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214.遺伝子の成せる業って凄い!

田舎暮らしを始めて186日目。




石畳を進む馬車の轍の音だけが静かに響いている。


私はそんな中……

緊張を隠すようにただ黙って王都の街並みを

静かに眺めていた。


「………………」


「緊張しているのか?」


優しく問いかけてくれるクロノスさんの質問に

正直にこくりと頷いた。


「両親とも気さくな人達だから大丈夫だ。

いつも通りの凛桜さんで接してくれてかまわないぞ」


そう言ってクロノスさんはぎゅっと両手で私の手を

包み込んでくれたのだが……。


緊張がとける様子はない……。


うん……

クロノスさんのご両親だからきっといい人達だと思う。

その事については全く心配していないの。


頭では理解しているのだけれども

やっぱり少し緊張しちゃう自分がいるわけで。


実をいいますと!

それ以上に緊張してしまう理由があるのだよ。


この話をいつ切り出そうか。


いや、いっそうの事話さないで胸の奥にしまっておこうか。


心の奥底でこの2つの選択肢のどちらを選ぶか

ギリギリのところで揺れていた。


「父上は……」


クロノスさんがご両親のエピソードを話してくれて

場をなんとか和ませようとしているのだけれど……。


正直のところ話半分しか入ってこない。


本当にどうしよう~。


そんな上の空の凛桜に痺れを切らしたのか

クロノスが少し強引に凛桜の手首を掴んで

自分の方に引き寄せた。


「えっ?」


いきなりクロノスさんのドアップが自分の目の前

いっぱいに広がった。


「心ここにあらずみたいだな……。

そんなに俺の両親に会う事は凛桜さんにとって

難しい事だったか?」


そう言ったクロノスさんの獣耳がぺショッと横に

最大限に倒れていた。


もちろんそれに付随して尻尾も寂し気に床へと

だらんと下がっている。


これはきなこ達もよくするしょんぼりした時に

みられる表現だった。


「ち…違うの!

クロノスさんのご両親に会うのが嫌だとかそんな事じゃないの。

ただ……」


「ただ?」


凛桜はごくりと息を飲んだ。


「………………」


凛桜の葛藤が落ち着くのをただ優しく見つめてくれる

クロノスさんがそこにはいた。


そして私は決心した。


自分の横に置いてあった籠から魔法瓶を取り出して

話を切り出すことにした。


「…………」


そんな凛桜の行動にクロノスは不思議そうに首を傾げた。


「これをクロノスさんのお父上にお渡しするかを悩んでいました」


「これは一体なんなんだ?

