死で親方に食らいついて日々
技術を磨いていっているんだって。
それにカシムくんはやっぱり天才だって。
磨けば光る宝石の原石だってあのルナルドさんがべた褒めだった。
“凛桜さんとこの子じゃなかったならわいが欲しかったで”
とまで言わしめるカシムくん、本当に恐ろしい子だわ。
「で、なになに……。
近いうちに王都の商会まで来てほしいと……ふむふむ
凛桜さんの希望に沿った物件がいくつか見つかったで~」
あ、そうか店舗の下見や従業員達の住む家とかを
探しておいてほしいという話をそう言えばしたな……。
あ~こういう話をきくと本当に本格化してきたな
と実感がわくわ。
他にもいくつかの提出書類や確認事項をチェックしながら
キングパパ達とも遊んだ。
「リオ、オカワリ、マドレーヌウマシ!」
「マドレーヌ!マドレーヌ!」
クイーンママもマドレーヌがお気にめしたもよう。
その後シュナッピーやきなこ達とも思う存分遊んだんだろう。
「リオ、ソロソロカエル!」
徐にキングパパが叫んだ。
「えっ?もう?」
いつもは帰らないとごねるのに……
今日はいったいどういう風の吹き回しだい?
まだ午前中だよ?どうした?
「ファレンサ!クル」
「ファレンサ!ファレンサ!」
クイーンママも興奮しながら叫んでいた。
「…………」
ファレンサって何……。
「ファ……レン……サ?」
シュナッピーも首を傾げている。
うん、私も一ミリもわからんが……
キングパパ達が嬉しそうだからいいか。
「ファレンサ!ファレンサ!マッテタ」
そう言うといそいそと帰り支度を始めたので
お土産の稲荷寿司とマドレーヌを持たせた。
「気をつけて帰ってね!
ルナルドさんにもよろしくと伝えて」
「ワカッタ。マタナ~」
「マッドレーヌ」
そう言いながらキングパパ達は帰って行った。
クイーンママさんよ……
マッドレーヌは挨拶じゃありませんから。
などと1人ツッコミをしながらふと時計をみると
すでにお昼ご飯の時間になっていた。
そう言えばお腹空いたかも……。
バタバタしていたからコーンスープしか食べてないや。
今日は何にしようかな~。
冷蔵庫の扉を開けながら思案していると……
ふとまた昨日の事を思い出した。
本当に許せん“レディーナーガ”とかいう大魔物。
とりあえず魔王様にアポとりたいよねぇ~。
なんでもいいから情報が欲しい!
でも連絡の取り方がわからないんだよね。
いつもあっちが勝手に現れるからなぁ。
「どうしよう~」
今後の為にも魔王様に“恋人カード”的な物を渡しちゃう?
いや、そもそも魔族って文字文化ってあるのかな?
文字はあるとは思うけれど書く文化がなさそうなんだよな。
そもそもあのカードを空にぶん投げて魔王城まで届くのかしら。
確か天空の城なんだよね、魔王城。
結界とかもありそうだし……
城の周りを守っている?
魔獣に発見されて一瞬にして灰にされそうな気がする。
その前に私に魔力がないから無理か……。
じゃあ……
コウモリさんみたく空にむかって叫んでみようか?
「魔王様~お話があります!
お時間がある時でいいので来てくれませんかぁ~
お会いしたいんです!」
「…………」
そう天に向かって叫んでいる自分を想像したが……
うん、これも無理だな……。
それで何も起こらなかった時の居た堪れなさに
耐えられる気がしない……。
いや~どうしよう。
「コウモリさんでもいいから果樹園に出没しないかな。
よくうちの果樹園に食べにきているらしいし」
って、言うかさ!
前から思っているし何度も言っているのだけれど
いつから家の果樹園ってフリーパス食べ放題エリアになったの?
そんな事私は一言も言ってないよね。
何故かこの森の動植物&魔獣達の間で暗黙の了解事項みたく
なっちゃっているけどさ……。
もうここまで広がったら止められないし
いいんだけどね……う、うん……。
いいのか?本当に……。
「そんなにうちの果物美味しいのかしら?
他にもこのエリアは森だから野生で色々な実がなっていると
思うんだけどな」
「やっぱり……味?」
「キュ!」
「それとも大きさ?」
「キューウ!」
「あ、それもさることながら魔力量が豊富とか」
「キュ!キュ!」
「…………」
「キュ?」
「って、誰か私の独り言に返事していません!?」
凛桜がふと上に視線をあげるといつのまにか
冷蔵庫の角にコウモリさんがとまっていた……。
「へ?」
あまりの出来事に思わず何度も目を擦っちゃったわ。
んんんんん~?気のせいかな。
目の前にコウモリさんがいるのが見えるんだけど。
「どうした凛桜……
今日の昼餉はなんだ?」
あれ?おかしいな。
後ろからはあの魅惑の低音ヴォィスまで聞こえてくるんですけど。
おそるおそる振り返ると漆黒の闇に包まれた麗人が立っていた。
「魔王様!?