中には何が入っているんだ」


クロノスさんはまじまじと魔法瓶を眺めていた。


「これは魔法瓶といって私の世界の水筒です。

中には“トゥールコのスープ”が入っています」


「ほう、トゥールコのスープか……

あまり見かけたことがないが美味しそうだな」


「はい、とても甘くて美味しいスープです」


「それならば父上もきっと喜ぶ……」


「いや、その……

ただのトゥールコのスープではないんです」


凛桜は少し伏し目がちになりながら歯切れ悪そうに答えた。


「ん?どういうことだ?」


まあ、そうなるよね。


クロノスさんから戸惑いの感情が伝わってくる。


このままじゃいけない。

とても大事な話だから。


顔をあげてしっかりとクロノスさんの瞳をみて

話をしようと腹を括った。


「この行為が正しいのかどうか最後まで悩みました」


「お……おう」


急に雰囲気の変わった凛桜に戸惑い気味にクロノスは

相槌を返した。


「このトゥールコのスープの中には……

巨大白蛇さんの鱗の粉末が入っています」


「………………!!」


その発言を聞いた途端……

ヒュッとクロノスさんは息を飲んだ。


どうやらクロノスさんも巨大白蛇さんの鱗の事を

知っているらしい。


そして少し震える声でポツリと言った。


「あの……

エリクサーに匹敵するという白蛇族の族長の鱗か?」


「はい、そうです」


「まさかあの幻の秘薬を凛桜さんが手に入れていたなんて」


クロノスさんは驚きのあまり手で口を覆い固まっていた。


「その効力は既に実証されています。

この話も初めて話しますが……」


そう言って凛桜はリス獣人一家のソフィアさんの

難病を一発で治してしまった話をした。


「そうか……そんな事があったのか」


「はい、だからこそ……。

効力が巨大すぎて神がかりだからこそ

クロノスさんのお父上に飲んで頂いてもいいのかどうか

今の今まで悩んでいました」


そう言うとクロノスさんの瞳が動揺の為に激しく揺れた。


「おそらく呪いの効果は打ち消せないと思います。

しかし現在弱っている臓器や傷はきっと……

完全に治せるかと思います」


「…ッ…………」


クロノスさんは目を大きく見開いて固まっていた。


お父上の回復は願ってやまない事だろう。


家族なら当然だ。


「前回はただ純粋にルルちゃん達が健気で助けたい一心で

思わず許可も取らずに使用してしまいました」


「そうか……」


「その時はまだこの鱗の本当の力を知らなかったんです。

こんなにも効力があるものだという事を!」


「…………」


「これを使用するという事は……

1人の人の人生を変えてしまう事じゃないですか。

そんな神の采配のような事を果たして私がしてよかったのかと

今さらながら思ってしまいまして。

でももう一方でクロノスさんの力にもなりたくて……」


思わず声を震わせながら力説しちゃったよ。


急にこんな話をしてクロノスさんも驚いただろうな。


でもね、ソフィアさんの事は後悔してないよ。


ルルちゃん達を見るととても幸せそうだからね。


間違ってはいないと思う。

いや、そう信じたい。


でもその分何かを変えてしまったのではないかと思うと

ちょっと怖いのよね。


だから今回はクロノスさんに正直に話してから使いたいな

と思って今話をしています。


「だからこれを使うかどうかはクロノスさんの判断にまかせます」


そう言って凛桜は魔法瓶をそっとクロノスに託した。


「あ、ああ……」


クロノスさんは神妙な顔で魔法瓶を受け取った。


そんなやり取りをしている間にどうやら屋敷に到着したようだった。


気がついたら……

ノックの音と共に馬車の扉が開いた。


「おかえりなさいませ、クロノスお坊ちゃま。

そしてようこそアイオーン家へ凛桜様」


そう言ってかなりご年配の白虎獣人の執事さんが

恭しく頭を下げていた。


「ああ、ただいま」


そう言いながらクロノスさんが手を取ってくれたので

そのまま馬車から降りた。


他にも使用人の方だろう。


虎獣人の青年達が馬車に積まれている荷物をてきぱきと

下ろしているではないか。


「父上の執事のダレスだ」


「こんにちは、凛桜と申します」


凛桜はドキドキしながらレオナさんに教えてもらった

カーテシーをしながら挨拶をかわした。


「ご丁寧にありがとうございます。

噂通りに可愛らしい方ですな」


そう言ってニコニコしながら屋敷の中に入るように

促してくれていた。


そんなダレスさんの様子にクロノスさんは何か言いたげな

表情をしていたがそのまま口を噤んでいた。


「アルカード様がお待ちです。

到着したばかりで恐縮ですが……

まずは軽くお顔を見せて安心をさせてあげてくださいませ」


「ああ……わかった。

凛桜さん、すまないがいいか?」


「はい、大丈夫です」


そのまま長い渡り廊下を案内されるがまま奥に進んで行った。


流石侯爵家のお家!


何もかもが素晴らしかった。


チリの一つも落ちてない事はもちろんだけれども

家具やさりげなく置かれている調度品のセンスが抜群だ。


本当のお金持ちってこういう感じよね。


そんな事を思いながら密かにお屋敷観察をしていたら

ひと際大きな扉の前でダリルさんが止まった。


「少々お待ちくださいませ」


そう言って軽くノックをしながら先に部屋に入っていった。


うわぁああああああ。


いよいよだ。


本気で緊張する。


クロノスさんのお父上ってどんな方だろう。


馬車の中で話してくれた武勇伝を聞く限り

かなり豪胆で豪快な方のイメージだったな。


きっとクロノスさん以上のゴリゴリマッチョの方だろうな。


THEワイルドユキヒョウのイケオジの代表的な?