それにコウモリさんも何故ここに?」
凛桜は自分でも驚くくらい高く飛び上がっていた。
そんな凛桜に対して魔王様はニヒルな顔でこう言った。
「フッ……何をおかしなことを言っている。
我を呼んだのはお前ではないか凛桜」
はぃいいいいいいいいい!?
私ったらいつのまにか魔王様に会いた過ぎて無意識に
召喚する呪文を唱えていました!?
えっ?今までの独り言や脳内会話って……
全部知らいないうちに口に出ちゃっていた感じ?
「そんなに我に会いたかったか……ん?
恋焦がれてくれたのか……」
目を細めながらじりじりと近づくのはやめて頂けませんか。
「えぅ?」
「我も会いたかったぞ、凛桜……」
そう言いながら壁へと追い詰められてしまった。
こ……これは俗にいう“壁ドン”ってやつじゃないですか!
ふぁあああああ~
相変わらずルビーのような瞳だなあ。
睫毛ながっ!
肌が奇麗!!
いやあ、もう何もかもが人離れして超越しちゃっているからぁ!
ま、人ではないけど……
その魔族なんだけどね、うん……。
「あの……魔王様……」
凛桜の喉がごくりとなった。
「なんだ?我の凛桜……」
いや……耳元でそんな甘く囁くのはどうかと……。
と、その時どこからともなく誰かの腹の虫が盛大になった。
「えっ?」
「キューワ?」
「…………」
しばらくの沈黙の中、それはまた鳴った。
「我のようだ……」
そんな真顔で申告されても……。
どうやら魔王様はめちゃくちゃ腹ペコらしい。
「とんかつでも作りましょうか?」
「うむ……」
魔王様は私からすっと身を離すと何事もなかったかのように
そのままダイニングキッチンの椅子へと座った。
相変わらず無表情なのでよく見ないとわからなかったのだが
ほんのり耳たぶが赤かったので……。
ああ見えて実はお腹が鳴ってしまった事は……
恥ずかしかったのかも知れない。
この状況がよくわからないのだが……
どうやら私の願いは天に通じてしまったらしい。
軽く呟いただけなんですけどね……。
よく考えたら怖いのでスルーすることにした。
そうそうとんかつを作る前にあれを投げておこうかな。
せっかくの機会だし。
私はカードにサラッと文字を書くと思いっきり天に向かって
カードをぶん投げた。
「魔王様、何枚食べます?」
ぶ厚いビッグサングリアの肉にパン粉をつけながら聞くと。
「そうだな……
5枚程頂こうか……」
「わかりました。
コウモリさんはコーンスープでいいかな?」
「キュ!キュ!」
「桃とぶどうのゼリーも置いておきますね」
「キューキューワ!」
フフフ……目を輝かせて喜んでいるのが可愛い。
「トンカツ!トンカツ!」
「ワワンワワン」
縁側からのコールがうるさいくらいだ。
「君たちにもあげるから静かに待ってて」
「ハイ!イイコニマッテル」
シュナッピーときなこ達は首が捥げるんじゃないくらい
激しく頷いていた。
トンカツ大人気だな。
まあ、揚げ物って美味しいよね。
ついでに海老とか野菜とかもあげちゃおうかしら。
そして一通り料理も完成して……
さあ皆で頂きましょうかとテーブルに着いた時
物凄いブレーキ音のようなものが中庭から聞こえて来た。
と、同時に大きな魔獣が3匹転がり込んできた。
「凛桜さん!!何かあったのか!?」
ひときわ大きなユキヒョウがそう吼えた。
「団長早いっス」
「ハア……ハア……」
どうやらノアムさんとカロスさんも来てくれたらしい。
ヒィイイイイイイイ。
あ……うん、やっぱりいつみてもカロスさんの魔獣化は怖い。
3人くらい屠ってきたクマさんが降臨していますよ。
「…………?」
あまりの急な出来事に魔王様とコウモリさんも固まっていた。
「あ……うん、早かったね」
私も固まりかけたが何とか返事を返すことが出来た。
と、……。
「魔王!?」
「「えええっ!?」
3人は要約魔王様の存在に気がついたらしい。
魔王様はトンカツを器用にお箸で一切れ掴みながら
抑揚のない声で言った。
「久しいな……騎士団長」
「は……はあ……」
クロノスさん達は一気に肩の力が抜けてその場にへたりこんだ。
「と、とりあえず話はご飯の後にしましょうか?」
そう言うと3人は獣化をといて神妙な顔でこくりと頷いた。
いや、来るのが早いって。
カードを投げてまだ40分くらいしか経っていませんけど!?
そう思いながら私はまた大量のトンカツをあげましたよ。
追伸:ファレンサの事ですが……
タラントラン地方でしか取れない貴重な魔法土らしいです。
魔力量が豊富でふっかふっかの土らしい……。
食べてもよし!寝てもよし!遊んでもよし?
と三拍子揃った超高級魔法土なんだって。
なんかよくわからないけど……。
もし今度またルナルドさんが手に入れたら
シュナッピーの為に分けてもらおうかな~。