オオトカゲを大魔法でぶっ飛ばすくらいだもんね。


それに前騎士団長でしょう。

野郎どもの憧れよね。


いやぁぁぁぁぁあ~。


なんかいい!

カッコいいおじさまはウェルカムだ!


あらゆるマッチョイケオジの妄想を繰り広げていたら

静かに目の前の扉が開き……

ひょこっとダリルさんが顔を出した。


「大変お待たせいたしました。

どうぞ中へお入りくださいませ」


そう言われたのでぐっと腹に力を入れた。


クロノスさんに続いて部屋の中に入ると……。


まずは最初に部屋の中央に大きなベッドが見えてきた。


そしてそこには上半身だけは身体を起こしているが

恐らくだが……

永らくベッドの住民であろう人が休んでいた。


「やあ、ひさしぶりだね!クロノス。

元気だったかい」


そう言ってふんわりとやわらかい綿菓子のような

笑顔を浮かべた儚げな男性がこちらにむかって

ひらひらと手を振っていた。


うっそおおおおおおおおでしょうぉおおおお!!


叫ばなかった自分を褒めたい。


顔はムンクの叫びみたいな顔になっていたかもしれん。


何故ならばその男性は……

とても儚げな美しいユキヒョウ獣人だったからだ。


かなり痩せてはいるし目の下のクマも酷い

毛並みもお世辞にもいいとは言えない。


それでもその男性は人を魅了してやまなかった。


尊い美しさ……。


「父上も今日は顔色がよろしいみたいでなによりです」


クロノスさんも凄く優しい顔で受け答えをしていた。


「フフフ……ありがとう。

君達に会える事を楽しみにしていたから……

少し辛い治療もがんばったんだよ」


そう言ってまた儚げに笑った。


ああ、あまりにも切ない笑顔に胸がぎゅっと締め付けられる。


なんなのこの気持ち……。

全力でお守りしてあげたいィ!


いや、いや、いや、いや、いや!

違う、そうじゃないでしょ凛桜!!


思っていたのと全然ちがうやんけ!


ゴリゴリマッチョのイケオジは何処にいった?


むしろ誰ですかこの美青年は!!


クロノスさんのお兄さんといっても過言じゃないくらい

見た目年齢が詐欺過ぎるんですけど。


たしかお話では50歳は軽く超えていますよね?


申し訳ないのですが……。

本当にお父様ですか?


クロノスさんにお父上の面影が1ミリも見いだせないですけど。


いや、クロノスさんもめちゃくちゃイケメンだよ。


でも、ほら、何というの……。


そう、イケメンのベクトルが180度ちがうんですよ。


あまりの衝撃に私が目を白黒させていると

クロノスさんは苦笑しながらお父上に紹介してくれた。


「父上、この方が凛桜さんです」


その声に思わずハッとして慌てて挨拶をした。


「凛桜と申します。

いつもクロノスさん……

あ、ん?クロノス閣下?

いや……クロノス様には

お世話になっております」


といった瞬間クロノスさんが隣で盛大にふいた。


「どうしたんだ、凛桜さん。

そんな風に俺を呼んだことはないだろうが」


「いや、だってほらお父上の前だから

失礼があったらいけないじゃない」


「それにしても……

閣下はないだろう」


そんな二人のわちゃわちゃに今度はお父上が

軽く吹きだした。


「フフフ……

本当に仲がいいんだね。

なんとなくだけどいつもの様子が目に浮かぶよ。

それにこんなに楽しそうな息子の姿をみたのは初めてだよ。

本当に凛桜さんは息子にとって特別な方なんだね」


「「えっ?」」


そんな意味深な発言に今度は凛桜達が赤くなって固まった。


「父上……!」


「照れない、照れない。

大好きな人にはいつも素直にと言っているだろう」


と、そこに急にバンっと大きな音がした。


あまりの音の大きさに思わず驚いて後ろを振り返ると……。


「アル、バカ息子は帰ってきたのかい?」


そう言って部屋の中にズカズカと入ってきたのは

これがまた目の覚めるような大輪の花を咲かせた

迫力美人顔のユキヒョウ獣人のご婦人だった……。


「母上……」


そう呟いてうんざりとした表情を浮かべたクロノスさん。


一方クロノスさんのお父上は……

正反対に獣耳をピコピコ激しく揺らしながら

嬉しそうに尻尾もちぎれんばかり振っていた。


「レア!カトレア!」


「おう、アル!今日は顔色がいいようだな」


「ああ……。

君の顔をみたらもっと元気が出たよ。

相変わらず今日も奇麗だね」


「もう……息子の前だぞ……。

いい歳をして恥ずかしこといわないでくれ」


そう言いながらも2人は熱い抱擁をかわしていた。


ああ……っと、ええええっと。


もしかして私の事は見えていない感じですか?


それはやはり思いのほかクロノスさんのお母様が

でかい……。


んん、んん!!

大柄でワイルド美人ユキヒョウさんだからですか?


クロノスさんのお母様を一言で表すなら

“アマゾネス”って感じだな。


THE女戦士感が凄い!


いや、凄い美人だよ。


ゴージャス美人。


ムキムキのマッチョとかではないのよ。


でもどう見ても深窓の令嬢ではない、うん。

歴代の猛者感がハンパない。


着ている服もドレスじゃないし。


そう、まさにベル〇らのオスカー様のようないでたちだ。


どうしたもんかな~。


少し遠い目になっていると……。


急にお母様から話しかけられた。


「あら、いやだ……。

私としたことが……。

あなたが凛桜さんね!

レオナからよく話を聞いていますわよ」


あれ?急にしおらしくなった!?


お嬢様口調も話せるんだね……。


それにしてもレオナさん変な事いってないよねぇ!?


「本当に小さくて可愛らしい方ね。

どうしてあの朴念仁で財力と地位しか取り柄のないバカ息子が

あなたのような可憐な方を射止めることが出来たのかしら」


「…………」


ふぅううあ。


「クロノス……

無理やり攫ってきたんじゃないわよね!」


「するか!そんな事」


「本当にぃ?」


「…………」


ああ、クロノスさんの額に青筋が浮かんでいる。


それにしても本人目の前にしてのかなり辛辣な悪口!!


「フフフ……

相変わらずレアは辛口だね。

久しぶりにクロノスの顔が見れて嬉しんだね」


そう言ってニコニコしていらっしゃいますが

父親なら否定してあげてください。


クロノスさんが地味に凹んでいます。


ここで要約合点がいきました。


クロノスさんは思いっきりお母様似なんだね。


銀髪といいガタイの良さもそうだし……

このキリっとしたお顔もお母様そっくりだ。


唯一お父上に似ているのは琥珀色の美しい瞳かな。


でもどちらにせよ。


ゴージャスな夫妻だよ。

お似合いです。


美女と野獣の逆バージョンとでもいうのでしょうか。


後でお茶をしながら二人のなれそめをお聞きしたところ……。


副騎士団長だったクロノスさんのお母様!!


女性初だったそうですよ!


ある大型魔獣討伐に参加された魔法使いのお父様。


そこで初めて出会ったんだって!


先人をきって大型魔獣をバッサバッサ容赦なく薙ぎ倒す

お母様の姿に一目惚れ。


その場ですぐに求婚するものの……

“自分より弱い男は論外”と1度振られる。


そしてその日からお母様をゲットする為に

血の滲む様な努力をしてついに騎士団長まで登りつめたお父様。


晴れてお母様の心を射止めたそうです。


「10回は求婚を断られたかな。

でもどうしてもレアじゃなきゃ嫌だったから

色々と頑張ったよ……。

本当に色々とね……フフフ」


そう言ってお父様は照れくさそうに笑った。


「…………」


何故だろう……

うっすらだけどお父様の笑顔がちょっと怖くなったわ。


綺麗なバラというか見た目はカスミソウくらい

儚い美人さんだけど裏にはガッツリと棘がありそうです。


クロノスさんのお父様は本当に奥が深い……。




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